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しおりを挟む他人のを貰うのに気をつかったんだろう。
無難なのを選ぼうとするレイヴァンへ「遠慮はいらないよ」と声をかける。
こういうとこ律儀だよな。
でも俺は全制覇済みだから好きなのを選べばいい。
宙で一度止まった指が摘んだのは、赤いハート型のショコラだ。
美しい赤に金粉が煌めく。
よく見れば赤い表面には同じく赤で細い線が幾つも描かれているのがわかる。
「『この愛こそ、我が心臓』」
呟いたのは、ある物語の有名な台詞だ。
俺の注文したメニューは、とある架空の帝国を舞台にした物語だ。
絡みあう蛇をイメージしたものや表面にゴールドで短剣が描かれたものなど、物語を彩るモチーフを象った一口サイズのショコラや焼き菓子などが9つに区切られた箱に並んでいる。
中でもひときわ鮮やかで目を引くのがレイヴァンが選んだ赤いハート。
それは物語に出てくる絶世の美女の心臓を模したモノだ。
帝国へと嫁いだ聡明で美しい女性オリフェリア。
物語の終盤、滅びを迎えんとする帝国を前に彼女の国の使者が訪れる。
彼女を逃がそうとする使者にオリフェリアは告げる。
運命の糸が赤いのは血の色で、そしてそれは操り人形の糸だ、と。
この愛がときに自分を嫉妬や憎しみ、愚かな行動へと導き、理性とは遠いなにかがこの身を操る。
だけどこの愛を喪えば、残るのは糸を断ち切られ崩れ落ちる人形のような自分だけ。
「この愛こそ、我が心臓」と言い放ち、オリフェリアは流転へと身を投じる。
帝国が、それに関わる人々が、燃え盛る炎のように激しくも美しく破局へと向かっていくのがこの物語の山場でもあり、美しいオリフェリアは人気も高い登場人物だ。
「……ラファエルもどうぞ」
お返しにと差し出された彼の箱からも一つをもらった。
とある戯曲を題材にした大昔の大作の中から選んだのはシックな黒に白い翼が描かれたもの。
これは結構ビターだからね。
わりと甘党の彼の口には合わないだろうし。
ゆったりとした時間を楽しみながら会話を楽しむ。
場所がら、自然と多くなるのは本談義だ。
いつもはゆったりと本を読んだり、物思いに耽ることが多いこの場所だが、こういう時間もたまにはいい。
本当は他の場所もいくつかめぐる予定だったのだが、レイヴァンとの話が思いのほか弾み気づけばかなりの時間をカフェで過ごしてしまった。
「楽しかったです。でも他の行く予定だったところも行ってみたかったです」
カラン、と吊るされたベルを鳴らしながらドアを開けた通りの向こうは茜色の空。
晴れやかな笑顔で、次いで強請るようにそんなことを言われては「また今度ね」と約束せずにはいられない。
はにかむように「はい」と笑うレイヴァンは随分とお強請り上手だ。
子どもみたいに喜ぶ彼の頭をふわりと撫でる。
「じゃあ今日はひとまず帰ろうか。あまり君を連れまわしては侯爵家に睨まれてしまう」
お道化たようにそういって手を差し出した。
あまりにも自然に。
夕日が眩しかったのか、僅かに目を細めて俺の手をとったレイヴァン。
この時はまだ、
自分の気持ちになんて 少しも気付いてはいなかった。
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