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第六話 「本当の居場所」
しおりを挟む卓上に置かれた一つの袋。
クロムは少し信じられない思いで、それの中身を確認した。
すると確かにそこには、彼女が取ってくるように指示を出した白い葉が詰められている。
張り切りすぎたのか袋がパンパンだ。
そこまで確認を終えると、クロムは呆然としながら少年に声を掛けた。
「し、試験を開始してから、およそ一時間ほどのようだが」
「えっ? ま、まあ、そうですね。結構掛かっちゃいましたけど」
「……」
いやそうじゃない。
クロムが言いたいのは、試験開始から”まだ”一時間しか経っていないということだ。
このポカポカの町からザワザワの森まで、少なくとも片道二十分は掛かる。
往復で四十分とすると、彼が薬草採取に費やした時間は僅か”二十分”程度となるのだ。
今までも何度か同じ試験を実施したことがあるが、皆一様に森の奥地を縄張りとする魔物たちに苦戦し、最悪帰って来ないことも多かった。
それでもなんとか攻略方法を見つけ出し、彼らは何日も掛けて試験を突破したりするのだが……
それをたった一時間とはどういうことだ?
早い者でも最低一日は掛かっていた。
もしやこの薬草は偽物? いや、とても偽物には見えない。
では、どこかに売っていたという可能性は? それもありえないはずだと、クロムは自問にかぶりを振り続けた。
「……」
しかしよくよく見れば、少年の体には傷一つない。
何か裏技を使ったとしか考えられないのだ。
闇試験はそんなにぬるくはない。
そう疑心を抱いたクロムは、思い切って少年に尋ねてみた。
「ど、どのようにしてあの獣種の魔物たちを突破したのか、聞いてもいいか?」
「えっ? あぁ、あれですか……」
少年は何でもないように答える。
「このスキルを使ったんですよ」
「……?」
そう言った彼は、唐突に口を閉じて静かになり始めた。
いったい何が始まるのかと思ったクロムは、首を傾げながらその様子を見守る。
すると、次の瞬間――
「なっ!?」
少年の体が、まるで空気に溶け込むようにして薄れていった。
次第に彼の向こう側の景色も見えるようになっていき、少年の肉体がどんどんと朧気になっていく。
そして気が付けば、彼は完全に目の前から姿を消していた。
クロムは口を開けて唖然とする。
何度か瞬きして目を凝らしてみるが、少年の姿はどこにもなかった。
(な、なんなのだこれは?)
言葉を失うとはまさにこのこと。
クロムはやはり幻でも見ていたのではないかと錯覚すら起こし始めた。
すると次の瞬間、不意に右肩をトントンとつつかれる。
心底驚いたクロムは、普段の様子からは考えられない小さな悲鳴を上げて、ぎょっと飛び上がってしまった。
すかさず振り向くと、そこには少し悪びれた顔で苦笑するあの少年が立っていた。
まだ少しだけ姿が薄い。
そして彼は元の場所まで戻り、改まった様子で先刻の問いに答えた。
「今のは『隠密』っていうスキルで、姿を消すことができるんですよ。それを使ってこっそり薬草だけを取って帰ってきました。さすがに戦うのはめんど……じゃなくて、厳しいと思いましたので」
「……」
その説明を聞き、再びクロムは放心してしまう。
普段はまったく感情を表に出さず、闇ギルドの者たちに陰で『笑わない受付嬢』だの『受付人形』だのと言われている彼女にしては、らしくない失態続きだ。
しかしそれも無理からぬ。
目の前であんな常識外れな技を見せつけられては、さすがのクロムも呆然とする他ない。
まったく存在を認知できなくなるスキルなど、まるで聞いたことがないのだ。
(『盗賊』が持つ『気配遮断』のスキルに似ているが、あれはただ存在感や足音を翳めるだけのスキルだ。さすがに目の前からいきなり消えるなんて芸当はできない)
これはもはや『透明化』や『存在消滅』に近いだろう。
目の前にいるのに姿が見えず、また息遣いも足音も聞こえなくなって他者から存在を認知されなくなる。
どうりで人の気配に敏感な獣種の魔物たちを楽々と突破できたわけだ。
盗賊の気配遮断ではこうは行かないだろう。
そんなスキルを自在に使える彼は、いったい何者なのだ?
クロムは訝しい思いを抱き、恐る恐る少年に尋ねた。
「た、度重なる質問で申し訳ないのだが、君の天職を伺ってもいいかな?」
「えっ? 天職……ですか?」
その問いにはさすがに、少年は難色を示した。
天職とはいわばその人間の才能なので、それを知られるということは能力も性格も丸裸になってしまうということ。
快く教えてくれる人間はいないだろう。
やはり不躾だったと思ったクロムは、即座にその問いを撤回しようとする。
しかし少年はそれよりも早く、渋々といった感じで答えてくれた。
「あ、『暗殺者』ですけど」
「…………はっ?」
彼からの答えを受け、クロムは何度目ともわからぬ硬直を強いられる。
しばしその言葉の意味を理解するのに時間が掛かってしまった。
やがてそれを呑み込んだクロムは、衝撃的な事実に思わず声を荒らげてしまった。
「あ、ああ、『暗殺者』だと!?」
「えっ? は、はい……」
前のめりになりすぎたあまり、少年は戸惑う。
そしてクロムの声は闇ギルド中に響いてしまったらしく、少年の後ろでガタガタッと騒音が流れた。
今のを聞いた闇冒険者たちが揃って席を立ち上がったのだ。
彼らは一様に目を見開いて、少年の背中をじっと見つめている。
その光景にクロムは、思わず『しまった』と顔をしかめた。
天職はその人間の才能と言ったばかりで、まさかそれを周囲にバラしてしまうことになるとは。
申し訳ない思いで少年を見ると、彼は別段怒った様子もなく、逆に申し訳なさそうにしてこちらに尋ねてきた。
「あ、あの、何かマズかったでしょうか?」
「えっ……? あっ、いや、別に問題はないよ。大丈夫だ」
そう返すと、彼は目に見えてほっと胸を撫で下ろした。
そして気が付けば闇冒険者たちも落ち着いて、静かに席に座り直している。
クロムはそれを見て少年よりも安堵し、気持ちを切り替えるようにして咳払いをした。
闇ギルドの受付嬢として不甲斐ないばかりである。
話を戻すに、少年の天職は『暗殺者』らしい。
密やかに敵を殺すことが得意な天職。
発現する者が極めて少ない『希少職』の一つで、この業界ではかなり名の知れた天職だ。
ここ数十年現れたという情報がなく、完全に消え去ってしまったかと思っていたのだが、よもやこの少年がそれを宿していたとは。
自分だけではなく闇冒険者たちが驚くのも無理はない。
(サーチナスが手放しで褒めるからには何かある少年だとは思っていたが、まさかこれほどとはな)
クロムは密かに笑みを浮かべる。
これは確かに上玉。
彼は闇ギルドにこれまでにないほどの功績を残してくれるに違いない。
そうと確信した彼女は、改めて少年に目を向けて頷きを返した。
「よし、君は合格だ。闇ギルドへの登録を認めようではないか」
「ほ、本当ですか!?」
少年は大層嬉しそうに笑顔を咲かせ、『よしっ!』と拳を握りしめる。
その純真な様子からは暗殺者の雰囲気など微塵も感じず、本当に彼に闇ギルドで生きていくだけの精神力があるかどうかは定かではなかったが。
素質は間違いなくある。そう思ったクロムは、少年に闇ギルドへの登録を許したのだった。
「ではさっそく、ギルドカードを発行する。名前を伺ってもいいかな少年?」
にこやかに問いかけると、同じく彼も微笑みながら名乗ってくれた。
「僕の名前はアサトです。これからよろしくお願いします」
アサトは律儀に頭を下げる。
対してクロムも姿勢をただし、綺麗なお辞儀を返した。
「私はこれから君の担当となるクロムだ。こちらこそよろしく頼む」
そして最後に彼女は、闇ギルドの受付嬢らしい不気味な笑みを、人知れず浮かべたのだった。
「期待しているよ、暗殺者のアサト君」
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