魔術師でお菓子屋さん

文字の大きさ
上 下
5 / 6

しおりを挟む
「さて。子ども達が遊んでいる間に作りますか。」

子どもたちと別れたレイヤはキッチンに入り、壁に掛けられていたエプロンを手に取った。
黒地にひよこの刺繍が施されているなんともファンシーなエプロンを慣れた手つきで腰に着けると、よしっと気合いを入れ直してキッチン台へと向かう。

「っと、その前に。『キュアウォッシュ』」

部屋中がキラキラと煌めいて、清潔になったように感じる。
元々清潔であるのでそこまで違いは感じられないが、大切なのは気分。
本人がそれでいいなら何も問題はない。

「おいで、レシピ」

レイヤが誰もいないキッチンに向かって話しかけるとキッチンに取り付けられた棚の中から1冊の本が翔んできた。
文字通りまるで鳥のように翔んできた本は本と呼ぶには分厚く、ページ数もさることながらひとつひとつが手書きで書かれており味わい深い。
本はキッチンを1周した後キッチン台の端の定位置についた。

「小さい子どももいたし、食べにくいのは却下だね。だからケーキ類はアウト。だけど単純にクッキーっていうのもインパクトがない。これでも菓子屋だからね。うーん。何かいいお菓子はあるかな。レシピ、おすすめを教えて。」

レイヤが声をかけると、ぺらぺらとページが捲られていき、あるページでとまった。

「マドレーヌね。いいかも。見た目は地味だけど、大きめにつくってインパクトを出そう。ありがとうレシピ。」

レイヤに感謝され、ぱたぱたとページの端を振るわせて悶えている。
照れ屋さんなレシピ本である。

作りたいものが決まったら次は食材選び。
キッチン台から離れたレイヤはキッチンの端に設置されている四角い小さな箱を覗きこみ始めた。
小さな箱の中は暗く、何も見えない。

「よし、足りるかな。バター、小麦粉、ベーキングパウダーもどき、砂糖、コカトリスの卵。子ども達が5人と僕でいい感じの量を出してほしいかな。」

使いたい食材を声に出して言うとあら不思議。
四角い小さな箱から次々と食材が飛び出してくる。しかもぴったりな量で。
なんて素敵ボックス。一家に一台は欲しいですね。

「えっとまずは、小麦粉とベーキングパウダーもどきをふるう。了解。このあたりに『バリアボックス』」

おもむろに結界をつくると中に小麦粉を投入し始める。
ちなみにこの小麦粉、栽培から製粉までこだわった一押しの手作り小麦粉です。
今回使用する小麦粉はレイヤのつくった小麦粉の中でもねばりけの弱いものとなっています。

「『ウィンド』」

風属性の初級魔法で結界の中の小麦粉を撹拌し、空気を含ませる。
ふるう過程を魔法で行ってしまったために出番の無かった粉篩やざるたちが棚の中で小さくがちゃがちゃと悲しそうな音をたてている。

「一緒にベーキングパウダーもどきも入れていいよね。一緒にふるうって書いてるし。まぁ大丈夫でしょ。料理は勢いだよ。」

結界の中にベーキングパウダーもどきも投入です。
何故「もどき」なのか。
それはレイヤが適当に魔法で遊んでいたらできた謎素材だから。
でもご安心を。鑑定では「普通にベーキングパウダーみたいなもの」と表示されていますので。

「次はコカトリスの卵と砂糖。温めるのか。『バリアボックス』『ウォーム』『ウィンド』」

次に、別の結界の中に卵をいれ同じく風魔法で混ぜる。

「あ、できれば卵白から混ぜて卵黄はあとにって書いてある。まぁ別にいいよね。混ざれば一緒だしね。料理は勢いだよね、うん。」

そしてよく混ざった後に砂糖をいれる。
砂糖が溶けるようにゆっくりと温めながらこれまた風属性の初級魔法で混ぜます。
さっきよりも弱めにふわふわっと仕上がるように混ぜるのがコツです。
ふわふわのために卵白から混ぜてほしかったのですがね。

「いい感じだよね。じゃあ混ぜよう。」

砂糖が溶け終わると2つの結界を徐々に結合させ混ぜ合わせていきます。

「次はバター。あれ、溶かしバターって書いてある。それなら溶岩バターの方がいいのかな。レシピ、インベントリ、どう思う?」

レシピ本と端に設置されている小さな四角い箱、もといインベントリが顔を見合わせるような時間があったのちにキッチン台の上に最初のバターを残しつつ動きを止めた。

「このバターでいいんだね。『バリアボックス』『ウォーム』『ウィンド』は優しめにね」

先程の砂糖と同じ形でバターを溶かし、いい感じになるとバターを結界の中に入れて混ぜる。

「うーん。ちょっと素朴すぎるかな?でもシンプルが一番美味しい気もするし。よしこれであとは焼くだけだね。」

次は型づくりですね。作り方はとても簡単。銅板をインベントリが取り出して、大体6等分になるように棚から出てきたメジャーとペンがあたりをつけて、あとはレイヤが貝殻の形になるように

「『クリエイト』」

はい完成。

「うーん、貝殻ってどうなのかな。小さい子だしもっと可愛いのがいいかもしれない。可愛い・・・うさぎ?『クリエイト』」

上手にできた貝殻型の銅版が一瞬にしてウサギ型になりました。
あれ?マドレーヌつくってたんだよね?
ウサギ型にしちゃったら、それもうマドレーヌじゃないよね?
まぁ可愛いからいいけど。
ウサギのお菓子持ってる子どもとか、もはや萌えでしかないけど。

後は出来た型に残ったバターを塗って生地を流し込みます。

「『ベイク』いい感じかな。焼けたらすぐに型から外して冷ます。」

普通なら20分ほどかかる焼き時間も魔法でやれば数秒です。
これでマドレーヌの完成ですね。


「これを持って庭に・・・あ待って、子どもたち飲み物持ってたかな。今日はそんなに暑くないけど子どもはたくさん水分をとらないといけないし。オレンジジュースでいいかな。うん。いいね。ちびいるし甘々にしよ。甘めオレンジあったかな。あー、んー、ハニーオレンジ」

またまた素敵ボックスの出番です。
出てきたのは金色の縞模様の入った大きなオレンジ。
こちら、ハニーオレンジという品種。
オレンジの中でも特に甘味の強い。微かに蜂蜜の風味。希少価値が高く、数十年に一度発見されるかどうか。
とっても美味しいです。
そして小さな小さなミニレモンも同じく飛んで来ました。

「レモンも?酸っぱくないかな」

レイヤが悩んでいるとぺらぺらとレシピ本のページが捲られオレンジジュースのページが開かれた。そこにはほどよい酸味が甘さを引き立てると書かれている。

「そういうことね。じゃあ潰すか。『プレス』」

容赦ない一撃。ハニーオレンジとレモンが無惨にも潰されてしまった。
そしてまたしてもぺらぺらとページが捲られていく。

「何?オレンジピール?なるほど皮も無駄にしちゃだめってことだね。わかった。後でもいいかな。インベントリ。しまっておいてくれる?」

棚からやっと出番だよと蓋付きボウルが飛び出し、ハニーオレンジとレモンの残りを入れるとインベントリまで飛んでいった。右に左にと踊るようにくるくる飛ぶ姿から嬉しさが滲み出ている。

「ちょっと冷めたかな。ほんのり温かいのも美味しいよね。」

大きなお皿にもったマドレーヌとピッチャーに入れられたオレンジジュース、人数分のコップをもって庭へと移動します。

子どもたちが喜んでくれると良いですねぇ。


しおりを挟む

処理中です...