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第十三話 約束の夜①
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「伊涼さぁ~んっ!」
土曜の夜、いつもより少し早く店に着くと、安理が常連客の二人が居る席から身を乗り出して、尻尾──ではなく手をぶんぶんと振って出迎えた。
彼のことだから、包み隠さず事の顛末を話をしたのだろうなと思いながら、私は仕方なくいつもの指定席ではなく安理のいるテーブル席、その隣の席に座る。
安理はもうサングラスをかけてはいなかった。
「スズちゃん聞いたわよ! おめでとう! よかったじゃない!」
「は、はぁ……」
何が「おめでとう」で「よかった」のか分からないので、生返事をするしかない。
「いやいや、マジなのかよ! 安理が勝手に言ってんのかと思ったのによぉ!」
「あははーデンさんごめんね! マジでしたぁ!」
安理は酔ってるのか私の肩を抱き寄せる。
「うわっ、いちゃついてんじゃねーよ! 帰れもう!」
安理は良いとしても、私は今来たばかりなのだが。何かよく分からないが、とばっちりを食らう羽目になりそうだ。
と、私の肩を掴んでいる手が妙に力が入っていることに気付いて、顔を上げるとすぐ近くにある彼の横顔が、強張っているのが分かった。酔って気が大きくなってやってるわけではないのか。
「風邪は本当に治ったみたいだな」
「メッセ送ったじゃん! 信じてなかったの伊涼さん」
安理が肩を抱いていた手を離し、苦笑する。付き合うことになってから、安理は私に敬語を使わなくなった。彼との壁が取り去られた結果なのだろう。
「いや、自分の目で見て、安心しただけだ。元気そうで良かった」
私の顔をじっと見た後、安理が少し頬を紅潮させて笑みを浮かべた。
「伊涼さんに介抱してもらったから、治らないなんて嘘だよ」
心理学者であって医学の心得など全くないぞ、と言いそうになったが、彼の言いたい事はその表情から察する。
きっと、あの時安理は不安だったのだ。知り合いもいない日本で、高熱に魘され頼る者もいない中、独り耐えるしかなかった。
安理が私の前で今まで見せていた姿は、ずっとセンスのいい服を身に纏って、前向きで弱さを見せない少し大人びた「格好良い名田安理」だった。
しかしあの日、汗だくで風呂にも入っていない、スウェット上下に寝起きのぼさぼさの頭のままの彼は、私に「手を繋いで」と甘え、お世辞にも格好良いとは言えない姿だった。だが、私はその等身大の姿を愛おしいと思った。
純粋で爛々と輝く美しい瞳に愛を湛えて、私を見詰める彼の姿をあの日から何度も思い出している。
私の手に口付けながら囁く、これ以上ないほどの愛の告白だった。
私はきっと、これから先の未来に待つ、どれほどの困難や苦悩の中でも、あの日安理が与えてくれた幸福を思い出して、それだけでも生きていける。
真実の愛があの日あの瞬間、私の目の前にあったと思うだけで。
「飛び出していった後、どうなったかと思ったけど、良かったよ」
マスターが私にウィスキーのロックを差し出しながら微笑んだ。
「てか、くっついたんなら店来る必要なくねーか? どうせこの後ホテルでヤるんだろ? あーやだやだ!」
「ま! デンちゃんなんて下品なことを言うのっ! そんなんだからスズちゃんにも振られるのよ!」
「うっせぇ! てか本人目の前にそれ言うか普通っ! マミさんマジ鬼だろ!」
土曜の夜、いつもより少し早く店に着くと、安理が常連客の二人が居る席から身を乗り出して、尻尾──ではなく手をぶんぶんと振って出迎えた。
彼のことだから、包み隠さず事の顛末を話をしたのだろうなと思いながら、私は仕方なくいつもの指定席ではなく安理のいるテーブル席、その隣の席に座る。
安理はもうサングラスをかけてはいなかった。
「スズちゃん聞いたわよ! おめでとう! よかったじゃない!」
「は、はぁ……」
何が「おめでとう」で「よかった」のか分からないので、生返事をするしかない。
「いやいや、マジなのかよ! 安理が勝手に言ってんのかと思ったのによぉ!」
「あははーデンさんごめんね! マジでしたぁ!」
安理は酔ってるのか私の肩を抱き寄せる。
「うわっ、いちゃついてんじゃねーよ! 帰れもう!」
安理は良いとしても、私は今来たばかりなのだが。何かよく分からないが、とばっちりを食らう羽目になりそうだ。
と、私の肩を掴んでいる手が妙に力が入っていることに気付いて、顔を上げるとすぐ近くにある彼の横顔が、強張っているのが分かった。酔って気が大きくなってやってるわけではないのか。
「風邪は本当に治ったみたいだな」
「メッセ送ったじゃん! 信じてなかったの伊涼さん」
安理が肩を抱いていた手を離し、苦笑する。付き合うことになってから、安理は私に敬語を使わなくなった。彼との壁が取り去られた結果なのだろう。
「いや、自分の目で見て、安心しただけだ。元気そうで良かった」
私の顔をじっと見た後、安理が少し頬を紅潮させて笑みを浮かべた。
「伊涼さんに介抱してもらったから、治らないなんて嘘だよ」
心理学者であって医学の心得など全くないぞ、と言いそうになったが、彼の言いたい事はその表情から察する。
きっと、あの時安理は不安だったのだ。知り合いもいない日本で、高熱に魘され頼る者もいない中、独り耐えるしかなかった。
安理が私の前で今まで見せていた姿は、ずっとセンスのいい服を身に纏って、前向きで弱さを見せない少し大人びた「格好良い名田安理」だった。
しかしあの日、汗だくで風呂にも入っていない、スウェット上下に寝起きのぼさぼさの頭のままの彼は、私に「手を繋いで」と甘え、お世辞にも格好良いとは言えない姿だった。だが、私はその等身大の姿を愛おしいと思った。
純粋で爛々と輝く美しい瞳に愛を湛えて、私を見詰める彼の姿をあの日から何度も思い出している。
私の手に口付けながら囁く、これ以上ないほどの愛の告白だった。
私はきっと、これから先の未来に待つ、どれほどの困難や苦悩の中でも、あの日安理が与えてくれた幸福を思い出して、それだけでも生きていける。
真実の愛があの日あの瞬間、私の目の前にあったと思うだけで。
「飛び出していった後、どうなったかと思ったけど、良かったよ」
マスターが私にウィスキーのロックを差し出しながら微笑んだ。
「てか、くっついたんなら店来る必要なくねーか? どうせこの後ホテルでヤるんだろ? あーやだやだ!」
「ま! デンちゃんなんて下品なことを言うのっ! そんなんだからスズちゃんにも振られるのよ!」
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