サバイディー、南方上座部仏教国の夕陽

Pero

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第六章 ベトナム旅行記・アイスコーヒーウイズミルク

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          第七話


 その男性はアタッシュケースを収納箱にしまって、ベッドに腰をかけて新聞に目を置きながらさりげなく僕に何処から来たのかと話しかけてきた。

「日本からですよ」と僕が彼の方を向き直っていうと、「ビジネスですかそれとも観光ですか?」とさらに訊く。

 ビジネスでないことは明白だし、観光目的とは断言はできないが、ともかく「観光なのです」と答えた。彼は二度頷いてから、「一人旅ですか?」と新聞から目を離して言った。
 穏やかで丁寧な物腰である。

「いや、サ・パに友人が先に行っているのですよ」

「あそこはいい街です。ハノイには何日滞在していたのですか?」

「今日午前にバンコクから着いて、夜までハノイにいて、この列車に乗っているのです」

「おおっ!それはハードスケジュールですね」

 彼は大げさに笑いながら驚いた。聞きやすい英語で話してくれるので助かる。

「ところでハノイはどうでしたか」

 彼は新聞をベッドに置いて、僕の方を向いて興味深そうに話してきた。

 誰かに似ているとさっきからずっと考えていたのであるが、そうだ日本の俳優の真田広之にそっくりなのだ。なかなか精悍な顔つきで、表情をあまり変えずに話をする。

「バイクが多いのには驚きましたよ。短時間だったからよく分からないけど、ストレスを感じる町という印象です。しかし活気があって僕は好きになるかもしれないです。あなたはベトナム人ですか?」

「そうです。これでも公務員なのですよ」

 聞けば彼はラオカイの中国との国境警備員で、ハノイには研修で数日出張に来ていて、この列車でラオ・カイに戻るとのことである。
 自宅には奥さんと子供が二人いて、明日朝駅まで迎えに来てくれるらしいのだ。
 身に着けているシャツはアイロンが綺麗にかかっており、身だしなみもきちんとしている。きっと彼はこの国ではエリートに属するのだろう。

 そのようなことを話していると、突然ガタガタと音をたてながら三人の欧米女性が入ってきた。
 彼女達はちゃっかりと板のベッドに敷くマットを丸めたものを持ち込んでいた。(マットはいくらか支払えば借りられるらしい)

 しばらくマットを敷いたり、何やらガヤガヤと喋っているのを見て、僕とベトナム青年は顔を見合わせて苦笑いをした。

 すると彼女達の一人が、「Can you speak English?」と訊いてきた。

 僕と青年が黙っているとさらに「この列車のシャワールームは何処にあるの?」と脳天気なことを訊く。

 僕は再びベトナム青年と顔を合わせて苦笑いをして「シャワールームなんかはないはずだよ」と言うと、彼女は少しプライドを傷つけられたという感じでツンとしていた。

 ここはベトナムだし、この列車にはエアコンも勿論なくトイレだってタレ流しなんだから、シャワー室なんていう気の利いたものがあるはずないじゃないか。

 「あなたは何処の国から来たの?」

 「日本からだよ、君達は?」

 「フランスからよ」と言葉を交わしたあと、彼女達は英語でいろいろ僕に話しかけてくるのだが、なかなか聞き取りがうまく出来なくて、ちょっと考え込んだりしていると、【フン!】という高圧的な態度になってそのあと僕には話しかけなくなった。

 きっと僕が器用に英語を話せないことを馬鹿にしたのに違いない。この脳天気娘達め、フランスが何だ英語が何だと僕は思うのであった。

 しかしベトナム青年はその後少し彼女達と話をして、冗談なんかもいっていた。ベトナム人も中学校から英語を習うのかも知れないが、本当に流暢に話せる人が多いのに驚く。

 やがて列車は大きな長い警笛とともに動き出し、ハノイをあとにこれから十時間あまりの夜行列車の旅が始まった。

 僕はしばらく窓から見えるハノイの町の様子を眺めていた。もう午後十時を過ぎているというのに町はまだまだ活気があり、バイクや自転車に乗った帰宅途中の人達や屋台で盛り上がっている勤め帰りの人達などで、見える景色は人で溢れていた。

 僕はたった一日だけ、本当にパセンジャーの如く通りすがっただけなのだが、首都ハノイに強烈な印象を受けたのだった。

 コンパートメントは個室になっているので、寝る時はカギを掛けて電気を消すのだが、脳天気風フランス人女性達がなかなかおしゃべりをやめないので、僕と青年はしばらく小さな声で雑談を交わしていたが、そろそろ寝ようかと言って硬いベッドに体を横たえた。

 天井には扇風機が付いていたが、気温が三十度を越しているだろう車内では全く役に立たない。
 しかし木の硬いベッドで、しかも汗をびっしょりかきながら、外から時々いろんな虫が訪ねて来たりもするが、それでも十分寝られた。

 いつのまにか眠りに落ちていた。
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