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第35話 シリウス、覚悟を決める

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 ──バァァンンッ!!

 両開きの扉がけたたましい音を発しながら押し開かれた。

「……ねぇちょっと、これで良いの?」
「戦いってのは勢いが大事じゃ。こう言う時には景気よくやったほうがいいんじゃよ」

 扉を破らんばかりの勢いで蹴り開いたシリウスの疑問にイリヤは揚々と答える。

 迷宮の未踏域に踏み込んだ二人を待ち受けていたのは、それまでの洞窟然だった様相とは明らかに異なる。壁には等間隔に配置され、床や壁は岩肌ではなく平面。明らかに人の手が加えられたものとわかる。

「イリヤと初めて会った場所を思い出すわね」
「おそらくは同じ時期に作られたんじゃろうな」

 イリヤたちが入ってきた場所から対面には、さらに奥へと続く通路。見据えたイリヤの目が鋭さを帯びた。それと同じく、シリウスは剣の柄に手を掛ける。

 通路の奥から強烈な魔力──そして剥き出しの殺気が溢れ出していた。

 鈍重な足音を立てながら、やがてそれは姿を現した。

 ミノタウロス──人の体に牛の頭部を有する半人半獣のような出立。シリウスのような獣人種との最大の違いは意思疎通がほぼ不可能であり、遭遇すればほぼ間違いなく人間を襲う凶暴性を有している。身の丈はオーガに匹敵しながらも威圧感はより一層に濃く、手にしているのは無骨な大鉈だ。

(魔力の強さからして、オーガよりも一段階ぐらい格上じゃな)

 イリヤの内心と同じものをシリウスも感じているのだろう。気圧されるようなことはないにしろ、引き抜いた剣の柄を握る手に力が篭るのが見てとれた。

 単純な話、あのミノタウロス一体であればどうとでもなる。だがそれはイリヤとシリウスが一緒になって戦う場合だ。

(半ば予想していたとはいえ、いるな)

 イリヤの視線はミノタウロスの背後。モンスターが姿を現した通路のその先へと向けられる。奥から感じられる気配に険しい心境を抱く。

 思考できる時間は限られている。今の状況で下せる最適解を、瞬時に導き出さなければならない。

 そうしてイリヤは決断した。

「シリウス、あいつの足止めを頼む。儂は一足先に奥へ向かう」
「────ッ」

 動揺は一瞬。だが、同時に理解もする。イリヤが口にしたと言うのであれば、相応に深刻な事情がある。今更あれこれと深く問いただす余地もない。

「無理に倒そうと考えなくて良い。儂が戻ってくるまでに、この場に留めておいてくれればいい」

 言葉の裏には、今のシリウス単独では荷が重たいのだと含みがあった。事実、肌に触れる殺意は優にオーガを超えていた。それだけに否定のしようもなくシリウスは頷く──。

「……………ねぇイリヤ」

 だが、首を縦に振る直前、口の端を吊り上げた。

「別に私が倒しちゃっても良いのよね、あれ」
「おい、こんな時に何を」

 冗談を言っている場合ではないと、シリウスを横目で見ればイリヤは言葉に詰まった。

 恐怖が僅かに滲み出ている。無理やり浮かべた笑みは明らかに引き攣っている。賢い理性ではやめろと叫んでいるのがわかる。だがしかし、決意を感じられるものだった。
 
 えてして、老人というのは若者のこういう顔に弱いのだ。

 並々ならぬ覚悟を受け取ったイリヤは言った。

「少しばかり訂正しようか。やれそうだったらやっちまって構わん」
「了解!」

 言葉と共に、シリウスは一気に駆け出した。身体強化魔法で強化された脚力から繰り出される踏み込み。二十歩以上はあった間合いを瞬時に詰める。

 ────ガギンッ!!

 シリウスの振るった大剣に対して、当然ながらミノタウロスも大鉈で迎え撃つ。二つの刃がぶつかり合った衝撃が撒き散らされ風が吹き荒れる。

 肌が痺れるような余波を感じながら、シリウスは魔法を展開。自身の背後に突風を巻き起こして身体を前方へと一気に押し出す。シリウスの踏み込みに勝るとも劣らない速度でミノタウロスの脇を抜けていく。

 だがそれを黙って見逃すほどミノタウロスも愚かではない。シリウスとの鍔迫り合いも僅かな間に過ぎず、巨体から繰り出される膂力がシリウスを薙ぎ払った。そして、次にイリヤに向けて大鉈を向けようとするが。

「あんたの相手はっ! 私っ!!」

 吹き飛ばしたはずのシリウスが瞬時に体勢を立て直すと即座に詰め寄り、再度大剣を振り下ろす。やはりミノタウロスは大鉈の刃で受け止めるが、その結果イリヤが奥の通路へ消えていくのを見逃すこととなった。

 ミノタウロスの殺意のこもった視線がシリウスを射抜くが、対して彼女は笑って答えた。

「しばらくの間付き合ってもらうわよ。もしかしたら短い間柄になるかもしれないけどね」

 言葉が通じたかどうかは不明だが、シリウスの挑発にも近しい言葉にさらに殺気が膨れ上がる。受け止めた大剣ごとシリウスを弾き飛ばす。

「くぅぅっ!?」

 耐える耐えないの次元ではない。内臓の位置が変わるような圧力に、シリウスは剣を手放さないようにするのが精一杯だ。地面に叩きつけられると二度三度と体が跳ね、止まった時には空間の扉辺りまでミノタウロスと距離が離れていた。

「分かりきってはいたけど……キツイわね」

 もし僅かにでも剣を握る力が緩めば、自由になった大鉈の刃で体の何処かが胴体と泣き別れしていたに違いない。膂力に限っただけでも明らかにオーガを上回っている。

「けど、これでいい」

 鈍い痛みを感じながらもシリウは立ち上がり、改めて剣を構え直す。その間にミノタウロスはイリヤを追うことも出来ただろうに、目は一点にシリウスに注がれていた。

 ミノタウロスをこの場に止めるという、イリヤからの要望はこれで達成できた。
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