春待ち木陰

春待ち木陰

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 夜中の一時過ぎ。日付け的にはもう月曜日。

 ふと目が覚めてしまった花村春生は、

「ン~……おおッ!?」

 暗がりの自室で人間大の「何か」がモゾモゾと蠢いている気配を察し、驚きの声を上げた。すわ、泥棒か。季節外れのサンタクロースか――その一瞬にして、春生の眠気は完全に吹き飛んでしまった。

「起こしてしまって、スミマセン」

 人間大の「何か」――前日の昼間、春生がコンビニで拾ってきてしまった「美少年」が、小さな声で、申し訳なさそうに呟いた。

「いやあ、びっくりした……。……忘れてた」

 前日の午後、気を失うみたいに眠ってしまった少年を独り残して、二度目のコンビニに出掛けた春生がその一時間弱後、自宅に戻ると――彼はまだぐっすりと寝続けていた。

 春生が夕食を食べている最中も、風呂に入って「心の洗濯」をし終えてもまだ、彼は「……すぅ、……はぁ」と規則正しい寝息を立てていた。

「……よっぽど、眠たかったんだな……」と春生は呆れ半分の感心を抱きながら、床に寝転がっている彼の「隣」――ベッドへと潜り込んだのであった。

 ――そんなこんなで。春生は未だ、この美少年の詳しい素性はおろか、その名前すらも知らないでいた。ただ「見覚えのある、美しい少年」ということから「ジャニーズ」――テレビのタレントではないかと、春生は思い込んでしまっていた。……なので、

「……そんな寝不足になるくらい、大変な『世界』だとは思うけど。アナタを応援してくれるファンの方々の為にも、これからも『お仕事』、頑張ってくださいね」

 春生の口からはそんな言葉も出てしまうのだ。

「え……?」

 と美少年。親しくもない自分を自宅に泊めてまでくれた「恩人」に、ふと頭を下げられてしまった彼は「…………」と少しだけ、考えた後、

「……寝惚けてますか?」

 と、弱り顔で小首を傾げた。

 

「美少年」の名前は、蔵原真直といった。歳は十五。春生と同い年であった。

「クラハラマナオ……」と自分の口から発してみても、春生はその名前に馴染みは感じられなかった。……その顔に見覚えはあるのだが、名前には馴染みが無い。春生は、

(……「ジュニア」ってヤツか……?)

 などと、今度は「ジャニーズ」の中でもまだ日の目を見ていない、バックダンサーを思い浮かべてしまったが。それも「ハズレ」であった。

 芸能人だと言われても素直に納得をしてしまうであろうほど、彼の目鼻立ちは美しく整ってはいたが。蔵原真直は「ジャニーズ」やらの芸能人ではなくて、本当に「一般」の人間であった。

 そんな「一般人」の顔を、どうして春生が「知っていた」かと言えば。それは――、

「ボク……花村君とは塾で一緒のクラスです。話した事はなかったけど、出入り口とかで何度か会釈はし合ってると思う……」

 ――といった案配であった。

「花村君……ボクが誰なのか本当に知らないまま、自宅に迎え入れてくれてたんだ……」

「はあ……」と驚きの息を吐いた真直に、春生はついつい、

「いや。『見覚え』はあったわけだしさ。……『病人』で。悪い人間には見えなかったし」

 などと言い訳染みた言葉を返してしまった。

 真直は「あの……『病人』ていうか」と、自身の「病状」を説明してくれた。

 隣町に在るという自宅を飛び出したのが金曜の夕方。それから二晩、真直は一睡もしていなかった。色々と考え事をしていたらしい。眠気を覚え、駅のベンチや図書館の椅子に座ったりもしたが、眠るには至らなかったという。本日の初夏らしからぬ暑い陽射しを避けてコンビニで涼んでいたところ、不意に見知った顔と出会い、何故だか急に気が抜けてしまったのだそうだ。

 これまでの弁明を終えた真直は、いきなり、

「……ごめんなさい!」

 と頭を下げた。床に座っている状態で深く頭を下げたものだから、その格好は正しく「土下座」であった。……春生は慌てて、真直の頭を持ち上げる。

「ちょ、ちょっと。何だよ。止めろって。……良いよ、『病人』じゃなくても。『ただ、眠かった』だけでも。構わないから」

「……違うんです。ボクは……花村君の厚意を受けるに値しない。ボクは花村君が思うような人間じゃないから。本当のボクには、この部屋に泊めてもらえる資格が無いから」

 夜中に白い光は眩し過ぎるからと、常夜球の暖かな橙色に染まった狭い部屋の中。蔵原真直はボロボロと泣き出してしまった。……ここに来るまで、色々と気を張り詰め過ぎていたのだろうか。一度、流れ始めてしまったその涙は、中々に止まらなかった。

「ボクは……」と涙ながらに真直は言った。

「……オカマなんです。……初めて、口に出しました……。ボクは、オカマなんです!」

「え……?」と春生は眉間にしわを寄せた。

 小さな頃からとにかく優しく、周囲に気を遣う事が大好きであった彼は――母親を見習っていたせいなのか――その言葉遣いや歩き方、ちょっとした仕草が中性的だった。

 その所作を初めて注意されたのが小学校一年生時の夏だった。担任の男性教師から「男らしく」と爪先を外に向けて歩くように指導された。それが最初の「違和感」であった。「男らしく」いる事の苦痛。真直はそれまで自分の身体が「男」である事に対しては何の拒否感もなかったのだが、次第に、徐々に「どうして、自分は男なのか」――「女であったなら、この『苦痛』を感じなくて済んだのではないのか」と思うようになってしまった。

「女に生まれたかった」と真直が初めてはっきりと考えたのは一昨年の事。中学の一年生になってからだった。その頃には、それを「オカマ」と呼ぶ事、その「オカマ」がテレビのバラエティ番組でどんな扱いを受けているのかを知ってしまっていた真直は、至ってしまったその「想い」を誰に告げる事も出来ず、ひっそりと胸にしまっていた。

 日常では「男らしく」を演じ切り、その頭の中でだけ、奔放に過ごす。真直は、内気な少年に育ってしまった。しかし。相変わらずに優しく、細かな気遣いの出来る「息子」を、その母親は自慢に感じていたようだった。

 そんな母親から「話があるの」と切り出されたのが、去年の終わりだった。

「お母さんの思い過ごしなら、ゴメンナサイ。凄く……変な事を言うけれど」

 険しい顔の彼女は、真直がその胸に隠していたはずの「想い」を、ずばりと口にした。

 真直は、下手糞な作り笑顔で「何、言ってんの。アハハ」と応えた。

 それから、半年の間。彼女は何かと真直の「行為」に口を挟むようになってしまった。それまでは喜んでいたはずであった「脱いだ靴を揃え直す」行為やらを、ヒステリックに「やめなさいッ!」と非難し始めた。

 真直は家に居辛さを感じ、塾に通い始める。「出来るだけ、母親の目から離れたい」と行き帰りにも時間を掛けられる隣町の塾を選んだ。……本当ならば「家出」の一つもしたかったが。「家出」をした真直を受け入れてくれるような「友達」など、「秘密」を胸に抱えてしまった内気な少年には、一人とて居るはずがなかった。

 そして。一昨日――日付け的には、三日前になるのか。金曜日の出来事である。

 何故、この日だったのか。何が彼女を決意させてしまったのかは、知らないが。彼の母親はこの日、真直の部屋にあった洋服のほとんどを、勝手に、捨ててしまったのだ。

 御仕着せではなく、月々の小遣いやお年玉から真直の好きに買われていたそれらの洋服は――スカートこそ、無かったが――全て、女性が着ていても可笑しくはない、ユニセックス調であった。

「こんなの、着てるからッ!」と真直の母親はヒステリックな叫び声を上げてくれた。

 真直は、そんな彼女とは何の会話も出来るわけが無いと静かに家を出たのだった。

「……多分」と真直は振り返る。

 母親の自分を見る目が「変わった」のは――「あの日」からだったと思う。

「花村君は、信じてますか? ……『未来体験』てヤツです。母が見たのか、他の誰かが見た『未来』を母に告げたのか、知りませんけど。母は……ボクの『未来』を知ったんだと思います。ボクが……『オカマ』だって。……それは、変えようのない……本当の事で。……『未来』のボクは、きっと、どこかで、割り切れたんだと思うけど……今のボクには、まだ、絶対の『秘密』だったのに。こんな、強制的なカミングアウト……今のボクには、どうにも、さばけなくて。ボクは……。……『未来』のボクは、どんな気持ちで、ソレを『告白』したんだろう。今のボクには、とても……とても、考えられません。ボクは……まだ、無理です」


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