千物語

松田 かおる

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悪い夢

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ある日突然、「悪い夢」しか見なくなってしまった。
しかも普通、夢は朝起きたら忘れてしまうというのに、俺が見るその夢はどうしても忘れることができなかった。

悪い夢を見るときは心身のどこかに不調があると聞いたことがあるので、内科,外科,果ては精神科まで受診したが、結果は「異常なし」だった。

結局俺は、悪い夢を見たくないために「眠ること」を避けるようになってしまった。

とはいっても、眠らないと体がもたないので一睡もしないわけにも行かず、結局は眠ってしまって悪い夢を見ることの悪循環となってしまう。

眠りたくないが、眠ってしまうと悪い夢にうなされる…
次第に俺の仕事自体にも、影響が出るようになってしまった。

そんな様子を見かねたのか、同僚の女性が声をかけてくれた。
俺は藁にもすがる思いで、彼女に今の状態を話してみた。
すると彼女はからからと笑いながら、
「じゃあ、今度悪い夢を見たら、わたしにその話を聞かせてください」
と言った。
彼女曰く
「悪い夢を見たとき、誰かに話すと逆夢になるそうですから」
とのことだそうだ。

俺は半信半疑ながら、彼女の提案に乗ることにした。

早速その晩から悪い夢を見てしまったが、翌日彼女にその話をしたところ、彼女は嫌な顔ひとつせずに真剣に話を聞いてくれた。

そんなやりとりを重ねていくうちに、少しずつではあるが悪い夢を見なくなってきた。
本当に人に話すことで、逆夢になってくれているのだろうか…
それと同時に、ここまで親身になってくれる彼女に対して特別な感情を抱き始めた。
彼女が俺のことをどう思っているかは判らないが、俺にとっては徐々に特別な存在になっていった。

そして悪い夢を見なくなった次の日、俺は決心した。



「あの…俺のことに付き合ってくれて、本当にありがとう」
「いいんです。少しでも役に立てたんだったら、それが何よりですから」
「だからと言うわけじゃないけど…俺、君のことが好きになってしまったんだ」
「…」
「俺と付き合ってくれないか?」
「いやですよ!ちょっと優しくしたくらいでつけ上がるような男と付き合うなんて、まっぴらごめんです!」



……っ!

目が覚めた。

まさかここでこんなにひどい夢を見るなんて…

だがそんな夢を見ても、俺の気持ちは揺らがなかった。
『悪い夢を見たとき、誰かに話すと逆夢になるそうですから』
そんな彼女の言葉を思い出した。

今日、会社で彼女にこの話をしてみよう。

果たして逆夢になるか、正夢になるか…
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