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本編
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しおりを挟む一週間ぶりに会ったグレイルは、怪我をしていた。頬に大きなガーゼを貼り付け、利き腕には包帯をしている。恐らく衣服で見えない場所も含め、満身創痍なのだろう。
「ど、どうしたの、その怪我は何?」
「シェノローラ第一王女殿下」
その呼び方が、グレイルとシェノローラの間に明確な壁を作る。
「グレイル…」
彼は、心配することも許してはくれない。それが悲しくて泣きそうだ。しかし、シェノローラ第一王女として、泣くわけにはいかない。求められているのは一国の誇り高き王女としての姿であり、グレイルを失望させたくない。
「シェノローラ第一王女殿下が憂いていた件ですが───」
「憂いていた件?リリア様のこと?」
「───どなたです?」
グレイルが珍しく顔を顰めた。美しい容貌というものは、どんな表情をしても美しいのかと、シェノローラは的外れなことを思った。
「知らないなら構わないわ」
これでグレイルまでリリアとやらを庇ってシェノローラを罵倒し始めたら、さすがに立ち直れなかったかもしれない。
「至急調べます」
「不要よ、忘れなさい」
不要である理由はいくつかある。そのうちの1つは既に調べがついているからだ。
リリアは愛称で、リーリアティという名の男爵令嬢だ。世界は自身を中心に回っていると信じて疑わないタイプの女性で、男性の悩みを見抜き的確な甘言を囁くことで信奉者を増やしている。信奉者たちは、最終的に自分たちが選ばれなくても問題ないのか、漁夫の利を狙っているのか、彼女の恋を応援している。そんな扱いやすい味方に囲まれたリーリアティ嬢の恋する相手がグレイルである。
グレイルを手に入れるには、シェノローラが邪魔。しかし、一国の王女を害するのはリスクが高い。故に、リーリアティ自身が被害者という悲劇のヒロインとなり、シェノローラを加害者に仕立てあげようとしている。もちろん冤罪だが、リーリアティの信奉者たちは、彼女を中心に世界が回っており、彼女が黒だといえば白も黒になる。
シェノローラが学園に行くと連日、「罪を認めろ」とか「リリアに謝れ」とか騒ぐ連中に絡まれるし、「グレイル様を解放すべきですわ!」と主張する女性たちに囲まれるしで、厄介だった。それも傍にグレイルがいれば静まるだろう。良くも悪くも、グレイルを敵に回すつもりはない連中なのだから。
不要だと口にした一番の理由は、グレイルがリリアを調べるために彼女に近づくのは嫌だ、というシェノローラの気持ちが強い。グレイルがリリアの信奉者になるとは思っていないが、彼も男だ。リリアと恋に落ちないという保証はどこにもない。完全な私情であり、やはり自分も女で、為政者としては失格だ。
───わたくし、彼に執着しているのね
近づいて欲しくないと願う、この気持ちが己の本性だ。醜い、独裁者の芽。
「───シェノローラ第一王女殿下」
そう、シェノローラは王女で、グレイルはその従者だ。それ以上でも、それ以下でもない。これが現実。勘違いしてはいけない。そう、シェノローラは理性を総動員させて呼吸を整えた。
「わたくしが憂いていた件とやらについて聞かせて頂戴」
せめて主らしく居ようと姿勢を正す。
「シェノローラ第一王女殿下が憂いていた、婚姻の件です」
憂いていた、というか、悩んではいる。とはいえ、王族に限らず貴族の結婚の最終判断は家長が、主に父親が握る。ただの従者にどうこうできることではない。
「それこそ、貴方には関わりのないことね」
もし、グレイルの口から、他の男に嫁げと言われたら。それこそシェノローラの脆い矜持は壊れてしまうに違いない。泣いて、みっともなく縋るかもしれない。そんな女など、グレイルは求めていないのだ。
第一王女でなくては、いけない。
「…お加減でも悪いのですか?」
ギリギリの虚勢は既に見抜かれているのだと知る。それでも目の前の訝しがる男に向かって、シェノローラは淡い嘲笑を浮かべた。
「虫の居所が悪いの。そもそも貴方が口を挟むことではありません」
「陛下から貴女に説明するよう命じられているのですが、それでもですか?」
「わたくしにとって大切なことだもの、陛下から直接お聞きしたいわ。そのようにお伝えしなさい」
国王である父は多忙だ。本来ならこのように聞き分けのない我儘など言わない。しかし、グレイルの口からだけは聞きたくなかった。
「大切なことだからこそ、早々に聞いておいた方が宜しいかと。───抵抗する機会を失ってしまいますよ」
後悔しても知らないぞという、脅しにしか聞こえない。実際、脅しなのだろう。
「───まるで抵抗して欲しいみたいに聞こえるわ」
都合の良い願望でしかないことはわかっている。
「陛下から事前の説明はなされません。あくまで私からお伝えするよう言付かっております。また、貴女がこの婚姻を受け入れるなら、私は本日付けで従者を辞すよう命じられています」
後悔しませんか、と。空耳かと思うほど小さな声で、グレイルが問う。
「選ぶということは、片方の選択肢を選ばないということ。どちらを選んでも、きっと後悔は残るでしょう」
この縁談を受け入れても蹴っても、どちらにせよ心が満たされる日なんて来ない。シェノローラ自身、この恋を叶えようとは思わない。
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