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第二十五話 「誘惑」
しおりを挟むリスカの足止めのおかげで、難なく森を抜けた後。
僕は魔女を抱えながら、森を一望できる小高い丘までやってきた。
近くの木に、毒で倒れている魔女を預けておき、リスカが出てくるのも待つとする。
彼女が暴れていた音はすでに聞こえてきていないので、もう戦いは済んでいるはずだ。
じきに出てくると思われるのだが。
「んっ……」
と、リスカの帰りを待っていると、先に魔女の方が目を覚ました。
寝ぼけ眼を泳がせて、やがて近くに佇んでいる僕に視線を止める。
「ようやく起きたかバカ魔女。まったく、なんで自分の毒食らって気持ちよさそうに寝込んでるんだよ」
「……」
まだ寝ぼけているのだろうか。
僕の愚痴に対して何も反応を示さなかった。
バカとか言っちゃった手前、何か言い返してくれないとこっちの心が傷つくんだけど。
その代わりに彼女は、まだおぼつかない口を動かして、むにゃむにゃと問いかけてきた。
「こ、ここは……?」
「ドクドクの森の近くだよ。僕がここまで運んできたんだ。お前は半分気を失ってて、何も覚えてないだろうけど」
呆れながら答えると、魔女は訝しむように眉を寄せて僕を見た。
何も覚えちゃいないのか。
自分の毒を食らって恍惚としていたことも、その後で僕に抱えられて冒険者を撒いたことも。
けれど僕からの説明を受けてようやく現状を理解したらしい彼女は、一層眉を寄せて二度目の問いかけをしてきた。
「なんで、私をここまで連れてきたの?」
「えっ?」
「ところで、あなた誰?」
「いや誰って、お前は僕たちの会話を何一つ聞いてなかったのか? 闇ギルドの関係者って言っただろ」
青年冒険者とのあのやり取りを、目の前にいながら見ていなかったのか?
毒の森を踏み荒らされて、相当怒っていたように見えたが、まさかその時からすでに理性が飛んでいたのか?
なんて密かに冷や汗を流していると、不意に魔女ははっと目を見開いた。
前にサーチナスさんにスカウトされたことを思い出したのだろうか、若干身を引いて言う。
「まさか、また私を変な組織に勧誘しようと……」
「うん、まあ、似たような感じかな。正確にはその組織に攫ってくるように命令されたんだけど」
と答えると、魔女は固い意志を示すようにかぶりを振った。
「何度来ようと、私は絶対に闇ギルドとかいう場所には入らない。私には私の生き方がある」
「あぁ、うん、まあそう言うとは思ったけどさ。でもこっちも依頼だから仕方なく誘拐しに来ただけなんだよ。別に勧誘しに来たわけじゃない」
依頼でもなければ少女誘拐なんて重罰なこと、絶対にしたくはないのだから。
というか今すぐにでも依頼を放棄したいくらいである。
しかしそういうわけにもいかず、僕はこいつを誘拐しなくてはならないわけで、その宣告を改めてしておいた。
「というわけで今からお前を誘拐したいと思うんだけど、お前はそれでいいか?」
「いやよくない」
「あぁ、ですよね」
紫色の瞳で睨みつけられて、自分の言葉の危うさを悟る。
まあ、そっちの事情もあるからな。こっちの都合だけで連れ去ることはできない。
先ほどは怒りに任せて、手足を縛って連行しようとか言っちゃったけど、本気でそれをやるのはかなり抵抗がある。
それにこいつにはこいつなりの、目指す生き方というのがあるのだ。
だからそれをこちらの都合だけで邪魔するわけにはとてもいかない、のだが……
「……ていうかお前の生き方って、もしかして毒の森でずっと毒物に囲まれながら生きていくってことか?」
「うんそう。それが私の望む生き方」
「……それは絶対に変えた方がいいだろ」
闇ギルドに所属している僕が言うのもなんだが。
けれどやはりその生き方は間違っている気がする。
いくら毒物が好きでも、毒の森に引きこもる生活は推奨できるものではない。
もっと女の子らしい生き方をした方がいい気がする。
何より……
「つーかその生き方、もうできない気がするんだけど」
「えっ?」
不意にある方角を指差す。
釣られて魔女がそちらに視線を移すと、彼女の住処である例の森から、メラメラと火が立ち上っていた。
どうやら冒険者たちによる森の焼き払いが開始されたみたいだ。
魔女がいない今、森を焼く絶好のチャンスだからな。
すると遠方からそれを見た魔女が、名残惜しげに情けない声を漏らした。
「あ、あぁ……私の森が」
「いや、別にお前の森ではないだろ」
強いて言うなら森さんは自然界のものである。
それが焼かれる光景はとても心苦しく感じるが、人間に害を与える森なら撤去するのもやむを得ない。
何はともあれあの森は誰のものでもないので、それを知らしめるために僕は魔女に言ってやった。
「あそこはもともと立入禁止区域なんだよ。一般人は入っちゃダメなんだ。おまけに有害な毒物がたくさんあるから、ああして燃やさなきゃ誰かが危ない目に遭ったりする。こっちの都合だけでお前を誘拐できないのと同じように、お前の都合だけであの森を残しておくことはできないんだよ」
「う、うぅ……」
年相応に魔女は幼げな泣き声を漏らす。
その様子を見た僕は、不意に彼女の近くまで歩み寄り、目線を合わせて問いかけてみた。
「お前、そんなに毒が好きか?」
「……うん、好き」
「採っちゃダメって言われていても、他の人を苦しめるかもしれないってわかってても?」
「……それでも好き」
……まあ、そう言うだろうなとは思った。
こいつは何を置いても毒が好き。
それはきっと魔女だからなのではなく、毒が好きだから『魔女』の天職を授かることになったのだ。
天職とは、その人間に見合った才能だから。
だから僕は、好きなものを失ってしまった小さな子に、少しの希望を与えてやることにした。
「じゃあさ、うちに来ればもっと色んな毒物が手に入るかもしれないぞ」
「えっ?」
「闇ギルドは違法な依頼ばかりが集まる闇側の冒険者ギルドなんだよ。採取や栽培を禁止されている毒物だって、数多く取引されている。僕も一度だけ毒草……というか、違法薬物の薬草を取りに行かされたことがあるからね。もし闇ギルドに入れば、ここよりもっと多くの毒と巡り合うことができるかもしれないぞ」
「……」
不意な提案に、魔女は目を丸くして固まってしまう。
こいつは、自分には自分の生き方があると言った。
確かにそれを部外者の僕が否定することはできない。
ただ、生き方に対して少し助言したり、新しく提案することくらいは許してもらいたいものだ。
「さっきも言ったと思うけど、別に僕はお前を勧誘しようなんてこれっぽっちも考えてない。僕はお前のことを誘拐しに来たんだ。ただ、誘拐するにしても無理に攫おうとしたら失敗する確率が高くなるだろ。だから少しでも成功率を上げるために、僕はこうしてお前を……そうだな……誘惑してやってるんだ」
僕は言い訳がましく言葉を並べる。
そう、これはただの誘惑だ。
ロリコンが幼女を誘拐するのと同じように、目の前にお菓子をチラつかせて成功率を上げようとしている。
さすがに今のは例えが悪いが、まあとにかくこれは闇ギルドへの勧誘ではなく、誘拐を上手くいかせるための布石なのだ。
別に、毒の森を失ってこいつが悲しそうにしている姿に同情したとか、手を差し伸べてやろうなんて少しも考えてはいない。
ついには心中でも言い訳を述べ始めた僕は、さっさとこの話を終わらせるべく呆然とする魔女に提案を出した。
「このまま当てもなく冒険者たちに追われる日々を送るか、僕に誘拐されて闇ギルドまでついて来るか、二つに一つだ。さあどうする魔女さん」
魔女はいまだに呆けた面で、僕の顔をじっと見据える。
出された提案に対して気持ちを惑わせ、答えを迷っているように見えた。
きっとこいつは今、サーチナスさんに勧誘された時の僕と同じような気持ちになっているに違いない。
自分の本当の居場所はどこなのか。自分はいったいどこに行きたいのか。疑問符をぐるぐると回している。
少なくとも僕は、こいつの居場所は表の世界にはないと思っている。
毒が好きで、毒魔法が得意なこの少女は、きっと今までたくさんの人たちから否定されてきたはずだ。
それはまるで冒険者ギルドから拒絶された僕みたいに。あるいは行き過ぎた狂人化が原因で孤立してしまったリスカみたいに。
だからこそ彼女の居場所は、闇ギルドにしかないと思う。
そこでならみんな必要としてくれる。毒魔法の力を頼りにする人もいるだろうし、毒好きの性格だって受け入れてもらえるはずだ。
そのことを伝えると、魔女は困惑とした顔を伏せ、だんまりとしてしまった。
しばしの沈黙が僕らの間に訪れる。
やがて彼女は意を決した顔を上げ、僕の誘惑に対して答えを返してきた。
「仕方がないから悪いロリコンについて行ってあげる」
誘惑はどうやら成功したらしい。
まあ、ただ単純に当てもなく冒険者たちに追われるのが嫌だったという可能性もあるけど。
とりあえずはこれで誘拐クエストはクリアできそうだな。
密かに胸を撫で下ろした僕は、肩をすくめて魔女ドーラに返した。
「そうかい。じゃあ悪いけど、今からお前――ドーラのことを誘拐させてもらうから、覚悟しておけよ。あと、僕の名前はアサトだから、ロリコンって呼ぶのもうやめて」
「わかった」
憎まれ口に交えて、僕たちは自己紹介も済ませた。
いまだに仲は悪いままだけど、これで一件落着ってことでいいかな。
ドーラも自分から闇ギルドに行く気になってくれたみたいだし、これで不安に思っていた少女誘拐にはならないはず。
まさかクロムさんは、この依頼すらもこうなることを見越して僕たちに受けさせたのか、そこまでは判断ができないが。
とにもかくにも、これにて連続の闇クエストは終了だ。
やがて森の方から駆けてくるリスカと再会し、僕らは闇ギルドに戻ることにした。
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