転生ババァは見過ごせない! 元悪徳女帝の二周目ライフ

ナカノムラアヤスケ

文字の大きさ
179 / 188
第7章

第三十八話 過去編──士官学校にて

しおりを挟む


「良くぞお越しくださいました。ほ、本来であるならば、御身の来訪を祝し、我が校で盛大に持て成すのが筋でありましょうが──」

 エルダヌス帝国はかつてより度重なる侵略行為を経て国土を広げてきた。それだけに、軍備は世界屈指の規模を誇りその屈強さは知れ渡っている。民衆にとっても、数多ある職の中で花形でもあり人気があった。

 大方は一兵卒として戦場に送られて使い潰されるのが末路であるものの、中には武功を得て文字通り『立身出世』を果たしたものも少なくはない。

 ここ帝国軍士官学校は、そうした兵卒を束ねて率いる『将校』を育てるための教育機関。通っているのは貴族の子息令嬢が中心。また、有力貴族の後ろ盾があれば、平民でも入学が可能となっている。

 士官学校の教育課程は非常に優秀で、大半の生徒は卒業後には軍部へと配属されるが、国政に携わる形での進路を選ぶ者も多くいる。中には軍人の家系ではない貴族であっても、子の性根を叩き直す意味も含めてあえて士官学校に放り込む者も少なくはない。

「此度の訪問は非公式。それに、この場にいる私は、出資者の一人に過ぎん。そう堅苦しくなるな」
「で、ではそのように」

 士官学校の校長が執務室で出迎えているのは、一人の貴婦人だ。

 若かりし頃は絶世の美女とされていたに違いないと、誰もが疑う余地のない──否、歳を重ね仄かに刻まれた皺がむしろ、彼女の美しさをさらに深く際立たせている。立ち姿は大地に根をはるかの如き揺るぎなく、けれども歩く姿はまるで体重を感じさせない軽やかさだ。

 彼女を前にして、応対している帝国軍士官学校の校長はガチガチと緊張に身を固めていた。

 かつて現皇帝が先代より皇位を簒奪する国家転覆クーデターにおいて師団を預かり、最前線において将として活躍した猛者だ。優れた状況判断能力と、必要とあらば最前線で剣を振るう勇猛果敢な男として知られている。戦線から退き士官学校の長を任されてからも肉体的な衰えはまるで感じさせず、経験を重ねた重圧が周囲からの畏敬を集めている。

 そんな、平時は生徒や教師たちを険しく睨みつける校長の強面は、今は緊張を貼り付けて恭しく礼を尽くしている。自他共に厳しくあり、規則違反をみればたとえ相手が権力者の子息であろうとも容赦無く叱責し、必要があれば拳を振るうことも辞さない男が、いじめっ子を前にした気弱な学生と見紛うばかりだ。

 あまりに萎縮する偉丈夫を前に、貴婦人が溜息を吐く。

「まったく……お前だからこそ士官学校ここの校長を任せているんだ。いい加減にしゃんとしろ。こんなところを誰かに見られたら失望どころの話じゃないぞ」
「と、とは言いますが『教官』。これは昔の癖というか、骨の髄に染みついた恐怖というか……い、いえ! 別に絶対に思い出したくない悪夢であるなんてことではなくて、教官のご鞭撻があったからこそ自分は今ここにいるわけで」

 言い訳まがいの台詞を捲し立てる都度に墓穴を掘り続けているが、焦りのあまりに校長はその事に全く気がついていない。自分が何を喋っているのかすら分かっていないだろう。

「……罷り間違っても生徒の前で『教官』と呼ぶなよ」
「は、はいっ! それはもう! 決して!!」

 貴婦人が僅かな不機嫌を匂わせると、校長は即座に背筋をピンと伸ばし敬礼をする。その様を見て、貴婦人は「本当に大丈夫か……」と逆に心配を抱いた。

 貴婦人の名はラウラリス・エルダヌス。

 エルダヌス帝国の頂点に君臨する皇帝にして絶対支配者だ。

 また、世界最強を誇るエルダヌス帝国軍の最高司令官でもある。

 さらに補足すると士官学校の校長とは、かつての教官と一兵卒の関係にあたる。もちろん、ラウラリスが教官で、校長は兵卒。当初はラウラリスが皇族とは露とも知らず、地獄の教練で徹底的に扱いてくる鬼教官としか認識していなかったが。

「そ、それではどのようにお呼びすればよろしいのでしょうか?」
「とりあえず『リアス』とでも読んでおけ」
「了解しましたリアスさ──ん」

『様』と呼びそうになったところでまたラウラリスからの一睨み。校長は慌てて言い直すと、咳払いをして居住まいを正す。ほんの少しだけ士官学校校長としての雰囲気を取り戻すと、改めてラウラリスに問いかける。

「ではリアス──さん。本日はどのようなご用件でいらしたのでしょうか」
「ちょっとした視察だ。曲がりなりにも理事をしている学校がどんなものかと。あ、お忍びで来ているから、歓待とか接待とかその辺りは要らない。気ままに回らせてもらう。必要がない限り、私が『皇帝アレ』であるとは触れ回さないように」
「……仰せのままに」

 通っている生徒たちの親御──貴族おえらがたが突発的に来校することはままあることだ。将来は軍に入るとはいえ、まだまだ可愛い子供の頑張る姿を拝みたい親というのはいるし、知らせずに訪れて驚かせたいという心境も理解できなくもない。

 ただ流石に、現皇帝でありかつての鬼教官がふらっとやってくるのは予想外だった。とりあえず、気立てが良く礼儀正しい教師に『彼女』の世話を押し付けようかと、校長は画策する。

「ああ、初めてではないが久方ぶりだからな。案内は任せたぞ」

「…………仰せのままに」

 同じ言葉を繰り返したが、二度目はやけに言葉が重かった。

しおりを挟む
感想 663

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

事情があってメイドとして働いていますが、実は公爵家の令嬢です。

木山楽斗
恋愛
ラナリアが仕えるバルドリュー伯爵家では、子爵家の令嬢であるメイドが幅を利かせていた。 彼女は貴族の地位を誇示して、平民のメイドを虐げていた。その毒牙は、平民のメイドを庇ったラナリアにも及んだ。 しかし彼女は知らなかった。ラナリアは事情があって伯爵家に仕えている公爵令嬢だったのである。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?

水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」 「はぁ?」 静かな食堂の間。 主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。 同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。 いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。 「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」 「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」 父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。 「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」 アリスは家から一度出る決心をする。 それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。 アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。 彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。 「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」 アリスはため息をつく。 「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」 後悔したところでもう遅い。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。