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本編
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しおりを挟む「どうしたの、今頃。私が16歳になったら結婚するのは何年も前から決まっていたでしょう?当然、貴女に限らず私の専属で働いてくれている人は全員何らかの仕事を請け負って貰うわ」
何も突然ではないし、リースだけが特別な訳でもない。
「つ、月日が経つのは早いものですね。まだまだ先のことかと思っておりました」
失念していた理由は月日の流れなどではなく道ならぬ恋に酔っているからでは?そう、指摘したいのを堪えて微笑む。
「ふふ、楽しみだわ。もちろん貴族ですもの、妾くらいは許容するつもりよ。でも、他でもない彼の正妻は私だけなのだと思うと本当に嬉しい」
ぐ、と握られたリースの拳を一瞥して、意図的に蕩けるような笑顔を浮かべて。性格の悪い私は、彼女を追い詰めることに愉悦を覚えて仕方ない。
「リースも年頃だもの、縁談の一つや二つあるのではなくて?」
幸せに溢れる愚鈍な令嬢のように無邪気に問いかける。その裏に毒を隠した言葉でリースの首を柔らかく締めるのだ。
「あ、いえ、私など…」
「まぁ!卑下しちゃダメよ」
貴族令嬢の婚姻に重要な要素となる〝純潔〟をリースは既に失っている。まともな縁談など得られないだろう。伏せて嫁いだところで、初夜で発覚すれば針のむしろか、訴えられて多額の慰謝料を要求される未来しかない。
「───ああ、そうだわ。今度制服がリニューアルすることになったの。リースも忘れずに採寸して貰ってね」
話を逸らしても、リースの顔色は悪いまま。ぎこちなく必死に微笑む様は庇護欲を掻き立てる。見ているこちらまで苦しくなる表情だ。
結婚式の準備で忙しくしているところに、ダニエル様が訪ねてきた。結婚式の相談をしてもダニエル様は好きにしろとしか仰らないので打ち合わせなどではない。というか、事前に連絡もなかった。
「急にお越しとは。どうなさったのですか、ダニエル様」
慌てて着替えて客間に駆けつける。いつもの彼なら遅いと苦情の一つくらい口にしそうなものだが、今日の彼は1人がけのソファに腰掛けて手を組んだまま俯いているだけ。不審に思いつつ、対面に座る。
「ダニエル様?」
「人払いを、頼む。2人だけで話したい」
顔を上げるつもりは無いらしい。彼のために良かれと思って連れてきたリースを一瞥する。リースの表情は硬い。
「………婚前の男女を2人きりにすることはできません」
リースは首を横に振るだけ。確かに常識としてはリースの言う通りなのだが、彼女の口から聞くと違和感を覚える。嫉妬なのだろうかと勘繰るのも仕方ないことだろう。
「婚約してるんだ、少しくらい良いだろう?」
焦りを滲ませたダニエル様は、あくまでリースを見ようとしない。私に要求を飲めと目で訴えてくる。
対する私は、いま無性に振り向きたかった。リースがどんな表情をしているのか、見てやりたかった。
「そうですね、私たち婚約しているんですものね。完全な2人きりではなく、ドアを開けたまま、会話が聞こえぬ程度に離れて貰う。それで宜しいのならば」
彼が反論しないのを確認し、私はリースを一瞥する。お辞儀をする彼女の表情は見えない。
彼女が距離をとってから、ダニエル様は私に顔を近づけて、用件を囁いた。余程聞かれたくないらしい。私も静かに聞いて、静かに返答を囁き返した。遠目にもリースが何かに堪えるように手を握り締めているのが見えた。
ダニエル様の言うことには。
慣れない投資に家の金を注ぎ込み、大損したらしい。しかも独断で。家長である父親にも内緒で行った上の損害。大儲けしてから報告して父親を見返すつもりだったと。
必ず取り返すから、ダニエル様のお父様に気づかれる前に資金を穴埋めして欲しいと言ってきた。何故ダニエル様の失敗を私のお金で埋めなくてはならないのか。夫婦になるんだから俺の失敗はお前の失敗でもある、とダニエル様は主張した。
ニッコリと微笑んで、私は「わかりましたわ」と返事をした。安堵した彼はソファに背を預け、やや横柄に見える態度で、貴族の妻になる心得がうんぬんかんぬん語り始めた。もちろん右から左へ聞き流したので全く覚えていない。
私は、彼の要求を〝理解した〟とは言ったが、承諾した覚えはない。頭の中ではどう動くかを計算している。
「───そうですわ。先程の件、私だけでは難しいので、結婚式をもっと簡素化しても宜しいかしら?」
暗に両家から預かった結婚式の費用を補填に回すことを口にすると、彼は上機嫌になった。
「そうだな。当初は招待客を大勢呼ぶつもりだったが、俺とお前さえいれば、あとは本当に信頼出来る人間だけを集めろ。こじんまりとしたものでいい」
大勢呼べと見栄の為に主張したのはダニエル様である。
「えぇ、大切なのは主役であるダニエル様ですわ」
あくまで彼を立てるニュアンスの発言をすると、ダニエル様は更に機嫌を良くしてベラベラと持論を語る。私はニコニコと、ただ耳を傾けるふりをしていた。
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