新しい日を、君と

藤間留彦

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第八話 春の雪④

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伊涼いすず君!」
「スズちゃん!」

 ドアを開けてバーに入った瞬間、マスターと何故か常連の二人が私に詰め寄ってきて、思わず後退りする。

 と、常連の髭を生やしたがっちりした男性が私の腕を引っ張り、いつも二人で座っているテーブルに引っ張っていった。

「な、何ですか?」

 訳もわからず椅子に座らされ、正面に常連の二人が座り、マスターは私の隣に立って、まるで弾劾するような雰囲気で私を囲む。

「スズちゃん、あんたもうアンちゃん振り回すのやめなさいよっ」

 「スズちゃん」、とは私のことなのだろうか。「アンちゃん」が安理なのは理解できるが。というか、そもそもこの人達とはこのバーに来た初日以降話していないのだが、いつの間にそんなあだ名を付けられていたのか。

「……何の話ですか」
「昨日あの雪の中、安理君が店に来ていたんだ」

 マスターが大きな溜息を吐く。見上げると腕を組んで困惑した表情をしていた。

「昨日休みにしたんだけれど、僕、家から近いから店の様子が気になって見に行ったんだ。そうしたら彼が頭に雪を積もらせてて、手には折れた傘持って立ってて……どうやって来たんだって聞いたら歩いてきたって言うから絶句したよ」

 昨夜は氷点下まで気温が下がっていたし、雪だけでなく相当風も強く吹いていた。体感温度はもっと低かったと予想できる。
 あの雪の中を歩くだなどということが、どれほど困難だったか。安理の姿を想像すると、頭が真っ白になった。

「あたしら、実はアンちゃんと結構仲良しなのよ。スズちゃんが来る時間までは色々話しててさ。だからスズちゃんがアンちゃんとした約束のことも聞いてたの」

「……俺は初めからやめとけって言ったんだけどな。どうせ振るための約束だろって」

 一人黙っていた常連の中では比較的若い細身の男性が溜息を吐いて酒を飲む。確か、バーに来た初日に軽く口説かれた気がするが、どう受け答えしたかは忘れた。

「そんなつもりでは……」

 ──いや、いつか飽きるだろうと、一過性のものですぐに別の男に行くに違いないと思っていた。そうなった時、私はきっと「やはりそうだ」と他人を見限る。いや、見限りたかった。

 私の思うような理想的な人間はこの世にいないのだと、そう思うことで私の今までの恋愛が酷いものではなかったと安心したかったのかもしれない。
 私だけが恋慕うような、一方的な恋愛は、世の中の人間の大半が不誠実だから仕方なかった、と。

「あたしはアパレルの会社やってるし、デンちゃんはヘアメイクやってるから見た瞬間に分かったけど、アンちゃんって超有名なモデルなのよ!」
「モデル……?」

 いつも服装のセンスがいいとは思っていた。が、高身長であることと服装、個性的なサングラスを外さないことが、結びつかなかった。もしかしたら、有名人だからこそ、サングラスを外せなかったのかもしれない。

「アンちゃんのお姉さんはね、世界各国のハイブランドでモデルとして活躍したスーパーモデルなの! アンちゃん自身もパリの有名デザイナーのブランドで三年も専属モデルやってたんだから! 業界人なら知らない人はいない超のつく有名人よ!」
「僕でも見たことあるなと思ったくらいだけど、伊涼君はその様子だと全く気付いてなかったみたいだね」
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