千物語

松田 かおる

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最後の桜

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もう何度目かもわからないくらいになる、病室の入口を通ると、
「あー、いらっしゃい…」
美樹は少し力なさそうな声で、ベッドから身を起こしながら僕を迎えてくれた。

「調子はどう?」
僕が聞くと、
「うーん…今日は調子がいい方、かな?」
美樹はあまり張りのない声で、だけど少し笑いながら応えると、
「だってほら、桜が満開だから」
と、病室の窓の向こうに咲いている、満開の桜を見ながら言った。
「特等席だもんね」
「うん、でもなんだか独り占めしているみたいで、申し訳ないくらいだよ」
「長い間入院しているんだから、そのくらいのいい思いはできないと…さ」
僕がそう言うと、美樹は少し沈んだ表情になって、
「…来年の桜、見られるかなぁ…」
と呟いた。

美樹の病気はいわゆる「難病指定」されている。
治療法がないことはないのだけど、その病気に効くと言われる新薬がまだ日本では認可が下りていないため、使うことができない。
外国では「特効薬」と言われているほどで、それを使えば劇的に症状が改善する可能性が高いのだ。
だけど、薬を使わずにいると病状は徐々に悪化していって、いずれは…
医者の診断も同じようなものだった。
このままでは決して良くなることがない、片道切符のような病気なのだ。

そんなことを考えている僕の表情を見て、美樹は
「でもほら、もしかしたら奇跡が起こって…なんてこともあるかもしれないし」
と、励ますように話しかけてくれた。
「そうだね、気をしっかりと持たないとね」
僕も気を取り直して、それに答えた。

そんな日々を繰り返し、桜の季節が終わって夏、秋、冬と季節は移り…

美樹がここから次の年の桜を見ることはなかった。





次の桜の季節。
僕はテレビでも紹介されている、「桜の名所」に来ていた。
「…満開だぁ…」
僕が呟くと、
「ねー、本当にきれいに咲いてるね!さすが桜の名所!」
美樹が明るい声でそれに応えた。

去年の初夏になる頃、やっと新薬が認可された。
早速投薬を開始したところ、想像以上の効果でみるみる病状がよくなり、ついに先月退院することができたのだ。
まだ完治したとは言えない状態だけど、普通の人と変わらない生活が送れるくらいにはなった。
タイミングと言い、まさに奇跡が起こったようだった。


美樹は満開の桜を体全体で楽しむように桜並木の下を軽い足取りで歩いていたが、
「あー、あそこに屋台がある!ねえねえ、何か食べようよ!」
と、頬を桜色に染めながら、僕の方に駆け寄ってきた。
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