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動き出す時

前世の世界

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「……前世、ですか?」

ヴァイナモは怪訝そうに眉を顰めた。まあだろうね。いきなり前世とか言われてもわかんないよな。俺も『コイツ電波か?』って疑ってしまうと思う。

ヴァイナモは顎に手を添えて沈思黙考する。……少なくとも直ぐに鼻で笑われるほど、前世云々の話を馬鹿らしく思ってる訳ではないんだな。ちょっと安心。

ヴァイナモは長い思考の末、フルフルと首を横に振った。

「……わかりません。俺には前世の記憶と言うものがないので、あるともないとも言えませんから……その場や人によると思います。冗談をよく言う人だったり、明らかに嘘をついているようならば信じません」

「……なら私がここで、『私には前世の記憶がある』と言ったら、ヴァイナモは信じますか?」

「……正直、信じられないと思ってしまうでしょう。……ですが、エルネスティ様がそう仰るのであれば俺はそれを信じたいと思います」

ヴァイナモの透き通った翡翠が俺の目を捕らえた。俺はその迫力に押されて思わず唾を飲み込む。前世なんて荒唐無稽な話をしてるのに、ヴァイナモはいつになく真剣だ。俺はその態度に一抹の安心を感じ、少し強ばった肩の力を抜いた。

「……ありがとうございます。なら単刀直入に言いましょう。私には前世の記憶が……それも、異世界で生きた記憶があります」

「……いせかい?」

ヴァイナモは首を傾けた。当たり前だ。この世界には『異世界』なんて概念自体が存在しない。この世界とは別の世界があって、そこではこの世界では有り得ないような自然原理で動いている、なんて妄想考えもない。だから聞き覚えのない言葉だろう。

……焦って話を進めると、ヴァイナモがついて来れなくなるな。落ち着いて、ヴァイナモの様子をよく見て、ちゃんと理解してもらえるように頑張ろう。どうせ前世の話をするなら、理解してもらいたい。

俺は頭の中で言うことをまとめて、ゆっくりと確実に伝わるように説明した。

「はい。『異なる世界』と書いて『異世界』。前世の世界では、今いる世界とは別の世界線のことをそのように表現していました」

「……そんなもの、本当に存在するのでしようか」

「そうですね。前世でも、実際に異世界があるかなんてわかるはずもないので、空想の中だけの話でした。私もそんなもの、夢物語だと思っていたのですが……実際に身をもって体験してしまったので、信じるしかありません」

俺が困ったように笑うと、ヴァイナモは悲しそうに眉を下げた。……なんでヴァイナモの方が辛そうな表情をしてるのかな?俺なんて前世の記憶を取り戻して初めに考えたことなんて、『母親説得して自由を手に入れよう!』だったのに。俺ってどんだけ楽観的だったんだよ。

「……そんな辛そうな顔をしないでください。前世の世界では作り話として、異世界に転生する物語はよくあったので、前世の記憶を思い出した時、私はそこまで混乱しませんでした。逆に意気揚々と母上を脅……コホン、説得して魔法陣研究をすることを考えていたくらいです」

「……と言うことはもしかして、3年ほど前にエルネスティ様が高熱を出されて寝込まれた時に仰っていた、『世界を冒涜するような、とっても恐ろしいこと』と言うのは……」

「はい。その時に前世の記憶を思い出しました」

俺が頷くと、ヴァイナモは合点がいったように「なるほど」と呟いた。まああの日を境に俺の性格は急変したからね。ずっと気になってたんだろうな。

ヴァイナモは何か考え込む素振りを見せた後、ハッとなって顔を上げた。

「……その、もしかして『冷蔵庫』と言う魔導具はその前世の世界のもので……?」

「はい。前世には『魔法』と言う概念が存在しなかったので、正確には魔導具ではないのですが」

「……えっ?魔法がない……?」

ヴァイナモは衝撃を受けたように固まったので、俺は前世の世界では魔法は空想上のもので、現実では『科学』と言う分野が発展していたことを話した。もちろん、冷蔵庫は『家電』と呼ばれる電気によって動く機械だ、と言うことも。

ヴァイナモは理解が追いつかないようで、頭の上にクエスチョンマークをいっぱい飛ばしていた。魔法がない世界なんて、やっぱり想像出来ないか。理想魔法作り出す考えつくことは簡単だけど、現実魔法根底から覆すないものとすることは難しいよね。

案の定ヴァイナモは難しい表情を崩さなかった。俺の語彙力じゃこれ以上簡単に言うことなんて出来ないんだけど……。

「……えっと、ひとまずエルネスティ様の前世の世界には魔法がなくて、魔法の代わりとなり得る学問が発展していた、と言うことで納得しておきます」

「それで構いません。これから話す内容ではそこまで深く理解してなくても問題はないかと。『そんなものなんだ』って軽い気持ちでいてください」

この世界とは別原理で動いている世界を説明するのって、めちゃくちゃ難しいな。まあ今はそんなに重要じゃないから、ざっくり解釈してたら大丈夫かな?わからなかったらその都度説明すればいいし。

「……さて、そろそろ本題に入りましょうか。私が見ていた夢。それは正に私の前世に大きく関わることだったのです」

「……前世のエルネスティ様に、ですか」

「はい。便宜上、前世の私については『俺』と表現しますね。俺は一般家庭の長男でした。色々複雑な事情から俺には父親がおらず、母親が女手1つで俺と、歳の離れた弟妹たちを育てていました。経済的に豊かではなかったので俺は専門分野への進学を諦め、普通の社会人としてバリバリ働いて家族を養っていました。家庭事情は普通ではなかったのですが、俺自身は至って普通の一般男性でしたね」

前世の俺について簡潔に説明していると、ヴァイナモが複雑そうな表情を見せた。ん?どうした?

「……いえ、エルネスティ様が『俺』と仰るのに慣れなくて、その、凄く……違和感があります」

「そうですか?私は結構馴染みますよ。脳内ではいつも『俺』でしたし」

俺はクスクスと笑った。俺にとっては『久しぶり』な感覚でも、ヴァイナモにとっては『はじめまして』だもんね。一人称『私』の敬語を使う俺に慣れてたら、違和感しかないか。

「……さて、話を戻しますね。俺は至って普通の人間でしたが、家庭事情が複雑なので一時期少しひねくれてました。丁度私ぐらいの、学生の時です。反抗期とも言えるでしょうか。母親にではなく、社会に反抗してたようなものですが」

「えっ?エルネスティ様が反抗期?」

ヴァイナモは想像つかないと間抜けな顔で固まった。まあ今世の俺は反抗期の『は』の字も……いや、第二皇妃母親に対してはめちゃくちゃ反抗期か。でもあんなモラハラ教育受けてたら仕方ないよね。うん。

「はい。まあ色々と社会の恨み言とか垂れ流していた時期がありまして。その時期に出会った、俺にとって忘れなれない少女が、今回の夢に出てきました」

「忘れられない、少女?」

ヴァイナモの反芻に俺はゆっくり頷いた。ヴァイナモに対してあの子のことを話すのはちょっと躊躇するけど、言うって決めたからね。誤解されないよう、十分注意して伝えよう。

「……俺の、初恋の人です」
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