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「愛が重いです旦那様。物理的にも重いです」

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「さぁ、受け取って。僕の女神」

輝かしい笑顔と共に差し出された…………プレゼント、プレゼント、プレゼント。
広い一室にはところかしこにリボンが結ばれた箱が並んでいた。
大量の、などという表現では生ぬるい。

いっそ、引くほどのプレゼントの山。

「ルシェットの天使みたいに輝く金の髪にはこの黄金にルビーが嵌め込まれたネックレスがよく似合うと思うんだ!」

そういって旦那様は見たこともないほど大きなルビーがついたネックレスを掲げた。

「それから、美の女神たるルシェットには純白のドレスが似合うと思って!ただごめんね?本当はその美しい肌やスタイルが際立つドレスも迷ったんだ。だけど……あまりにも君が魅力的すぎて耐えられなかったんだ。きっと僕と同じように君に狂ってしまう男が現れてしまう」

瞳に涙すら浮かべてふるふると首を振る旦那様。

ええ、そうですね。
きっと旦那様は現在ちょっと錯乱してらっしゃるのだと思います。

「なので胸元や肩のでない極力露出の少ないデザインにしたんだ。それでも君の魅力を隠しきることなんてとてもじゃないけど出来はしないけれど……あぁっ!一体僕はどうすればいいだっ?!誰か教えてくれ!!」

とりあえず一旦冷静になられたらどうかと思います。

深呼吸、深呼吸ですよ。吸って、吐いてー。
効果ありませんか、そうですか。

「それからこのブレスレット。コレとセットなんだ。肌身離さず身につけてほしい」

金属製の大きな飾りのついたブレスレット。
旦那様のソレとセットなのですね。

「あと、コレとコレとコレと…………」

次々とお披露目されるプレゼントたち。

女神だ、天使だ、と私を褒めたたえてくださる旦那様こそよっぽど神がかって美しい。
若干淡い私の金髪とはちがい、それこそ金を融かしたような黄金色の髪。
金髪碧眼の王子様を地でいくような宝石のような瞳に凛々しくも美しい顔立ち。

「他に何か欲しいものはあるかい?君が望むならその瞳よりも大きな宝石も、部屋を埋め尽くすほどの花々も、国だろうと手に入れてみせよう」

つかまれた指先に、そっと落とされる唇。

「だからどうか、私の愛に応えて欲しい」

熱を帯びた碧眼に、背筋が小さく震えた。



形いい唇から零れる、天上の調べのような声音で紡がれる止まない賛辞。
あふれるほどの贈り物同様に際限なく与えられるそれは紛れもなく彼の愛。

いつも与えられてばかりだから、たまには私からもなにか贈りたいわ。
眼鏡なんてどうかしら?
上の下レベルの私の容姿をここまで賛辞する旦那様にぴったりじゃないかしら?

ただ、視力は両目1.5の筈だけど……。

「ルシェット?」

不安そうに揺れる声音も、その瞳も、完璧なまでに美しい。
それなのに旦那様は私こそが世界一美しい、とそう言い切る。


「どんな美姫より、愛する人の方が美しい」と。


「とりあえず旦那様?お気持ちは大変うれしいのですけれど……そちらの装飾品たちはご遠慮申し上げますわ」

「そんなっ?!デザインが気にいらなかったのかい?確かに君の美しさを引き立てるには不十分だけど…………それともまさかっ私の想いは受け取れないという……」

本気で泣き出そうとする旦那様に手を伸ばし、慌ててあやします。
髪を撫で、頬をそっと手で包む。

ああもう、なんて必死な顔をなさってるのです?

母性本能だとか、庇護欲だとかを刺激しまくるそのお顔に絆されそうになりますが、お気持ちはともかくプレゼントはご遠慮したいと思います。
だって。

「とても大ぶりのルビーですわね。ええ、見たことがないぐらい立派ですわ。それを支える土台もご立派。しかも金の鎖がついてますわね。旦那様、それはネックレスとは呼びませんわ。首輪といいますの。
首につけるのだからネックレス?そのご理屈でいうと罪人がつける手錠や足枷はブレスレットやアンクレットですか?あんな粗野なものを私にはつけない?いえ、別にいまデザインの話には言及しておりません。
あとその首輪……ええと、ネックレスですか?重量がありすぎてきっと首を痛めてしまいますわ」

大きく目を見張った旦那様は「それはいけないっ!」と慌てて首輪を片付けました。

「それとそちらのドレス……その布の塊をドレスと呼んでよろしいのでしょうか?生地の光沢も刺繍も綺麗。うっとりするぐらいの美しさですわ。ですがちょっと、布面積が多すぎません?露出の激しいのは私も好みませんけど露出ほぼゼロはいかがでしょう?どこぞの民族衣装だって目元ぐらいは見えましてよ?
このベールは外からは見えなくても視界は良好?そういう話をしているのではありませんの。
しかもこの生地、ものすごい重量なんですけれど……。一体何が使われて……。
特殊な金属を微細に加工して折り込んでいる?なるほど、銃弾だろうと刃だろうと弾くのですね。私のドレスなんかより騎士団の方々にでもその技術を提供してはいかがでしょう」

「世界の珠玉たる君を守るための技術だ!」と拳を握る旦那様ですが、私はそんな大層な存在ではありません。
そもそも襲撃を受ける理由も…………あるとしたら、正に世界の珠玉の如く美しい旦那様の寵愛を受ける嫉妬ですわね。

「そしてそのブレスレット。発信機付きですのね。
よくわかった?ええ、だって旦那様の手元のそれがずっとピコンピコン点滅してますもの。わかりますわ。
これがあればいつでも居場所を把握できて安心?なくても把握できてらっしゃいますよね?」

赤い点が点滅する旦那様の手元の機械。

別に発信機付きのブレスレットぐらいなら旦那様がそれで安心するというのであればつけるのは構いません。
意味があるとは思えませんけど……。



そもそも、旦那様とはじめてお会いしたのはずいぶんと幼い頃。
招待されたお城のガーデンパーティーで社交に疲れて人の輪を外れた私は天使に出会った。

お庭の片隅でうずくまり、泣きべそをかいていた小さな天使。
天使が泣いているのに慌てた私は拙い言葉で一生懸命慰めては頭を撫で、ハンカチで涙を拭った。そして、ようやく泣き止んで微笑んでくれた笑顔のその美しさは今でもはっきりと覚えている。

ずっと封じていた記憶。
いいえ、封じていたというよりも夢幻のように思っておりました。

本当に短い邂逅だったし、私を探しにきたお義母様の尖った声に慌てて戻った私が天使を見つけることはなかったから。
あの時に限らず、あれだけの美しい容姿なら噂にならない筈もないのにあの国にそんな貴族はいなかった。
だからきっと、幼い私が見た夢幻だとそう思った。


だけど__________。


家族にいいように使われ、義妹に婚約者を奪われ、嵌められて、人生を絶望に堕とされかけた私の前に天使は再び現れた。あの日の天使の面影を残しつつ、もはや神がかった美貌の美しい男性が。

大国である隣国の公爵様。
王家とも深く縁があり、現王太子殿下の従兄でもあり神の寵児と名高い旦那様。

冤罪により断罪され、実家と縁を切られた私を攫うように国から救い、いつの間にかとある侯爵家の養女という立場に、そして旦那様の妻となっていた。

ええ、まさしく攫われたと呼ぶのが相応しいと思います。

もちろん戸惑ったし躊躇いましたわ。
あまりの絶望に心が壊れてありもしない幻想に囚われてしまったのかとも思いました。

だけど優しい夢幻はいつまでたっても醒めることなく。

私を裏切り、利用した家族や婚約者は何やら大変な目にあったと風の噂で聞きました。

名ばかりの友人や、祖国の王族までもがこの国の上層部との繋がりを欲して掌を返したように私へ連日の贈り物や招待を送りつけてきているのもメイドたちから漏れ聞きました。

もれなく旦那様の指示でシャットダウンされているのでそれらが私へ届くことはありませんけど。

どうやら旦那様は幼いあの日に私に恋をしてくれたようで……。
だけど何度愛を囁かれても、私の心には不安や恐れの方がずっと大きかった。

だって、あまりにも釣り合わない。
束の間の邂逅。
美化された幼い日の出来事に旦那様は囚われているだけ。


本当の私を知ったらきっと…………。


そう不安を口にした私に旦那様は仰いました。
「君のことなら何でも知っている」と。

私の好きなモノや好きな色、好みの紅茶やお気に入りの作家を次々と挙げていく旦那様。果てには幼い日の失敗談やおはようからおやすみまでのルーティンワークまで早口で語られて声にならない悲鳴とともに旦那様の口を両手で塞いでしまいました。

思えば、自分から旦那様に触れたのはあれが最初です。

旦那様は本当に何でもご存じでした。
目を白黒させて大混乱する私に旦那様は言いました。

「安心して!諜報は信用できる女性しかつけていないから。ルシェットのプライベートを男に見せるなんて耐えられなかったからね。本当は女性でも嫌だけど……距離の関係もあって私は君の側にいれなかったから」

城で出会った翌日には私のことを調べ上げ、さらに翌々日には諜報がつけられていたそうです。

あの頃、私たちはまだほんの子どもだった筈ですが素晴らしい行動力ですね旦那様。

なんでも翌日帰国することになっていた旦那様は私を連れて行こうとしたらしいです。
他にも私の家族に報復しようとしたり、私に婚約者ができた時には婚約者の存在ごと抹消しようとしたそうですが、筆頭公爵家を犯罪者にするわけにはいかないと周囲が必死に止めてくださっていたとか。

旦那様はそのせいで長らく私を苦しめた、とプンプンしてますが周囲の皆様には感謝しかございません。
家族も婚約者も興味ありませんが、旦那様が犯罪者にならずによかったです。

そして公爵家を正式に継いだ旦那様はついに動きました。
権力と力にモノを言わせ国を飛び出し……そして…………。

半ば誘拐のようなものでしたが、私に不服はないので合意があったということにしましょう。
ギリ合法でよろしいですよね?
報復も法律に触れない程度のそれで収めていただいたようですし。

そんなこんなで、発信機なんてなくても旦那様は私の居場所は把握してらっしゃるし、下手をすれば私よりも私の好みなんかには詳しいのです。

……なのに何故こんな外れプレゼントばかり贈ってくださるのかは謎ですが。


「愛してるよルシェット」


碧眼の美しい宝石に映るのは 私ただ一人。

「この世のありとあらゆる言葉を使ってもこの想いは伝えきれない。どれ程の贈り物だって不足だ。だけどそれでも君に捧げたくてたまらないんだ。
この身も心も、全て君のもの。世界中の美しいモノ、素晴らしいモノを君に贈りたい。望むのなら国も、いいや世界だって。
ねぇ、なにが欲しい?僕は君になにを出来るだろうか?」

私のためにあの国に戦争を吹っ掛けようとし、「これ以上ルシェットを迎えに行くのを邪魔するなら覚悟しろよ?」と自国の王太子殿下に啖呵をきった旦那様が言うとシャレになりませんね。

戦争は思いとどまっていただきましたし、王太子殿下には私も立ち会って一緒に謝罪とお礼をいたしました。
ええ、旦那様が犯罪者にならないよう必死に抑えて下さった恩人のお一人ですから。それはもう心から。
旦那様はご不満そうでしたが悲し気に「私の願いでも?」と眉を下げれば一発でした。
助言をくれた執事には大変感謝しております。

大国の重鎮様たちから「どうぞ結婚を受け入れてください」と頭を下げられたのは忘れませんわ。
「貴女が絡むと何をするかわからない」と仰った皆様の目が死んでたことは忘れたいですけど。


旦那様、愛が重すぎはしませんか?

精神的にも、物理的にも重いです。


ああ、だけど。
その愛を嬉しく思ってしまう私の愛もきっと重いのでしょう。


「そうですねぇ」

人差し指を一本、顎に添えて小首を傾げた。

真剣な、輝いた瞳で私を見つめる旦那様。
オネダリをされることがこんなに嬉しそうだなんて。
本当に可笑しくて、可愛くて、愛しい旦那様。

「口付けが欲しいですわ」

そっと伸ばした両手で頬を包み甘くねだった。

だって新婚なのに初夜はおろか、抱きしめられたことも口付けられたこともない。
溢れる程の贈り物と愛の言葉はくれるのに、必要以上に私に触れることはないそれは攫うように妻にした私の気持ちを慮ってくれたもの。


だけど、
私だってとっくにあなたを愛しているのに。


「キスして」



ベッドのうえで身動きできないほどの重い腰を抱えて、迂闊に「待て」を解除してしまったことをちょっぴり後悔することになるのは……翌日の正午もとうに過ぎた頃。



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