新しい日を、君と

藤間留彦

文字の大きさ
11 / 22

第十一話 春の雪⑦

しおりを挟む
「何が良かったんだ? 何も良くないだろう……!」
「え? だって俺、そうじゃなかったら、初日に振られてたんでしょ? 伊涼さんが今俺の目の前に居るのは、その嘘のおかげだもん」

 笑みを浮かべる安理は、少し年齢よりも幼く見えた。そして、私に向ける眼差しは優しく温かだった。

「伊涼さんが嘘吐いてくれて良かった」

 胸が締め付けられるようで、苦しい。罪悪感に苛まれている私に向けられた名田安理という男の言葉の優しさは、後悔と共に私のうちにあった秘めた感情を呼び起こした。

「君は……何故そんな風に思えるんだ。騙されていたのに」
「騙されてたなんて、大袈裟ですよ。俺、本当に毎週伊涼さんに会えて楽しかったし、誕生日に告白して恋人になって欲しいなって、ずっと想ってるんですから」

 真っ直ぐに私を見詰める彼の目に偽りなどない。初めから、ずっとそうだったはずだ。一度もまともに安理を評価せず、斜に構えて見ていた私が恥ずかしい。

「……私は、裏表のない誠実な相手を最後の恋人にしようと思った。しかし誠実さを求める私こそ不誠実だった。最低だ。安理に想ってもらう価値はない」

 誰かを信じることをせずに、あまつさえ嘘で相手を騙した。それに、先週私は「風邪を引いてダウンして来ないといい」などと酷いことを考えた。それが現実になった今、余りにも愚かな考えだったと自分の浅はかさに嫌気がさす。

「うーん、俺のこと随分高く評価してくれてるのは嬉しいですけど……でも、ぶっちゃけ昨日店に行ったのは打算ですよ」

 「熱出したのは誤算ですけど」と言って安理は困ったように笑う。

「伊涼さんは真面目だから、俺が約束を破らない限り、付き合ってくれる気がしたんですよね。だから、この雪の中店に行ったって知ったら俺のこと見直すかなぁとか思って。マスターが来てくれてよかったけど、誰も来なかったらデンさん辺りに電話してたかも。証明してくれる人が必要だから」

 打算だと言ったその内容は、少しも私の知る「打算」とは異なっていた。安理はこの約束を守って私に誠意を示そうとしただけだ。損はあっても、私がどう思うか次第で得にならないこともあり得るのだから。

「寒いわ傘は折れるわ、くたくたで家帰ったら熱出してるわ……最悪だぁって思ってたけど、今伊涼さんが俺の家に来て介抱してくれてるんだから、結果的にラッキーって感じです」

 そう言って笑うと、再びうどんを食べ始めた。私は足元に落ちていた服を集めて、「洗濯しておく」と部屋を出る。
 安理が何か言いたそうにしていたのが気になり、もしかしたら特殊な洗濯方法なのかと思い一応全てタグを確認したが、特に問題無さそうだ。

 洗濯機を回して、脱衣所にあったタオルを一枚拝借して部屋に戻ると、安理がうどんを食べ終えてリンゴを食べているところだった。

「食べ終わったら解熱剤を飲んで。風邪薬も買ってきたから、熱が下がったら飲んでおくといい」
「はい、ありがとうございます」

 食べ終えた食器をベッドサイドの棚の上に置いて、解熱剤を飲ませた。そして買ってきた保冷剤と冷却シートを取り出す。
 平気そうにしているが、肩が下がり息が荒くなっていて、座っているのもつらそうだ。額に冷却シートを貼り、スポーツドリンクをコップ一杯飲ませる。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

あの頃の僕らは、

のあ
BL
親友から逃げるように上京した健人は、幼馴染と親友が結婚したことを知り、大学時代の歪な関係に向き合う決意をするー。

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

幸せな復讐

志生帆 海
BL
お前の結婚式前夜……僕たちは最後の儀式のように身体を重ねた。 明日から別々の人生を歩むことを受け入れたのは、僕の方だった。 だから最後に一生忘れない程、激しく深く抱き合ったことを後悔していない。 でも僕はこれからどうやって生きて行けばいい。 君に捨てられた僕の恋の行方は…… それぞれの新生活を意識して書きました。 よろしくお願いします。 fujossyさんの新生活コンテスト応募作品の転載です。

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

愛と猛毒(仮)

万里
BL
オフィスビルの非常階段。冷え切った踊り場で煙草をくゆらせる水原七瀬(みずはらななせ)は、部下たちのやり取りを静かに見守っていた。 そこでは村上和弥(むらかみかずや)が、長年想い続けてきた和泉に別れを告げられていた。和泉は「ありがとう」と優しく微笑みながらも、決意をもって彼を突き放す。和弥は矜持を守ろうと、営業スマイルを貼り付けて必死に言葉を紡ぐが、その姿は痛々しいほどに惨めだった。 和泉が去った後、七瀬は姿を現し、冷徹な言葉で和弥を追い詰める。 「お前はただの予備だった」「純愛なんて綺麗な言葉で誤魔化してるだけだ」――七瀬の毒舌は、和弥の心を抉り、憎悪を引き出す。和弥は「嫌いだ」と叫び、七瀬を突き放して階段を駆け下りていく。 「……本当、バカだよな。お前も、俺も」 七瀬は独り言を漏らすと、和弥が触れた手首を愛おしそうに、そして自嘲気味に強く握りしめた。 その指先に残る熱は、嫌悪という仮面の下で燃え盛る執着の証だった。 毒を吐き続けることでしか伝えられない――「好きだ」という言葉を、七瀬は永遠に飲み込んだまま、胸の奥で腐らせていた。

有能課長のあり得ない秘密

みなみ ゆうき
BL
地方の支社から本社の有能課長のプロジェクトチームに配属された男は、ある日ミーティングルームで課長のとんでもない姿を目撃してしまう。 しかもそれを見てしまったことが課長にバレて、何故か男のほうが弱味を握られたかのようにいいなりになるはめに……。

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

処理中です...