8 / 22
第八話 春の雪④
しおりを挟む
「伊涼君!」
「スズちゃん!」
ドアを開けてバーに入った瞬間、マスターと何故か常連の二人が私に詰め寄ってきて、思わず後退りする。
と、常連の髭を生やしたがっちりした男性が私の腕を引っ張り、いつも二人で座っているテーブルに引っ張っていった。
「な、何ですか?」
訳もわからず椅子に座らされ、正面に常連の二人が座り、マスターは私の隣に立って、まるで弾劾するような雰囲気で私を囲む。
「スズちゃん、あんたもうアンちゃん振り回すのやめなさいよっ」
「スズちゃん」、とは私のことなのだろうか。「アンちゃん」が安理なのは理解できるが。というか、そもそもこの人達とはこのバーに来た初日以降話していないのだが、いつの間にそんなあだ名を付けられていたのか。
「……何の話ですか」
「昨日あの雪の中、安理君が店に来ていたんだ」
マスターが大きな溜息を吐く。見上げると腕を組んで困惑した表情をしていた。
「昨日休みにしたんだけれど、僕、家から近いから店の様子が気になって見に行ったんだ。そうしたら彼が頭に雪を積もらせてて、手には折れた傘持って立ってて……どうやって来たんだって聞いたら歩いてきたって言うから絶句したよ」
昨夜は氷点下まで気温が下がっていたし、雪だけでなく相当風も強く吹いていた。体感温度はもっと低かったと予想できる。
あの雪の中を歩くだなどということが、どれほど困難だったか。安理の姿を想像すると、頭が真っ白になった。
「あたしら、実はアンちゃんと結構仲良しなのよ。スズちゃんが来る時間までは色々話しててさ。だからスズちゃんがアンちゃんとした約束のことも聞いてたの」
「……俺は初めからやめとけって言ったんだけどな。どうせ振るための約束だろって」
一人黙っていた常連の中では比較的若い細身の男性が溜息を吐いて酒を飲む。確か、バーに来た初日に軽く口説かれた気がするが、どう受け答えしたかは忘れた。
「そんなつもりでは……」
──いや、いつか飽きるだろうと、一過性のものですぐに別の男に行くに違いないと思っていた。そうなった時、私はきっと「やはりそうだ」と他人を見限る。いや、見限りたかった。
私の思うような理想的な人間はこの世にいないのだと、そう思うことで私の今までの恋愛が酷いものではなかったと安心したかったのかもしれない。
私だけが恋慕うような、一方的な恋愛は、世の中の人間の大半が不誠実だから仕方なかった、と。
「あたしはアパレルの会社やってるし、デンちゃんはヘアメイクやってるから見た瞬間に分かったけど、アンちゃんって超有名なモデルなのよ!」
「モデル……?」
いつも服装のセンスがいいとは思っていた。が、高身長であることと服装、個性的なサングラスを外さないことが、結びつかなかった。もしかしたら、有名人だからこそ、サングラスを外せなかったのかもしれない。
「アンちゃんのお姉さんはね、世界各国のハイブランドでモデルとして活躍したスーパーモデルなの! アンちゃん自身もパリの有名デザイナーのブランドで三年も専属モデルやってたんだから! 業界人なら知らない人はいない超のつく有名人よ!」
「僕でも見たことあるなと思ったくらいだけど、伊涼君はその様子だと全く気付いてなかったみたいだね」
「スズちゃん!」
ドアを開けてバーに入った瞬間、マスターと何故か常連の二人が私に詰め寄ってきて、思わず後退りする。
と、常連の髭を生やしたがっちりした男性が私の腕を引っ張り、いつも二人で座っているテーブルに引っ張っていった。
「な、何ですか?」
訳もわからず椅子に座らされ、正面に常連の二人が座り、マスターは私の隣に立って、まるで弾劾するような雰囲気で私を囲む。
「スズちゃん、あんたもうアンちゃん振り回すのやめなさいよっ」
「スズちゃん」、とは私のことなのだろうか。「アンちゃん」が安理なのは理解できるが。というか、そもそもこの人達とはこのバーに来た初日以降話していないのだが、いつの間にそんなあだ名を付けられていたのか。
「……何の話ですか」
「昨日あの雪の中、安理君が店に来ていたんだ」
マスターが大きな溜息を吐く。見上げると腕を組んで困惑した表情をしていた。
「昨日休みにしたんだけれど、僕、家から近いから店の様子が気になって見に行ったんだ。そうしたら彼が頭に雪を積もらせてて、手には折れた傘持って立ってて……どうやって来たんだって聞いたら歩いてきたって言うから絶句したよ」
昨夜は氷点下まで気温が下がっていたし、雪だけでなく相当風も強く吹いていた。体感温度はもっと低かったと予想できる。
あの雪の中を歩くだなどということが、どれほど困難だったか。安理の姿を想像すると、頭が真っ白になった。
「あたしら、実はアンちゃんと結構仲良しなのよ。スズちゃんが来る時間までは色々話しててさ。だからスズちゃんがアンちゃんとした約束のことも聞いてたの」
「……俺は初めからやめとけって言ったんだけどな。どうせ振るための約束だろって」
一人黙っていた常連の中では比較的若い細身の男性が溜息を吐いて酒を飲む。確か、バーに来た初日に軽く口説かれた気がするが、どう受け答えしたかは忘れた。
「そんなつもりでは……」
──いや、いつか飽きるだろうと、一過性のものですぐに別の男に行くに違いないと思っていた。そうなった時、私はきっと「やはりそうだ」と他人を見限る。いや、見限りたかった。
私の思うような理想的な人間はこの世にいないのだと、そう思うことで私の今までの恋愛が酷いものではなかったと安心したかったのかもしれない。
私だけが恋慕うような、一方的な恋愛は、世の中の人間の大半が不誠実だから仕方なかった、と。
「あたしはアパレルの会社やってるし、デンちゃんはヘアメイクやってるから見た瞬間に分かったけど、アンちゃんって超有名なモデルなのよ!」
「モデル……?」
いつも服装のセンスがいいとは思っていた。が、高身長であることと服装、個性的なサングラスを外さないことが、結びつかなかった。もしかしたら、有名人だからこそ、サングラスを外せなかったのかもしれない。
「アンちゃんのお姉さんはね、世界各国のハイブランドでモデルとして活躍したスーパーモデルなの! アンちゃん自身もパリの有名デザイナーのブランドで三年も専属モデルやってたんだから! 業界人なら知らない人はいない超のつく有名人よ!」
「僕でも見たことあるなと思ったくらいだけど、伊涼君はその様子だと全く気付いてなかったみたいだね」
1
あなたにおすすめの小説
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
幸せな復讐
志生帆 海
BL
お前の結婚式前夜……僕たちは最後の儀式のように身体を重ねた。
明日から別々の人生を歩むことを受け入れたのは、僕の方だった。
だから最後に一生忘れない程、激しく深く抱き合ったことを後悔していない。
でも僕はこれからどうやって生きて行けばいい。
君に捨てられた僕の恋の行方は……
それぞれの新生活を意識して書きました。
よろしくお願いします。
fujossyさんの新生活コンテスト応募作品の転載です。
愛と猛毒(仮)
万里
BL
オフィスビルの非常階段。冷え切った踊り場で煙草をくゆらせる水原七瀬(みずはらななせ)は、部下たちのやり取りを静かに見守っていた。 そこでは村上和弥(むらかみかずや)が、長年想い続けてきた和泉に別れを告げられていた。和泉は「ありがとう」と優しく微笑みながらも、決意をもって彼を突き放す。和弥は矜持を守ろうと、営業スマイルを貼り付けて必死に言葉を紡ぐが、その姿は痛々しいほどに惨めだった。
和泉が去った後、七瀬は姿を現し、冷徹な言葉で和弥を追い詰める。 「お前はただの予備だった」「純愛なんて綺麗な言葉で誤魔化してるだけだ」――七瀬の毒舌は、和弥の心を抉り、憎悪を引き出す。和弥は「嫌いだ」と叫び、七瀬を突き放して階段を駆け下りていく。
「……本当、バカだよな。お前も、俺も」
七瀬は独り言を漏らすと、和弥が触れた手首を愛おしそうに、そして自嘲気味に強く握りしめた。
その指先に残る熱は、嫌悪という仮面の下で燃え盛る執着の証だった。 毒を吐き続けることでしか伝えられない――「好きだ」という言葉を、七瀬は永遠に飲み込んだまま、胸の奥で腐らせていた。
有能課長のあり得ない秘密
みなみ ゆうき
BL
地方の支社から本社の有能課長のプロジェクトチームに配属された男は、ある日ミーティングルームで課長のとんでもない姿を目撃してしまう。
しかもそれを見てしまったことが課長にバレて、何故か男のほうが弱味を握られたかのようにいいなりになるはめに……。
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる