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第十二話 春の雪⑧
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「横になって、もう寝なさい。私に気を遣わないでいい」
「そう、します……」
タオルを巻いた保冷剤を首の下に敷いて、安理を横たえさせた。
「……伊涼さん、ひとつだけわがままを言ってもいいですか」
熱に浮かされたように、俺を見上げて言う。
「手を、握って欲しいです」
私は彼が差し出した手を握った。弱々しい笑みを浮かべて私の手を自分の頬に触れさせる。
「伊涼さんの手、冷たくて気持ちいい……」
安理の姿に、私は心底後悔した。そして、どうか早く良くなって欲しいと願った。
「……ねぇ、伊涼さん。俺、一目惚れって初めてだったんだ。こんなに夢中になったのも」
私の掌に軽く口付けて、
「伊涼さん、好きだよ。俺の恋人になって」
と潤んだ瞳で私を見上げた。心臓がどくんと跳ねる。私は安理の頬を撫でて、
「私の誕生日に言う約束だったろう」
そう言いながら、胸の奥がじんわりと温かくなるような感覚に、自然と笑顔になっていた。
「しかし、私もそれまで待てそうにない」
安理の手を取り、手の甲に唇を寄せる。
「私の最後の恋人になって欲しいと言っても、君の気が変わらないなら」
「……うん、一生俺と一緒に居て」
安理の手が私の頬を撫でる。きっと彼が病気でなかったら、抱き合っていただろう。
彼が熱に浮かされて言ってしまったのだとしても、それでもいい。確かに今、彼の目には嘘はなく、真実の愛がここにあると思えたから。「いつか」を考えるより、今確かなものをこの手に抱いていたい。
「おやすみ。私は食器を片付けてくるよ」
「うん、ありがとう……おやすみなさい」
盆を持って部屋を出る。コップを洗い、キッチンペーパーで拭いて棚に仕舞った。
ふと見ると、リビングのテーブルの上に一冊の雑誌が置いてあった。その雑誌の表紙を見て、固まる。
「プルミエ」というファッション誌。その表紙を飾る安理の写真。いつもの彼からは考えられないくらい、力強い眼差しと凛とした表情に惹きつけられた。
手に取りページを捲ると、何ページにも渡って安理の写真が載っている。この雑誌の看板モデルなのだろうか。
バーの常連の男性が言っていたように、安理はモデルの中でも一際有名な人物なのかもしれない。
改めて彼の容姿を写真という形で見せられると、頷かざるを得なかった。
一九〇センチに届きそうなほどの身長、長い手足、はっきりした目鼻立ち、切長の眼、濃いまつ毛。
安理の容姿は多くの人を惹きつける要素を十二分に持っている。
そうして雑誌を読んでいるうちに洗濯機が乾燥まで終わったようだった。服を畳んでテーブルの上に置く。
さてどうするか、と逡巡する。眠っている彼を起こすわけにはいかないし、だからといって家の鍵を閉めずに出て行くわけにもいかない。
ソファに横になって、コートを身体に掛けた。安理が起きるまで仮眠を取ることにする。
昨夜余り寝られなかったせいだろうか。目を閉じるとすぐに睡魔に襲われ、眠ってしまった。
翌日早朝、安理の悲鳴に似た声で目が覚めた。仮眠のつもりが、熟睡してしまったようだ。
安理の熱はすっかり下がっていて、少し鼻水が出るのが気になる程度にまで回復していた。若さというのは恐ろしい。
念のため風邪薬を飲ませて、私は今日は午前中から講義があるため日の出の頃には家を出ることにした。
「伊涼さ~ん、ハグしちゃダメ?」
玄関先で子犬のような目で懇願されて──子犬ではないし、ほぼボルゾイのような背格好だが──断れるはずもなく、両手を広げると喜んで抱きついてきた。
「風邪さえ引いてなければなぁ! 本当は今すっごくキスしたいんですよ~」
「また今度。土曜の夜にバーで会う時に治っていたら、だ」
安理は身体を離すと不満そうな顔で私を見詰めた。「恋人になる前とあまり変わらないじゃないか」と言いたげな目で。
「……バーで飲んだ後、君が家に招いてくれたら、ハグだってキスだって……それ以上だって構わないんだが?」
まるで爆発するように一気に安理の顔が赤くなった。頭の天辺から湯気が出ていても可笑しくない。
「ぜ、絶対風邪治しておきますっ……!」
安理と別れて駅へ向かう道を歩く。ビルの間から朝日が顔を覗かせている。
今日から──また新しい日が、始まる。
「そう、します……」
タオルを巻いた保冷剤を首の下に敷いて、安理を横たえさせた。
「……伊涼さん、ひとつだけわがままを言ってもいいですか」
熱に浮かされたように、俺を見上げて言う。
「手を、握って欲しいです」
私は彼が差し出した手を握った。弱々しい笑みを浮かべて私の手を自分の頬に触れさせる。
「伊涼さんの手、冷たくて気持ちいい……」
安理の姿に、私は心底後悔した。そして、どうか早く良くなって欲しいと願った。
「……ねぇ、伊涼さん。俺、一目惚れって初めてだったんだ。こんなに夢中になったのも」
私の掌に軽く口付けて、
「伊涼さん、好きだよ。俺の恋人になって」
と潤んだ瞳で私を見上げた。心臓がどくんと跳ねる。私は安理の頬を撫でて、
「私の誕生日に言う約束だったろう」
そう言いながら、胸の奥がじんわりと温かくなるような感覚に、自然と笑顔になっていた。
「しかし、私もそれまで待てそうにない」
安理の手を取り、手の甲に唇を寄せる。
「私の最後の恋人になって欲しいと言っても、君の気が変わらないなら」
「……うん、一生俺と一緒に居て」
安理の手が私の頬を撫でる。きっと彼が病気でなかったら、抱き合っていただろう。
彼が熱に浮かされて言ってしまったのだとしても、それでもいい。確かに今、彼の目には嘘はなく、真実の愛がここにあると思えたから。「いつか」を考えるより、今確かなものをこの手に抱いていたい。
「おやすみ。私は食器を片付けてくるよ」
「うん、ありがとう……おやすみなさい」
盆を持って部屋を出る。コップを洗い、キッチンペーパーで拭いて棚に仕舞った。
ふと見ると、リビングのテーブルの上に一冊の雑誌が置いてあった。その雑誌の表紙を見て、固まる。
「プルミエ」というファッション誌。その表紙を飾る安理の写真。いつもの彼からは考えられないくらい、力強い眼差しと凛とした表情に惹きつけられた。
手に取りページを捲ると、何ページにも渡って安理の写真が載っている。この雑誌の看板モデルなのだろうか。
バーの常連の男性が言っていたように、安理はモデルの中でも一際有名な人物なのかもしれない。
改めて彼の容姿を写真という形で見せられると、頷かざるを得なかった。
一九〇センチに届きそうなほどの身長、長い手足、はっきりした目鼻立ち、切長の眼、濃いまつ毛。
安理の容姿は多くの人を惹きつける要素を十二分に持っている。
そうして雑誌を読んでいるうちに洗濯機が乾燥まで終わったようだった。服を畳んでテーブルの上に置く。
さてどうするか、と逡巡する。眠っている彼を起こすわけにはいかないし、だからといって家の鍵を閉めずに出て行くわけにもいかない。
ソファに横になって、コートを身体に掛けた。安理が起きるまで仮眠を取ることにする。
昨夜余り寝られなかったせいだろうか。目を閉じるとすぐに睡魔に襲われ、眠ってしまった。
翌日早朝、安理の悲鳴に似た声で目が覚めた。仮眠のつもりが、熟睡してしまったようだ。
安理の熱はすっかり下がっていて、少し鼻水が出るのが気になる程度にまで回復していた。若さというのは恐ろしい。
念のため風邪薬を飲ませて、私は今日は午前中から講義があるため日の出の頃には家を出ることにした。
「伊涼さ~ん、ハグしちゃダメ?」
玄関先で子犬のような目で懇願されて──子犬ではないし、ほぼボルゾイのような背格好だが──断れるはずもなく、両手を広げると喜んで抱きついてきた。
「風邪さえ引いてなければなぁ! 本当は今すっごくキスしたいんですよ~」
「また今度。土曜の夜にバーで会う時に治っていたら、だ」
安理は身体を離すと不満そうな顔で私を見詰めた。「恋人になる前とあまり変わらないじゃないか」と言いたげな目で。
「……バーで飲んだ後、君が家に招いてくれたら、ハグだってキスだって……それ以上だって構わないんだが?」
まるで爆発するように一気に安理の顔が赤くなった。頭の天辺から湯気が出ていても可笑しくない。
「ぜ、絶対風邪治しておきますっ……!」
安理と別れて駅へ向かう道を歩く。ビルの間から朝日が顔を覗かせている。
今日から──また新しい日が、始まる。
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