前世の記憶を思い出した皇子だけど皇帝なんて興味ねえんで魔法陣学究めます

当意即妙

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閑話:或男爵令嬢の独白【前編】

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私ことマティルダ・スヴィ・トゥオメラは帝都近くに小さな領地を持つ男爵家のしがない令嬢。そんな私の独白に、少しばかり付き合って欲しい。

うちの家は貧乏だった。

まあそうは言っても男爵家は男爵家。平民の暮らしよりは豊かではあったけど、他の家みたいな贅沢は出来なかった。服はいつもお姉ちゃんのお下がりだし、パーティでもない限り豪華なご馳走なんて食べないし、屋敷は貴族にしたらこじんまりしている。だけどそれが私にとって普通だったから、そこまで気にすることはなかったし、今も全然気にしてない。よそはよそうちはうち、だからね。

でも他の家族のみんなは違った。

嫁入りして来たお母さんは自分の生まれ育った環境と違いすぎるこの生活が嫌みたいで、家計なんて関係なしに贅沢する。お父さんは貧乏貴族と言うのが昔からのコンプレックスで、貧乏なことを隠そうと見栄ホラ張る吹く。お姉ちゃんは同世代の令嬢の流行に遅れないように、と要らないものばっかり買う。それがまた財政を圧迫して、我が家の家計は火の車だった。

いつか我が家は没落する。

幼いながらにそれを察した私だけど、別段何か対策するでもなくただただ両親の言うことを聞いて育った。何か行動に出れるほど私は行動力を持ってなかったし、何をすれば良いか考えられるほど頭も良くなかった。両親に言われるがままでいる方が楽だった。両親は私を良いところ金持ちの家へ嫁がせるために、『淑女の嗜み』とされることを色々させた。良くも悪くも器用貧乏だった私は、興味がなくても全部人並みくらいには出来たため、両親は大喜びだった。

そんな私の人生ははっきり言って、ちっとも楽しくなかった。私がやってることは全部、私が本当にやりたいことではなかったから。裁縫も、音楽鑑賞も、おめかしも。

でも、そんな私に転機が訪れた。

私の世界を変えた、テラスト工房の工房長と会ったのだ。

『テラスト工房の家具は安いのに高級家具屋のものと遜色ない』と言う評判を聞いて、お父さんはソファセットを一式、依頼した。その家具を受け渡しに工房長が我が邸宅に来た時、私はたまたま応接室に迷い込んだ。そしてそこで見た新品の家具に、私は目を奪われた。

美しく上品な柄物のソファに、シックの落ち着いた面持ちのソファテーブル。質素な生活を華やかに彩ってるくれる品々に、私は魅了された。

目を輝かせる私を見た工房長は、工房の見学を提案した。私は二つ返事でその提案を飲み、その翌日工房へ行くことになった。

そしてそこで見た光景に、私の心は一瞬にして奪われたんだ。

精巧な設計図が作り出す家具未来は私の胸を躍らせた。その設計図通りに作られて行く家具は、私のこれまでの人生にはなかった希望に溢れていて、「ああ、ここにひとつの生命いのちが芽生えるんだ」って高揚感が私を満たした。そして何より、職人たちのがかっこよかった。何かを作り出すには、こんなにジリジリと肌を焦がされるような熱量が必要なんだ、って衝撃を受けた。

全て、私にはなかったものだ。

欲しい。やりたい。

思ったら即行動。私はすぐに工房長に弟子入りした。勿論、親には内緒で。工房長は驚いていたけど、笑顔で受け入れてくれた。

それからの生活は今までとは打って変わって、活気に溢れてキラキラしていた。毎日のように工房に入り浸り、工房長や他の職人さんから教わりながら設計図を描いて、手伝ってもらいながら家具を作って行った。

初めて作ったものは小物ケースだった。椅子とかテーブルを作りたかったけど、初めてなら小さい物の方が良いと言われたのだ。それは初めてながらになかなかの出来だったため、私は大喜びした。

うっかりお茶会でその話をしてしまうくらいに、私は有頂天だった。

自分で作った小物ケースと、これから作る予定である椅子の設計図を見せながら興奮気味に語る私を、他の令嬢は侮蔑を孕んだ目で失笑した。男爵とは言え貴族の娘が、自分で金槌とノコギリを持って家具を作るだなんて、信じられないことだったのだ。

その話はすぐに家族に知られてしまい、私はお父さんに怒られた。そんな令嬢らしからぬ野蛮なものを趣味にし、あまつさえ他人に言いふらすなんて。我が家の面汚し、男爵家の恥晒し。何度も何度も罵倒され、殴られ、暫くの謹慎処分が下った。

折角見つけた趣味を完膚なきまでに非難され、それは私のトラウマとなった。今でも家族の顔を見ると全身に力が入って、上手く言葉が出て来ない。それが余計私を『駄目人間』と言う評価にし、家族に疎まれるようになった。もう私には期待しないようになり、放っておかれるようになった。

だけどそれはある意味私にとっては好機だった。男爵家には私に監視をつけられるほどの人手がいないため、私は部屋に閉じこもっているフリをして、よく屋敷を抜け出して工房に行っていた。バレたらまた怒られるかも、と言う恐怖が私を躊躇させたけど、それ以上に家具を作りたい欲が勝ったのだ。

私は趣味の範囲で家具を作っていたけど、工房長に「これは商品化出来る」と言われたので、テラスト工房で名前を伏せて販売してもらうことにした。その反響は大きく、私に直接依頼したいと言うお客さんもいたけど、家の人の目を盗んで工房で働いているため、依頼注文なんて目立つことは出来なかった。工房長は私の家の事情を良く知っていたから、そう言った依頼は全て断ってくれた。

中には高貴な方からの依頼もあったらしく、私は工房長が首を落とされないかヒヤヒヤした。無理しないで、と何度も言った。でも工房長は快活な笑みを浮かべて、「優秀な職人の卵をこんな所で壊されてたまるか」と言った。暖かな手はまるで我が子の成長を楽しみに待つ親のようで、私は実の親からすら感じたことのない優しさに、涙が止まらなかった。

私は工房長に対して、返しても返し切れないほどの恩があるのだ、と実感した瞬間だった。
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