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【後】愛と暴走の晩餐会(★)

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 見覚えのある丸い後頭部、そして蜂蜜色の髪がいつになく清かに揺れた。身長すらいつもより高く感じる……のは、きっと靴に細工をしているのだろう。いつも寝癖のように跳ねている髪は丁寧に整えられ、清潔な衣装に身を包んだ彼は何処から見ても立派な貴族の子息。
 軍人らしく伸びた背筋、少女のような柔らかい面持ちがかえって神秘的な印象を与えている。いつもは子犬にも似た丸い眼をしているのに、今夜に限ってはきりりと目尻にまで力がみなぎっているようだ。

 フォルカーの目が大きく見開くと、ポルトは表情も変えずに軽い会釈で返してきた。

(ってか、お前ドレスはどうした!?)

 エルゼ対策のために練った計画、それはポルトが遠方から訪れた姫君として登場し、フォルカーの相手役を務めるというもの。事前に彼に渡したのは女性もののドレスだったはず。

「フォルカー様の従者?わたくし達、大切な用事で先を急ぎますの。おどきになって!」

 明らかに機嫌が悪くなったエルゼは「散れ!」とでも言うように、双眼から稲妻視線を照射させる。ポルトはそれを冷や汗を浮かべ受け流しつつも、静かな声で言葉を紡いだ。

「お・恐れながら……この晩餐会も大切な祭事のひとつ。殿下にとっても、家臣の皆様にお声をかけ一年の労をねぎらう大切な場です。エルゼ様のお気持ちは重々承知しておりますが……、神の指輪をお守りする一族としてどうぞ殿下に職務を全うさせて頂くことはできないでしょうか?」
「陛下はお許し下さったわ。逆らうつもり?」
「この身はすでにファールンとウルリヒ陛下のもの。その忠誠は微塵も揺らいではおりません」
「結構。ではそこをお退きなさい!」



 ずいっと踏み出したエルゼに押し負けることなく、ポルトも姿勢を崩さない。

「お通しできるのはエルゼ様のみ。殿下におかれましても、エルゼ様との面会を大変楽しみにしておられた中、大変心苦しいのですが……。今宵はこちらにとどまり、ご来賓の皆様との時間を過ごして頂ければと存じます。皆、殿下と陛下にお会いできるこの時間をどれほど待ち望んでいたことか。臣下の心中、同じこの身には痛いほど感じます」
「うるさいわねっ!貴方のような者は、わたくしたちの前に立つだけでも斬首ものよ!?」
「殿下、なにとぞ」

 向けられた視線に、フォルカーは大きく頷く。

「そ……っ、そうだな。確かにお前の言うとおりだ。わざわざ遠方から来られたゲストもいる。今回ばかりは私も大人しく従者の忠告を聞くことに……」
「何を仰るの!?フォルカー様はわたくしと一緒に過ごしてくださるのでしょっ?わたくしずっと……」
「―――レディ」

 思わず声が大きくなったエルゼ、その唇にそっとポルトの人差し指が置かれる。
 少し細めた瞳が、憂いを帯びながらも優しく彼女を見つめた。

「不躾は承知の上。どうぞお聞き下さい」

 気の強そうな視線が突き刺さるがここはぐっと耐える。

「未来の夫を側で支えることも妻の大切な勤めです。何より……お気づきではありませんか?」
「な…何を……?」

 ポルトは静かに歩を進め、エルゼの耳元で唇を動かす。

「貴女はご自身をよく存じていらっしゃらないようだ。会場をよくご覧下さい。貴女の姿を砂一粒の時間でもとどめておきたい……、そんな殿方がここにどれほどいらっしゃることか。本当にお気づきではない……と?」

 ポルトの言葉に思わずエルゼの目が周囲に向くと確かに今、周囲の目が向けられている。それはこの展開の行く末を見届けようとしたものなのだが、エルゼはまんざらでもない顔だ。

「確かに…以前わたくしに声をかけてきた方も、今日いらっしゃるみたいね」
「女性に比べれば男など臆病な生き物です。想いを寄せても、それを伝えることができる者は極わずか」

 ポルトは跪き、エルゼの手を取るとキスをした。
 貴族とは違う軍人独特の凛と動きは、そのひとつひとつに誠実さを感じさせる。
 ポルトの不意な行動に思わずエルゼの頬が紅潮した。

「手の届かぬ白百合に焦がれた者達に、どうぞ一夜の哀れみを……」
「――――――っ……!」

(あ。あれ、去年俺がやったやつ)

 すっかり忘れていたフォルカーの思い出。
 昨年の春、中庭でとある姫君とナイショの逢瀬をした。そこそこ盛り上がったのは良いが、別れ際に彼女が離してくれなかったので、同じことをして逃げてきた。どうやらアレを従者に見られていたらしい。
 一方、かすかに潤みを含んだ金色に見つめられたエルゼは、少し過剰な自意識から「まさか貴方もわたくしのことを……」と小さく唇を噛む。
 少し何かを考えるように止まっていたが、ゆっくりとフォルカーの腕を離した。

「……わ・わかったわよ……。フォルカー様がお困りになるようなことはしないわ。未来の妻として夫を支えるのは当然のことだもの。今夜は見逃してさしあげます。わたくしほどの女性はそうそう見つかりはしませんわ。貴方の気持ちは仕方ないけれど、今日限りお忘れになることね!」
「貴女は私などの腕に収まる方ではありません。仰せのままに、レディ」

 ポルトの言葉に「ふん」と鼻を鳴らす。フォルカーには「明日こそはお時間を作って下さいね!」と念を押し、父親の元へと戻っていった。

 人混みの中に紛れていく後ろ姿に、ふたりが安堵のため息をつく。
その人混みの後ろの方で従者に抱きかかえられたダーナーがゲホゲホ咳き込みながら退出して行ったが、これはいつものことなので放っておくことにした。

「で…では殿下、陛下の元へお戻り下さい。私はこれで……!」
「お、おう」

 くるりと向きを変えたポルト。
 出口に向かう途中で男色好みで有名なロイター卿に絡まれつつ、逃げるようにその場を後にした。


━━…━━…━━…━━…━━…━━━━…━━…━━…━━…━━…━━



 ―――――時をさかのぼること数時間前。
 その時ポルトは渡されたドレスを眺めながら、人生の岐路に立たされていた。

(着るのか……!?私がこれを着るのか……!?)

 春の空ような可愛らしい空色のドレスは、名のある職人によって丁寧な刺繍が施されている。
 『日頃は使わないけれど倉庫にしまうのは嫌』なものが乱雑に置いてある隣の部屋から選び出し、エルゼを欺くための小道具にとフォルカーが選んだものだ。ご丁寧に自分の金髪とよく似たウィッグも一緒に渡された。

(これ……まさか私のじゃないよね……。よくこんなの見つけてきたなぁ)

 二三度撫でて、恨めしそうに見つめる。
 どこぞの令嬢に扮してエルゼを欺けと言うが、社交界におけるマナーなど知らない。事前にマナー本のようなものを渡されたが、まともな教育をうけていないのだから、ろくに読むことも出来なかった。

 名前を聞かれたらどうする?貴族の名前など知らないし、間違って実在の人物名を出してしまったらどう収集をつければいいのか。それよりも何よりも、このドレスはどうやって着ればいい?
 いっそ彼が大人しくお持ち帰りされてしまえば良いんじゃないだろうか、そう思って首を横に振る。

(猪だろうが狼だろうが、相手は大切な侯爵令嬢なんだから……)

 そして自分はそういった人間達の為に存在しているのだから、と言い聞かせ、なんとかこの指令に正当性を見いだそうとする。

(……いや、ホント、考えれば考えるほどどうでも良いことなんだよなぁ)

 途方に暮れてうなだれているとドアをノックする音がした。顔を出したのは部屋のゴミを片づけに来た使用人だ。真っ青な顔をしたポルトを見て眼を丸くし、「如何されましたか?」と声をかけてきた。

『折り入って…貴女にお願いがあります……!!』

 フォルカー殿下がシュミット侯爵の令嬢から逃げるために男を女装させて使った……、なんて言えるわけがない。とっさに「身分違いの恋を成就させるのに、相応しい格好をさせて欲しい」と話した。

『お相手は?』
『侯爵令嬢』
『……まぁ……っ』

 まるで物語のような申し出にメイドのハートに火がともる。すぐに職場仲間達が呼ばれ、『乙女の理想の王子様』製作が始まった。

 城の隅々まで知る彼女達は使われなくなって久しい衣装を調達し、慣れた手つきでサイズを合わせると、瞬く間に外見だけは立派になった。
 そして彼女たちは『王子様らしい立ち振る舞い』も伝授する。

『ポルト様、そうではありません!!もっと背筋を伸ばして下さい!胸を張って!軍人さんでしょう!?』
『女性は壊れ物です!粗野な剣とは違うのです!優しく、丁重に扱って下さいませ!』
『ポルト様!背が低いところを逆手に取るのです!!顔はやや下に向けつつ目線は上!!覗き込むように!!貴方くらいの身長でしたら、少しかがむだけですぐにゴールデンアングルに入りますわ!』
『了解……です!』

 熱のこもった指導に引きずられ、どこか違う世界にいるような気すらしてきた。実は自分は本物の『男』で、フォルカー殿下に引けを取らない程の魅力的な王子様ではなかろうか、そんな錯覚。
 室内は異質な空気に包まれる。

『口に出せない切なさを、叶わぬ想いをその瞳の潤みで表現するのです!宜しいですか!?目は口ほどにものを言うのです!』
『言っておやりなさい!』
『『『そうですわ!言って差し上げて!!』』』

 流れないように涙を溜め……





――――『手の届かぬ白百合に焦がれた者達に、どうぞ哀れみを……』










「何処の馬鹿歌劇団だ、お前ら」
「………結果、上手くいったみたいなのでこれ以上は詮索しないでください……」

 夜も更けて、やっと夜会から解放されたフォルカーが机に脚を投げ出している。
 『素敵な王子様』の仮面を脱いだ彼は、ややお疲れのようだ。
 いつものサーコート姿に戻ったポルトは熱い紅茶を入れ、気まずそうに差しだした。

「ま、もともと言い出したのは俺だから、勝手に衣装や備品を持ち出したことは不問にしておくけど。それにしても、お前の化けっぷり凄かったぞ。ちゃんとしていれば、まともに見えるってことが今回立証されたな。美少年好きのロイターが釣れるくらいだからな。それとも、我が城のメイド達が熟練の技を持っていたと言うべきか……」
「お預かりしたドレスは隣の部屋に戻しておきました。もし気になるようでしたら、後で確認して下さい。北側のチェストの中にありますので」
「お前の女装楽しみにしてたのに……」
「……きっと女装してたら失敗してましたよ」
「じゃあ、せめて他の連中の従者らしく、そのサーコートを脱いだらどうだ?近くを軍人がウロウロしてるなんて物騒だし、そもそもチェーンメイルだって重いだろーが」
「戦時中はもっと丈の長いもので過ごしていましたし、もしもの時は私が殿下の盾になるんです。ただでさえ半身分しかないのに、これ以上は減らせません」
「真面目だねぇ、お前は」

 姿勢を崩したまま、フォルカーの視線はじいっとこちらを向いたままだ。

「あの……、何かご用でも?」
「イェニーの言葉を思い出してな。お前、ちゃんとしてりゃ、モテそうじゃん」
「男色好きにモテても生産性が無いですよ」

 美少年好き……、つまり軍人としてひ弱そうに見えると言われているようで、二重に嬉しくない。こっちは前線で剣を振るっていた兵士の一人だ。

 眉間にシワを寄せながら、整えられた髪をぐちゃぐちゃにかき回してやった。
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