花、留める人

ひづき

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さん

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 知ったような口ぶりが癪に障ったらしく、扇を手にした従妹姫の手が微かに震えた。

「生意気ね。あぁ、わたくしが来てご自分がお役御免になることを恐れているのね」

 美しい容貌に嘲笑を浮かべる様は醜く思えた。勿体ないとヘンリックは内心惜しむ。

「お役御免になるのなら、僕の価値はそれまでと陛下が判断されたということ。それでも陛下の目の届く範囲に居られれば僥倖です」

「いいえ。貴方は祖国に帰らなくては。わたくしの父が貴方を閨に侍らせたいのですって」

 陛下以外にこの身を開くつもりなどない。ましてや血の繋がった叔父相手など考えたくもない。どんな手を使ってでも自死してやろうと強く誓う。

 そんな時だ。不意にドアが開かれたのは。

 ノックもしない無作法者を一瞥するなり従妹姫は「ひっ」と小さく声を上げて仰け反った。ヘンリックにはその反応が理解できない。改めて陛下を見るが、いつも通りの美貌があるだけ。

「その程度でよく妃になりたいなどと戯言を口に出来たものだな」

 陛下は嘆息しつつ、ヘンリックへと手を差し出す。迷わずその手をとって立ち上がったのは条件反射だ。この身は陛下のモノ。青ざめて震える女など視界に入らない。伝わる熱に安堵の表情を浮かべて席を立つ。

「る、いえ、その、あの、」

「貴殿の列席は不要だ。体調が優れないようだ、即刻帰国するがいい」

「陛下!お待ちください、陛下!」

 泣き叫ぶ声を背にヘンリックは振り返らない。よくわからないが、とにかく従妹姫は陛下と結婚しないらしい。憮然として歩く陛下に手を握られたまま、ヘンリックは大人しく歩いていく。

 辿り着いたのは湯殿だった。身を清めろということらしい。立ち去る陛下と入れ違いに侍女達が押し寄せるように入室してきて目が点になった。今まで入浴は1人でしてきたので、一般貴族のように世話をされたことがない。急にどうしたというのか───。








 ルドガーは、龍人と呼ばれる種族の王───龍王だ。3000年という寿命を持つ龍人の中では赤子も同然の若輩者。王に即位するなり人間の国が喧嘩を売ってきたのには呆れた。例え若輩者でも王に選ばれるだけの理由がある。軍事訓練にも足らぬほど勝利するのは容易だった。

 詫びに王族を1人、慰み者として差し出すと人間の王は言い出した。お好きなのを選べと。生かすも殺すも好きにしろと。

 興味はなかった。龍王ルドガーは誰よりも纏う威圧感が強く、目を見ただけで相手を廃人にすることさえ可能だ。故に人間や弱い龍人はルドガーと対峙すると本能で怯える。人間の王すら怯えて話にならない。王族とはいえ所詮弱い人間と変わりないのだと落胆を隠せなかった。

 唯一の例外、それがヘンリックだった。他の子供など対面せずとも扉越しの気配だけで気を失ったのに、黒髪黒目の、どの兄弟とも似ていないヘンリックだけが平然としていた。その上、ウサギなどという小動物にルドガーを例えて笑う。

 興味本位で連れ帰った。

 野心など抱かぬよう、政治や軍事に関する情報は徹底して遠ざけて。幼子のまま、清らかでいられるよう、真綿で包むように慈しんで。ヘンリックは聡い子で、こちらの隠す不都合に気づいても見て見ぬふりをしてくれた。

 周囲が妻帯せよと騒ぐのと、ヘンリックの自立心が強まるのは、偶然にも同時期だった。いくら情報を遮断していても、ヘンリックは自身が置かれている状況に気づくほど賢い。寿命を同じにする方法も、孕ませる方法もあるのだから、このままヘンリックを娶ればいい。思いついてからは彼の成長が待ち遠しくて仕方なかった。口先だけで本当に養い子を娶る気はないのではないかと半信半疑だった老害共は騒がしかったが───

 ヘンリックを自身と同じ不老の身にすると、周囲は納得して口を閉ざした。ヘンリック本人は自身に起きた変化に全く気づいていない。今しばらく気づかせるつもりもない。気づいたところでヘンリックはルドガーのものだ、拒絶などさせない。

 どこもかしこも、ルドガーが触れると喜びで震える様は可愛らしい。

 人間社会でヘンリックが成人と見なされる年齢になるまで、ルドガーは待っていた。

「ご結婚おめでとうございます」

 招待客から次々に祝福を受け、ルドガーは鷹揚に頷く。その隣ではルドガーと揃いのスーツを着たヘンリックがポカンと口を開けたまま固まっていた。

「ほら、ヘンリック。祝福にお礼を伝えよ」

「あ、ありがとうございます…?」

 毎日精を注いだ甲斐があり、すっかり龍人と同等の存在───不老で寿命はルドガーが亡くなるまで延長される───と化しているヘンリックに、招待客は微笑ましい眼差しを向ける。それがますます理解できないようで、ヘンリックはしきりに瞬きを繰り返している。

「人間にはわからないようだが、龍人達はヘンリックの身体に馴染んでいる俺の存在力を強く感じ取っているんだ」

「つまり、どういうことですか?」

「性行為の濃厚さが周囲に丸わかりだということだ」

「……………………ッ」

 真っ赤に熟れた顔を両手で覆い隠す様も可愛らしい。あらあらと周囲の視線がより一層生温かくなっていく。

「ほら、笑え。今日は俺とお前の結婚式なんだからな」

「結婚?僕が、陛下と?」

 目から鱗とばかりに驚かれる。

「駄目なのか?」

 問えば、ヘンリックは首を左右に激しく振り、間を置いて、はにかんでみせる。

 無知なまま流されてくれるヘンリックが愛しくて堪らない。そこにあるのは盲目的で、絶対的な信頼だ。歪で異常なほどに植え付けられている。


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