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第二十九話 「転機」
しおりを挟む翌日。
女子二人がいる部屋で目を覚ますと、彼女たちは先に出掛けの準備を整えた。
リスカいわく、朝から闇ギルドに向かうらしい。
どうやら闇ギルドへはできるだけ顔を出さなければならないようで、理由としてはいったいいつ自分に闇クエストが設定されるかわからないからとのこと。
中には、いつの間にか依頼が溜まって、期限が過ぎて多額の罰金を払わされた人が少なからずいるらしい。
相変わらずなんと理不尽な制度なのかと思ってしまう。
しかしまあ、これが一番合理的なのも理解できる。
適性のある人にたくさん仕事をしてもらうには、この強制的なやり方が一番だからな。
まあ、何はともあれクエスト確認をするために、僕らも二人と一緒に闇ギルドに向かうことにした。
先日クロムさんに言われた通り、しっかりとフードとマスクで顔を隠して裏道を進んでいく。
そうして無事に闇ギルドに到着すると、昨日と同じくギルド内の言い知れぬ雰囲気を感じ取った。
いまだにバタバタと慌ただしい。
まだ忙しいのかな、なんて思いながら受付へ行ってみると、なぜか不安そうに目を泳がすクロムさんと目が合った。
何かあったのだろうか?
「あっ、アサト君か。ちょうどよかった」
「……?」
珍しくクロムさんの方から呼び止めてくれる。
首を傾げながら歩み寄ると、彼女から突然の言い渡しがされた。
「君に早急に受けてもらいたい依頼があるのだ」
「依頼?」
どうしてまた急に?
と不思議に思う一方で、リスカの言ったとおり朝早くに来てよかったと安堵する。
もしこの時間に来ていなければ、勝手に依頼を設定されていた可能性だってあるのだ。
クロムさんは確かに優しい人だけど、それでも彼女だって闇ギルドの受付嬢。ここのルールに従って、いつの間にか僕に闇クエストを設定することだってたぶんある。
それを事前に知られてよかったぁ、なんて人知れず胸を撫で下ろしていると、ふとクロムさんから妙な視線を感じた。
いつになく、とても真剣な眼差しだ。
なんだろう、この感じ? いつもの彼女とまるで違う。
僕に依頼を渡してくれるクロムさんは、どんな時だって毅然としていて、すべてを見通しているかのような大きい余裕を持ち合わせていた。
それなのに今日に限っては、その余裕は見る影もなく、真剣さの奥に怯えのような感情が見え隠れする。
なんなんだいったい? クロムさんは僕にどんな依頼を……?
密かに息を呑み込むと、ようやく彼女は重い口を開き、僕に受けてもらいたいという依頼について教えてくれた。
「暗殺クエストだ」
「……えっ?」
思わず自分の耳を疑った。
しばしクロムさんが口にしたことについて、理解が追いつかなかった。
何かの聞き間違いかもしれない。そんな思いが胸中を支配し、つい僕は確かめたくもないことを聞き返してしまった。
「あ、暗殺? 暗殺ってまさか、誰かを殺してこいってことですか?」
「……」
クロムさんは何も答えない。
逆にそれが質問に対する答えになっていた。
無言という形の頷きを返されて、思わず僕は目を見開く。
同様に後方のパーティーメンバーたちも言葉を失くし、驚愕に身を硬直させていた。
やがて僕は、前回の誘拐クエストと同じように、依頼の理由についてぼんやりと問いかける。
「ど、どうしてそんなことを……」
「悪いがこちらもあまり事情は把握できていないのだ。魔女誘拐の時と同じように闇ギルド側から出された依頼なのだが、詳しいことはほとんど何も聞かされていなくてな。ただギルド側から、この暗殺クエストをアサト君に設定するように強く言われた」
そう言ってクロムさんは一枚の依頼用紙を取り出す。
それを受付カウンターの上に置き、僕は恐る恐る用紙を覗き込んだ。
【依頼内容】町に滞在中の一級冒険者ルークディアの殺害
【報 酬】250万ギル
【期 限】剣の月/十二日まで
【備 考】対象者は闇冒険者狩りを主導している疑いがあり、早急な殺害が望ましい。
以上の内容に目を通し、僕は再び呆然とする。
暗殺の依頼を出した理由については、備考欄に軽く記述されていた。
闇冒険者狩りを主導している可能性があるので、速やかに対象者を殺してほしいと。
でも、たったそれだけのことで殺す覚悟が持てるはずもなく、僕はしばし卓上の紙に目を落とし続けた。
というか、一級冒険者のルークディアっていったい誰なんだ?
なんて心の声が聞こえたわけでもあるまいが、クロムさんが対象者についての情報を話してくれた。
「依頼用紙にも記されている通り、対象者は闇冒険者狩りを主導していると思われる一級冒険者だ。聞いた話では、魔女討伐作戦でもリーダーを務めていたので、おそらく君たちも見たことがあると思う。腰に長剣を携えて青コートを着用している青年だ」
「あっ……」
思い出した。
確かにドーラを誘拐する時、毒の森で遭遇した冒険者集団の先頭に立っていた。
よくみんなを指揮して、悪者である僕たちを捕まえようと……
「えっ? あの人を、殺す?」
「そうだ」
「えっ、いや、だってあの人は……」
すごく普通の、正義感の強いただの冒険者だったじゃないか。
そのうえ現在は闇冒険者を捕まえるために一生懸命頑張っているみたいだし、人々の平和を守るために努力を惜しんでいない善人に見える。
もっと言えばそれは、僕が目指していた一級冒険者のお手本ではないか。
なんでそんな人を殺さなければならないのか。
と、再び問おうとしたのだが、それよりも早くクロムさんが声を発した。
「言いたいことはわかる。だが暗殺の依頼が出されたからには確実に彼を殺さなければならない。闇冒険者狩りを主導しているということは、闇ギルド側からすればただ闇冒険者を奪っていくだけの悪にしか見えないからな。早急に始末しておきたいのだろう」
「ま、まあ、そうなのかもしれないですけど。でもそれだけのことでその人を殺すなんて、どう考えてもおかしいと思います。それにどうしてそんな依頼を僕に……?」
何よりそれだけが頭の隅に引っかかっていた。
むしろその理由だけを尋ねたい。
なんで僕がその冒険者の人を、この手で殺さなければならないのか。
他の人でもいいではないか、というわけではもちろんないが、数多くいる闇冒険者の中で、どうして僕なのだろうか?
という問いに、クロムさんはかぶりを振った。
「わからない。闇ギルド側からの強い要望があったからとしか。が、一つだけ理由は考えられる。君以外にこの依頼を達成できる者がいないからだろう」
「えっ? いない?」
「相手は一級冒険者で実力も明白。とても並の闇冒険者では太刀打ちできない。それにちょうど老練者どもも出払っていてな、他に一級冒険者と張り合えそうな人物がアサト君以外に見当たらないのだと思われる」
「えっ、いや、そんなことは……」
ちらりと後方のリスカとドーラを見やる。
百歩譲って今のギルド内に一級冒険者と張り合える人材がいないとしても、僕の他にまだ二人ほど当てがあるのだが。
しかしクロムさんは、僕の言いたいことを察してなお、首を横に振った。
「単純な戦闘能力だけで言えば、狂戦士のリスカ君も魔女のドーラ君も引けを取ってはいない。だが、何分危なっかしい面があると闇ギルド内でも言われていてな。それを不安に思ってのことではないだろうか」
「ま、まあ、確かに……」
それを聞いて、二人は愕然と立ち尽くす。
まあ、リスカは前々から狂行が目立っていたらしいし、ドーラはまだ闇ギルドに入ったばかりの新人だからな。
僕もまだ新人の部類に入りはするが、ドーラよりは依頼を達成してきた。
だから僕にこの依頼が回ってきたわけだ。
でも、たったそれだけの理由で暗殺クエストを設定されても、僕にできるはずがない。
天職が『暗殺者』だからといって人を殺したことは一度もないし、僕自身がそれだけはしたくないと、闇試験を受けた時から心に決めていた。
だから僕では暗殺クエストをクリアすることができない。
改めてそう思っていると、クロムさんが僕の様子を見て、悩むように眉を寄せた。
「やはり”殺し”はしたくないか」
「は、はい、そう……ですね。いくら闇クエストが強制だからって、それだけは……」
絶対に無理。
密かに震える拳を握りしめていると、やがてクロムさんは、どこか何かを懐かしむような声音で脈絡もないことを言い始めた。
「まだ少しの間だが、君と話してみてわかったことがある」
「……?」
「正直アサト君は闇冒険者には相応しくない。君は優しすぎる」
突然どうしたというのだろうか。
という疑問ももちろんあったのだが、クロムさんの言うこともその通りだと思ったので、何も言い返すことができなかった。
僕は闇冒険者には相応しくない。優しすぎるというより、ただの臆病者だ。
僕に闇クエストは荷が重すぎる。
するとクロムさんは、不意に僕以上に思い悩むように、顔を伏せて続けた。
「それをわかっていながら、こんな依頼を君に設定するのは大変不本意ではある。闇ギルドの受付は闇冒険者に見合った依頼を提供するのが仕事だからな。これほど君に見合わない依頼は他にないだろう。だが……」
言いかけ、真剣な表情を上げてさらに続けた。
「君の才能はこの依頼に見合っていると思う」
「えっ……」
「君の才能――『暗殺者』の天職は、あらゆる闇クエストに適性がある。その中でも最も力を発揮するのがこの暗殺クエストだ。心優しいアサト君がそんな才能を持っていることにいまだ納得はいっていないが、どうか今回は君の才能に”頼らせて”もらいたい」
そう言うと、クロムさんは深く頭を下げた。
その姿に、僕のみならず後ろの二人も驚愕を露わにする。
普段はクールな様子を貫いている彼女が、まさか人に頭を下げるとは思ってもみなかった。
ましてやその相手は担当している闇冒険者だ。
闇ギルドの受付嬢なら受付嬢らしく、無理に闇クエストを設定してしまえばいいのに、律儀にこうして頼み込んでいる。
それはきっと、闇ギルドからこれ以上の逮捕者を出さず、かつ無駄な犠牲も出さないための苦渋の選択だ。
闇冒険者を守るためならば、自分の頭を下げることも厭わない。
そしてこちらの意も酌んで、深く気を遣ってくれている。
これではどっちが優しすぎるのだかわかりもしない。
そっちの方こそ闇ギルドの受付に相応しくないではないか。
そんな姿を見せられてしまっては……
「……わ、わかりました」
「えっ?」
「暗殺クエスト、受けたいと思います」
こちらも苦しい選択を取らざるを得ない。
確かにクロムさんは闇ギルドの受付嬢には相応しくないかもしれない。
でも、優しいお姉さんとしては満点合格だ。
そんな優しい人に、今まで色々とよくしてもらって来て、頼みの一つも聞かないなんて恩知らずもいいところではないか。
ここで断ったらクロムさんが困ることになる。
だから僕はクロムさんのために、暗殺クエストを受けることにした。
……本当はすごく嫌なんだけど。
「よ、よろしく頼むアサト君。無理な願いを聞いてもらって本当にすまない。この件に関しては罰則はないので、無理だと思ったらすぐに戻ってきてくれればいいから」
「は、はい。わかりました」
僕はいまだに顔を曇らせたまま、鈍い頷きを返す。
するとその様子を後ろから見ていたパーティーメンバーたちが、唐突に声を上げた。
「わ、私たちもお手伝いいたします」
「ます」
「……リスカ、ドーラ」
彼女たちの支えを受けて、少しだけ気持ちが楽になった。
これから人を殺しに行かなくてはならない。
とても気が進まないことだけど、これが僕の選んだ道――闇冒険者なのだ。
その選択に後悔しているかといえば、決してそんなことはない。
その答えとして、僕の後ろには今、二人の大切な仲間がいる。
だから……
「それじゃあ、さっそく行ってきます。自信はありませんけど、この三人ならどうにかできる気がします」
「あぁ。繰り返しになるが、本当によろしく頼む。それと最後に一つ、アサト君に伝えておきたいことがあるのだが……」
「……?」
なんだろうと首を傾げる。
するとクロムさんは、これまでで一番表情を引き締めると、いつもの張りのある声で僕に言った。
「殺しの依頼があるということは、そいつに殺されるだけの”理由”があるということなのだ。今回は闇ギルド側の都合で暗殺クエストを設定することになったが、これは今後のためにもよく覚えておきたまえ」
「……」
殺されるだけの理由がある。
確かに今回は闇ギルド側の都合で暗殺クエストを受けることになったが、本来闇クエストとは誰かの申し出によって作り出されている。
それはつまり何かしらの理由があるということなのだ。
領主の座を奪還するために宝剣を盗りに行かせたり、闇ギルドに勧誘するために魔女誘拐の依頼を出したり。
ではなぜ、クロムさんは今そんなことを教えてくれたのか。
もしかしたら、今回の暗殺クエストは失敗するかもしれない。
いや、そうなる方がむしろ可能性は高いだろう。
だから今後、もしまた暗殺クエストを受けることになった時、躊躇わずに済むようにと担当受付嬢として助言をくれたのだ。
理由があれば、僕は動くことができるから。
それを聞いて、僕はクロムさんにお礼を返した。
「ありがとうございます、クロムさん」
そして僕は仲間たちと共に、暗殺クエストに向かうことにした。
握りこんだ拳は、いまだに震えたままだ。
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