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第7章
第四十七話 怨讐の再来
しおりを挟む以前にセディアから語られた生家での境遇について、獣殺しの刃に保存されていた資料での裏付けが済んでいる。聞いていた通り、姉と比較されることは確かにあっただろうが、それでも両親は愛情を持って育てていた。交友関係に至っても、周囲と良好な関係を構築し目立った問題も無かった。
また、姉の事故死についても、誰かしらの手によって貶められたという証拠は何一つ見つかっておらず、不審な点は見受けられなかった。
「復讐ってのは、恨むべき対象がいて初めて成立する行為だ。セディアさんの過去には誰かを強烈に憎むような出来事は存在していなかったはずだ」
時系列がメチャクチャだ。
当時十歳の少女が、国を混乱に陥れるほどの組織を生み出すに至った動機。仮に復讐であったとしても、幼い少女の身にそれほどまで強烈で残酷な出来事が起こったというのか。
「……ラウラリスさんのおっしゃる通りです。確かに、私には動機はありません」
セディアはアイゼンに目配せをする。
あえて触れなかったが、アイゼンの素顔についても疑問は尽きない。
どうしてかつての腹心と同じ顔と技術を有しているのか。まさか本当に、彼が語った通り、四天魔将の一人が蘇ったというのか。
頷きを返した騎士は主人に近づき、彼女から何かを受け取る。鎖に繋がれた首飾りだ。
目にした瞬間、ラウラリスは息を呑んだ。
それをかつて、ラウラリスは一度だけ目にしたことがあった。
「叡智の書……だと!? どうしてそれが──ッ」
「やはり、ご存知でしたか」
三百年前の戦乱時、帝国──エルダヌス皇帝によって滅ぼされた学術国家エンデ。
その王家に代々伝わる、幾千幾万の膨大な『知識』を内包し、閲覧可能とする呪具。
「──ッ、初代王妃が持っていたのをあんたが」
「ええ、ファマス侯爵家発祥の御代から伝わる呪具。代々の当主並びに国王陛下にのみ、その存在が伝わっておりました。獣殺しの刃でも預かり知らぬ秘伝となっております」
エンデ王国滅亡時の騒動で失われたとばかり思っていたが、王族の中で唯一逃げ延びた姫が最後に受け継いでいたのだ。帝国滅亡後にエフィリス王国が発祥した後、ファマス家が生じた際に秘密裏に伝承していたのである。
「普段はただの嫁入りの装飾として付けているのですが、ラウラリスさんとお会いになる時だけ、外しておりました。叡智の書を知るあなたがこれを見れば間違いなく警戒されると、忠告を頂いておりましたので」
なるほど。
セディアの類稀なる呪具への類稀なる才能の一端には、エンデ王家に蓄積された知識や技術があったということだ。ラウラリスの知る限りで、エンデ以上に呪具の技術が発展していた国は無かった。現代に伝わり出回っている呪具の大半は、その遺品であったり劣化複製のものだ。
と、そこまで考えて、ラウラリスは眉を顰める。
セディアの妙な言い回しに気がついたからだ。
「…………『忠告されていた』だと?」
まるで、セディアに指示を出した人間がいるかのような言い草だ。
彼女は認めたはずだ。全ての黒幕は己であると。
胸騒ぎを抱く最中、アイゼンは恭しい手つきで、叡智の書を主君の首に下げる。
セディアは目を閉じながら一呼吸の間を設けると、ゆっくり胸元のペンダントに手を添えた。
仄かにペンダントが光ったように見えた。
しばらくそうしてどれほど時間が経過したか。
一瞬か一秒か。
改めてラウラリスへと向き直る『セディア』。
ラウラリスの背筋がぞわりと震えた。
視界には変わらずセディア王妃の立ち姿。叡智の書を首から下げていること以外に変わりはない。しかし、纏う空気と存在感が、ラウラリスからその言葉を絞り出していた。
「…………誰だ、お前は」
「あら、随分と寂しいことを言うのね」
声色は相違なく、けれども僅か前と比べれば明らかに口調が異なっていた。
「私はあなたのことをよく覚えているわよ」
姿形はセディアに相違はなく、しかし王妃を知るものが『今』の彼女を見ればやはり別人と断じるであろう。それほどまでに纏う雰囲気が変貌していた。
先ほどから這い寄るこの怖気の正体は、『セディア』から溢れ出す『憎悪』の感情。どす黒いという表現さえ生温く聞こえる濃密な憎しみがラウラリスに絡み付いていた。
今世においては一度も味わったことのない怖気。
けれども前世においては味わったことがある。
しかし、すぐには記憶を掘り起こせない。
「ねぇ……本当に分からないのかしら? 『私』はあなたのことを、片時も忘れたことなどないというのに!」
吹き出した激情と憎しみの叫びを受けて、ラウラリスの脳裏に過ぎったのは、一人の少女の顔。どこまでも深い怒りと憎しみを内包したその顔。
脳裏に過ったのは、皇帝の死に際。
幾多の苦難と強敵を退け、ついに悪逆の魔王を討ち取らんと現れた若者たち。
固い決意を胸に抱く勇者のすぐそばにいた一人の女性。
その顔が、今の『セディア』と重なって見えた。
あり得ないと、理性が訴えている。
けれどもラウラリスは既に知っている。体験しているのだ。
一度死したはずの人間が、後の世に存在する『転生』という奇跡を。
だから、その名前が口から溢れ出した。
「セルシア……エンデ……なのか?」
「そうよ! ようやく思い出してくれて嬉しいわ!」
エフィリス王国の初代国王の妻。
そして、エンデ王族最後の生き残りにして、勇者一行の呪具使い。
名を呼ばれたセルシアは、感極まり鉄格子を掴み身を乗り出す。
「実に三百年ぶりね、悪逆皇帝ラウラリス・エルダヌス!! こうして会える日を楽しみにしていたわ! アハハハハハハハハッッッッ!!」
少女を皇帝としての名前で呼ぶ、歓喜と彩るにはあまりにも醜悪な笑み。
だが、その醜さを生み出したのは紛れもなくラウラリスの犯した大罪であった。
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