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第2話 トマトを食べられない勇者なんかに負けるなんて、ざっこ

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 お願い、女神様。トマトを、ピッキーの好きなものに変えるアイデアを!
 
「ひらめいたわ!」

 たしかピッキーは、トマトは食べていなくても、パスタは食べていた。
 ならば、パスタは平気なわけよね。
 だったら。

「フライパンを召喚」

 あたしは、フライパンを手に召喚した。

「【ウインドカッター】で、トマトを細かく切り刻む!」

 まんまるだったトマトが、ペースト状の竜巻へと変化する。

「ちょいと、つまみ食いを」

 トマトのペーストを、指ですくって舐め取った。うん。塩気が足りないわ。あと、コクも。
 塩と、鶏肉の旨味を混ぜる!

「で、スパゲティパスタと、ペースト、鶏肉とタマネギを、合わせて絡めて!」

 木べらを召喚して、トマトのパスタを焼く。

「完成よ! トマトパスタ!」

 お皿に盛り付けて、今度こそ完成した。

 勇者ピッキーが、ゴクリとノドを鳴らす。

「なぜだ。トマトがかかっているのに、どうしてこんなにも美味しそうなんだろう?」

「それはね……愛情がこもっているからよ!」
 
「じゃあ、その愛情! いただきます!」

 全く抵抗感なく、ピッキーはフォークをかき回した。

「うん! うまい! こんなおいしいパスタは、生まれて初めてだ!」

「そりゃあそうよ! だって、あたしが生み出したんですもの!」

 厳密には、この世界にない料理をあたしが編み出したんだけど。

 このパスタの名は、ずばりナポリタン。
 洋食屋の花! 純喫茶の味は、ほぼこのナポリタンで決まると言っても過言ではない! 語弊は認めるけど! 


「見事だ。麺に絡まったトマトのペーストが、こんなに美味しいなんて。熱することで酸味が甘みに変わり、食べやすくなっている。また、細かく刻んだ鶏肉がいい。タマネギとの相性もバツグンだ!」

 ピッキーが、食レポを始める。
 長年、日本国民に愛されているナポリタンだ。
 当然、異世界人にとってもウマいに決まっている。

 異世界人の舌は、なにもヨーロッパ人に酷似しているわけではない。
 本格的な「アッラ・ナポレターナ」が、普及してるわけじゃないし。
 もし異世界が鉄とかを主食に食べるような独自の食生活だったなら、もはやあたしの料理は三角コーナー行きだったろうが。

 とにかくナポリタンが、ピッキーのお気に召してよかった。

「なんだか、強くなった気がする!」

 そう! 本番はここから!

 あたしの本当の特技は、【付与魔法】だ。
 勇者ピッキーが苦手なものを料理して食べさせることにより、ピッキーを強化できる。
 身体強化・魔力増幅は、お手のもの。魔法攻撃力や防御力も、加速度的に上がるのだ。

「もっとほしい! デリン! もっとトマトパスタを!」
 
「いいわよ! どんどん、めしあがれ! そして、どんどん強くなってちょうだい!」
 
 フライパンから直接、あたしの作ったナポリタンが放物線を描く。魔法で直に、ピッキーに食わせるのだ。

「あーん。うーん! うまい!」

 ピッキーのパワーが、だんだんと上がっていく。

「もういいぞ。デリン。ごちそうさま」

 男前になった美少女が、そこにいた。
 もうトマト一個でピーピーと泣いていた少女は、もういない。

「来るな。来ないで! 来ないでくれぇ!」
 
 トマトの魔物も、あまりの勇者の変貌ぶりに、恐れおののいていた。

 だが、ツタのムチも、今のピッキーにとっては涼風のよう。
 歩いているだけで、ツタは燃え上がった。
 
 騎士ユリー二世、戦士ハッサン、女盗賊マレリーの「百合に挟まれる三人衆」も、ピッキーのために手を休めて道を作る。
 
「待たせたね」

 ピッキーが、トマトの魔物の横に座った。
 まるで、クラブのホストみたく。

「じゃあ、さよなら」

 手をかざし、ピッキーは世界一やさしい光魔法でトマトの魔物を葬る。

 トマトの魔物が、聖なる光に包まれて消滅した。

「トマトがキライな勇者に負けるなんて、ざっこ」

 魔物の消滅を確認して、あたしは吐き捨てる。


 モンスターを追い払ったことで、またあたしたちは宴を催してもらった。

「いやあ! 爽快爽快! 魔王の軍勢も、確認できんかった! 全部、あんたらのおかげだ! ありがとうよ!」

 ヒゲ面の領主様が、自慢のクチヒゲを弄びながらあたしたちを歓迎する。

「ありがとうございます。領主様」
 
「なあに! あんたの親父さん、レプシウス男爵殿とはいい仲だからよ。今後も関係を続けたいんだ。だがなあ。これも全部、教会の功績になっちまうんだよなあ」

 そうだ。勇者にとっては善意でも、勇者派遣元である教会からすると「村を救ってあげた」ことになる。

 どこまでも搾取しようとするそのさもしい根性を、あたしは許さない。

「ご安心を。ちょっと話をつけてきますので」

 あたしたちは宴から抜け出して、教会へ。

「おお、貢物ですかな?」
  
「いいえ、教会さん。あたしが用意してきたのは、【請求書】よ」
「あひいいいいい!?」

 あたしが差し出した請求書を見て、教会の神父が腰を抜かす。

 そこには、女神の刻印が確かに押されていた。

 あたしのスキル【合成レシピ】は、経費として「教会のお金をいくらでも使って構わない」ことになっている。
 女神が事前に、そう手配してくれたのだ。
 教会の「女神の恩恵を私利私欲に使っている」ことを逆手に取った作戦である。
 
「あららららあ? まっさかぁ、大衆の面前で世界に貢献した勇者様に、銅貨一枚すら渡したくないなんて、おっしゃいませんわよねえ? そんなの、教会としてあるまじき行為ですわあ。ダッ……サ!」
 
 ここぞとばかりに、あたしは教会を挑発する。

「ごらんあそばせ、皆さん。この教会は、村を救った英雄に、村の名産さえも口にしてはならぬと命じた極悪人でしてよ!」

 野次馬たちに、あたしは大声で告げた。
 実はこれ、ウソは言っていない。
 村の名産は村の宝だから、勇者がおいそれと口にしてはならんと、教会は本当に命令していたのだ。
 クソが。
 
「なな、なめてもらっては困りますなあ! くっ。我々が、そんな約束勇者にサせるわけなかろうが!」

「あ、そうそう。では料金を倍、いただきますわ!」

「なんじゃと!?」
 
 教会の長が、固まった。

「だって、この土地は天下の教会様が、買い取ってくださったのでしょ? だったら、サービスなさってもいいですわよね? なんたって我々勇者一向は、銅の剣とわずかな路銀だけで、旅をしてきたんですわよ? 食費くらい、出して当然ではありませんこと?」

「ふ、ふざけおって!」

「あら? あらあらあらぁ? みんな見てるわよ? そんな態度を取っていいのかしらぁ?」

 あー楽しい。
 自分が絶対的に有利な立場にいると思っているヤツをぶちのめすって、最高。

「みなさん、今日は教会が、ごちそうなさってくださるそうですわ! 我々に代わって、なんたる太っ腹な!」

 教会の一同が、静止にかかる。

 だが、こちらにも考えがあった。

「フフ。【精神操作】のお香ってのが、あるのよ」

 あたしは、わざと村人を興奮させているのだ。
 

 こうして、ここの支部は破産した。


 

「さて、教会も潰したことですし、行きましょうか」

 ユリー二世が、馬車に荷物をまとめる。
 
「よっしゃー。オイラ的には、もうちょっと飲みたかったけどな」

「おみやげをもらえたから、いいではありませんか、マレリー」

「それもそうか」

 タプンタプンと、マレリーがヒョウタンに入ったお酒を揺らす。

「お世話になりました。ごちそうになりまして」

「なんの。トマトパスタが一般化して、よかったです」

 戦士ハッサンと村長が、握手を交わした。

 ナポリタンは「トマトパスタ」として、この地の名産にするという。

「ありがとう、デリン。また助けられた」

「いいのよ。行きましょ」

 あたしは定位置である、ピッキーの腕にまきつく。

「てえてえ!」

 だからハッサン、いちいち反応しなくていいの!

(ナポリタン編 おしまい)
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