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72 (※)レイヴァン
しおりを挟むこの感情を、ラファエルが歓迎しないかもしれないことは気づいていた。
感情の機微に敏く、気遣いができる癖に自分に向けられる好意には鈍い。
それは単純に厚意に鈍いというよりも、同性から自分がそういった対象として見られることを想定していないというのが根底にあるのだろう。
スネークに直接的に誘いの言葉をかけられた時も、揶揄い混じりにクラウ・ソラスの面々に誘われた時も珍しく動揺が露わだった。
以前カイルが言っていたようにラファエルは異性愛者なのだろう。
だけど…………。
僕に向けてくれる瞳が、擽るようなその声が、シエルに向けるのとはまた別種の甘さを含んでいるのも自惚れではないと思う。
それなのに、こちらが熱を露わにすれば怯まれてしまい正直出方に迷っていた。
この気持ちを、想いをぶつければ彼は逃げてしまうかもしれない。
ラファエルにとってはあくまで “可愛い後輩” としての関係が一番望ましいのかもしれないとも思う。
だけど自身の感情に気付いてしまったいま、僕はそれでは満足できない。
ラファエルの “特別” になりたい。
彼にとっての “唯一” でありたい。
ラファエルが欲しい。
だからこそ溢れそうなその衝動を押し殺した。
諦めたからでも、躊躇ったからでもない。
むしろその逆だ。
確実に手に入れたいからこそ、逃げられないように、拒絶されないように、彼が望む可愛い後輩をキープしつつ慎重に確実に距離をつめようとそう計画していたのに……。
呆気ないほど簡単に計画は瓦解した。
蒼い光に照らされて満月を仰ぎ見るラファエルの横顔。
その姿を見たらもう駄目だった。
引き寄せられるように窓ガラスに手をついた姿。
月の美しさに感動するその横顔がふっと僅かに歪んだ。
苦い笑いにも似た微かな笑み。
懐かしいなにかを見るような、酷く遠くを見る視線。
僕が大嫌いな、そのまなざし。
それはときおり彼が見せる表情だった。
ふとした瞬間、淡い笑みを浮かべてラファエルは遠いまなざしをする。
なにかを思い起こすような、懐かしむようなそんな表情を。
僕には理解できないその表情が大嫌いだった。
それを見るたびに酷い胸騒ぎと焦燥に襲われた。
その理由が、いまならよくわかる。
僕はきっと 怖かったんだ。
ラファエルが何処かへ行ってしまいそうで。
その紫の瞳に映るのがここではない何処かのようで。
だから手を伸ばさずにはいられなかった。
彼の名を呼ばずにはいられなかった。
「 好きです 」
我ながら拙い、下手くそなキス。
勢いがつきすぎて歯が当たったのか鉄さびた味がした。
「 愛しています 」
零れ出た言葉は、飾り気すらないシンプルで使い古された言葉。
当初の計画もどこへやら、衝動のままに告げた告白。
そうして彼が唇を重ねてくれた時の歓喜はとても言葉では言い表すことができない。
このまま時間が止まればいいと、生まれてはじめてそう願った。
もう一度そっと親指で唇をなぞった。
目はすっかり覚めてしまってとても眠れそうもなかった。
「計画は変更しましょう」
小さく呟いた唇は僅かに弧を描く。
彼が望む可愛い後輩をキープしつつ慎重に確実に?
無理だ、やめだ。
夕方の祭りでのことを思い出せばそんな気持ちは容易く消えた。
胸騒ぎに自分も後を追い路地裏で目にした光景。
パリンと音が響いた。
思い出した光景に気が高ぶり魔力が暴走してしまったようだ。サイドテーブルに置かれたグラスが凍りつきひび割れていた。
息を吸って気持ちを整える。
「逃がしませんよ、絶対に」
宣言するように低く小さく呟いた。
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