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第6章 肝試し大会編
第百十三話 「ホーンテッドホーム」
しおりを挟む肝試し大会は現地集合。
つまりこの巨大昆虫たちを倒せなければ参加する資格もないということだ。
それが上手い線引きになったりもしているのだが、果たして僕たちはその資格があるかどうか。
久々に感じる戦闘の熱に、つい頬が緩んでしまう。
――大会前だから温存しとこうかな。
「ライム、体当たりだ」
「キュルル!」
僕の『主の声』を聞いたライムは、元気な返事をしてぴょんぴょんと跳ねていった。
目前の敵との距離を詰め、間合いに入るや神経を研ぎ澄ませる。
先手を打ったのはカマキリ型のモンスターだった。
右の鎌を振り上げて、肉厚の刃を素早く薙ぐ。
ブンッ! と空を切る音が鳴ったときには、ライムはすでにその場から姿を消していた。
あまりの早さに文字通り消えたように映る。
ほとんどの者がライムを見失う中、僕だけは確かに見る。
鎌を振り抜いた体勢で固まるカマキリの懐……ほとんど隙間がないそこに潜り込んだ、丸くて可愛らしい水色の影を。
ライムは全力で地面から弾んだ。
次の瞬間、ズカッ! とカマキリの下顎を的確に打ち上げる。
「ギシャァァ!」
そのあまりの威力にカマキリは叫び、後方へと押しやられた。
たった一撃でふらふらになり、意識が途切れかけている。相当なダメージが入ったらしい。
次いで上空へと上がったライムは、巨木から突き出た枝に体を付け、反動を利用して真下への攻撃を試みた。
視線の先には巨大蝶々。
青色の流星が、停止飛行する白い蝶々を真上から撃ち抜いた。
「ビイィィィ!」
強烈に地面に叩きつけられた蝶々は、盛大な叫びを上げて光の粒と化してしまった。
きらきらと蝶々の残骸が舞う中で、ライムは嬉しそうな顔をしてこちらを振り向く。
鮮やかかつ迅速な二撃を繰り出したライムを見て、僕の後ろにいるクロリアが感嘆の息を漏らしていた。
「ラ、ライムちゃん……すごいです」
何やら大層驚かれたようだが、すぐにその理由を悟る。
思えば、ロメを助けたとき以来――あの蛇姉妹と戦ってからというもの、クロリアとミュウの前で戦いを見せるのはこれが初めてだ。
ライムの急激な成長に戸惑うのも無理はない。
クロリアは首を傾げながら僕に問う。
「蛇の人たちとの戦いで、レベルでも上がったんですか?」
「いいや。前と変わらずレベル20だよ」
「えっ?」
かぶりを振った僕を見て、彼女はさらに疑問符を膨らませた。
それを割るように僕は答える。
「思っている以上にレベル20の壁は高いみたいだよ。でもライムはレベルじゃなくて、技術的に成長してる……んだと思う。戦闘経験による強さ……っていうのかな? まあ、僕もよくわかってないんだけど」
「は、はぁ……」
「とにかくライムは、レベルが上がってなくても強くなってるってことだよ……たぶん」
そんな曖昧な説明では黒髪おさげの少女も納得しかねるようだった。
けれどこれが事実なのだ。
主人の僕から見てもライムは成長していると感じる。しかし一方でレベルがぴくりとも動いていないのだから、そうとしか考えられない。
それ以上の説明がないとわかったクロリアは、一応の納得はしたようだった。
次いでライムに対抗するように、腰裏のメイスを引き抜いて構える。
「わ、私も行きます」
「えっ?」
今なんと? と訊ねようとした僕の横を、見慣れた黒マントが通り過ぎていく。
頭にミュウを乗せなおしたクロリアが、一匹だけ残った巨大カマキリに向かって全速力で走っていった。
どうやら僕とライムに成長した姿を見せたいらしい。
「ミュウ、【ブレイブハート】です!」
「ミュミュウ!」
主人の命に従い、ハピネススライムのミュウは筋力強化の支援魔法――【ブレイブハート】を発動させた。
一瞬だけ薄赤色の光に身を包まれたクロリアは、「どうもです」とお礼を言ってメイスを強く握りしめる。
いまだライムの体当たりのダメージが残っているカマキリだが、クロリアが近づいていくと本能的に身を構えざるを得なかった。
左の鎌を振り上げて、鋭い刃で少女を襲う。
対してクロリアはカチッとメイスを鳴らすと、相手の鎌とぶつけるようにして左下から振り上げた。
「せ……やあぁぁぁ!」
メイスと鎌の衝突。
甲高い音が耳を直撃した時には、カマキリの左鎌は大きく後方へと弾かれていた。
危うく体まで攫われかけている。
野生モンスター――より厳密に言えば巨大型モンスターと、真正面から力比べをして、あろうことか圧勝してしまった。
さすがにこれには驚かされてしまう。
あのメイスの重さもさることながら、それを操るクロリアのパワーもまた凄まじい。そしてそれが合わさった一撃にどれほどの威力が凝縮されているのか。
驚嘆する僕の前で、クロリアは終幕の二撃目を放とうとする。
右へと振り抜いたメイス。その重さに身を任せて、くるりと右回りに体を回転させると、再び左からの強打をカマキリにお見舞いした。
残留するライムからのダメージ。鎌をパリィされたことによる数瞬の硬直。カマキリに避ける余力は残されていなかった。
「ギシャッ――!」
僅かな呻きを漏らしたかと思えば、目の前からカマキリは消えていた。
次の瞬間、右方向からガサガサバキバキという騒がしい音が響いてくる。
見るとそこには、森の草木を押し退けるようにして吹き飛ばされたカマキリが倒れていた。
そうと認識した途端、パァンと鮮やかな光の粒となり、本当に消え去ってしまった。
森はしばしの静寂に包まれる。
メイスを振り抜いた体勢のまま固まるクロリアと、何も言葉が出てこない僕。
やがて武器を収めて戻ってきたクロリアが、『どうかしたんですか?』という視線を向けてきたので、僕は先刻の彼女の言葉を借りるようにして返した。
「ク、クロリアも……すごいじゃん」
「えっ? そ、そうですか? え……へへ」
少し照れくさいのだろうか、頭の上のミュウを胸に抱えなおしながら顔を伏せてしまった。
しかし僕はそんな愛らしい少女の姿に見惚れることもなく、ただただ呆然と目を丸くする。
いつの間にやら頭上に戻ってきていたライムにも気づかない始末だ。
あのパワーは、いったい何なのだろう。
本気を出せばあそこまで戦える女の子に、僕は今まで鋭い目つきで睨まれたりしていたわけだ。
これからはもう、彼女の機嫌を損ねるわけにはいかないと、心に固く誓ったのだった。
昆虫たちとの戦闘を終わらせた僕たちは、再び目的地に向かって歩みを進めていた。
肝試し大会開催まで、もう数十分もない。
しかし幸いにも先刻の戦いで少し自信がついたのか、クロリアは僕の背中に掴まることもなく、自らの足でしっかりと地を踏みしめていた。
互いの足取りは好調である。
やがて森の奥深くまで来ると、不意にどこからか喧騒が聞こえてきた。
それを頼りに、木々の密集が激しい場所を突き進んでいくと……
「さあさあ、間もなく開催となります! 肝試し大会! お集まりの皆様、肝の準備はよろしいでしょうか?」
なんともハッスルした司会者らしき女性の声――
参加者と思しきテイマー集団――
あちこちに点在する墓石や十字架や錆びれた鉄柵――
遠方に望める『いかにも』なオーラを放つ不気味な館が、僕たちのことを出迎えてくれた。
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