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ひづき

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番外編

おまけのミシェル・1

Side ミシェル




 僕の兄は、頭が悪い。

「あの女、出掛けるとなると必ず毎回宝飾店を指定してきやがる!そのくせ言葉では何も欲しがらない!俺に察して貢げってか?何故俺があんな強欲女に買ってやらなきゃならないんだ!」

「……………」

 兄が婚約者の愚痴を垂れ流すのを、相槌も打たずに聞き流す。

 他人の意見に耳を傾ける甲斐性のない兄には何を言っても無駄だ。だから敢えて口にしないが、兄の婚約者であるマリエル嬢は市場調査の為に宝飾店を見て回っているとしか考えられない。婿入りする予定の兄がそれに文句など言える立場ではないはずだ。

 マリエル嬢の意図に気づかないのは兄自身に市場調査という発想がないからなのだろう。幼少期、共に父から教わりながら、宝飾店を梯子したこともあるはずだが、途中から兄は同行しなくなってしまった。あの頃から兄は父の教えを全く理解していなかったに違いない。

 マリエル嬢のご実家は国内にある9割の鉱山を所有している。そこから採掘される原石を購入し、加工と販売を手がけているのが我が家である。

 マリエル嬢のご実家の立場から考えれば、どの鉱石の需要が高まっているのかを見極め流通量を調整し、価格を適正に維持すること。我が家の立場から考えれば、流行に見合ったデザインと種類の宝飾品を作成し、いかに売れる物だけを作成するか試行錯誤すること。両家ともに市場の売れ行きや流行には敏感でいないといけない。その為の市場調査として僕も外出時は必ず宝飾店には立ち寄るし、時間があれば欠かさず足を運ぶようにしている。

 そもそも長男なのに婿養子に出される時点で跡継ぎとしては至らないのだと明確に示されたようなものなのに、本人はそのことに気づいていないのだから頭が痛い。

「お行儀悪いだの、だらしがないだの、いちいち口うるさいったらありゃしない!結婚したら夫をたてるってことを教えてやらなきゃならん!」

「……………………」

 婿入りするのは兄であり、爵位を継ぐのはマリエル嬢だ。兄は配偶者としてマリエル嬢を立てる側である。

 まさか、一人娘のマリエル嬢が嫁入りするものと勘違いしているのだろうか。

 いや、まさか───





「あら、ミシェル様。奇遇ですわね」

 市場調査の為、視察の為、とある宝飾店に向かって歩いているところで声をかけられた。振り向けば、そこそこ裕福な平民に見えるよう変装したマリエル嬢が笑顔を浮かべている。

 服装や口にする目的によって店員から案内される品物が異なる為、僕も変装はよくする。偶然だが、今日の僕もまた彼女同様、裕福な平民を意識した服装だ。経験豊富な店員が相手だと下手な変装では見破られてしまうこともあり、結果として僕達は変装術も日々磨いている。

「よく僕だとわかりましたね」

 髪色も変えているのに、まさか後ろ姿で言い当てられるとは。悔しさから頬が引き攣る。

 正直、声を聞いたからマリエル嬢だとわかったけれど、見た目だけではわからなかった。それほどまでに彼女は別人だ。普段は無いそばかすはメイクなのだろうか。長い髪はどこにいったのか、ボブヘアに見える。冴えない眼鏡に使い込まれた帽子が目を引く。

「歩き方の癖でミシェル様だと気づきましたわ。正直、黙って立たれていたらわかりませんでした」

 そんなに僕の歩き方は特徴的なのだろうか。今後の課題として記憶しておく。

「マリエル嬢、お一人ですか?」

 貴族令嬢というものは大概侍女や護衛を連れているものだ。いくら変装していても、ご実家の知名度などを考慮すると本当に一人でいるとは考えにくいことである。

「ふふ、もちろん、どこかに護衛はいるでしょう。とはいえ、私自身も把握しておりませんので実質一人です」

「さすがですね」

 対する兄は、俺に何かあったらどうするなどと騒いで本来僕の護衛である者まで連れてどこかに外出している。その為、僕は護衛も付き人もいない、正真正銘の一人だ。

「ちょうど良かったわ。ミシェル様、御一緒致しません?ダニエル様は私に合わせてくださらないから、富裕層カップル向け商品の調査が難しくて困っておりますの」

 例え必要性を説明しても、俺がそんなみすぼらしい格好など出来るか!と騒いで平民の格好などしない。それが兄だ。

 渋々着たところで偉ぶる態度を消さず横暴に振る舞う。むしろ着たくない服装をさせられた不満から通常以上に横柄な態度をとる。それが僕の兄、ダニエルという男だ。

「愚兄が大変ッ申し訳ございません」

 頭では分かっている。兄の婚約者と2人きりに見えるような、周囲に誤解をされるような行動をするべきではない。

 しかし、カップル向けの市場調査は僕も出来ていない分野だ。かなり気になる。

 接客というものは、客の年代層や連れとの関係性で変化するものだ。当然セールストークも勧める品も異なる。その傾向や店員との会話から売れ筋の変化を予測していくのが市場調査であり、今の僕の年代でしか体験できないものがそこにある。異なる年代や性別の調査は委託するしかないが、自分の目で見て、価値や目利きを鍛えるチャンスは逃したくない。

「僕で良ければ喜んでお供させて頂きます!」

 最早申し訳なさよりも、自分の好奇心を優先しているが、どのみち女性からの誘いを断るなんて失礼なことはできないのだ、開き直ってしまおう。変装しているし、バレやしないはずだ。


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