蛇に祈りを捧げたら。

碧野葉菜

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仙界

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「俺は大丈夫だ、心配するな」
「……ッ……ごめ、な、さい、蛇珀、様……私のせいで、蛇珀様だけ、こんな、辛い思いを……ッ」

 いろりの涙が泉に落ち、一つ、二つと波紋を作り、蛇珀の姿を揺らす。

 蛇珀は困ったように少し眉尻を下げ、労るような優しい笑みを浮かべていた。

「泣くな、いろり。お前の泣き顔はなんつうか、こう……胸に、くる」

 いろりは急ぎ両の手で涙を拭った。
 その左手首には蛇珀からもらった数珠が光っている。

「悪いな……少し、待たせちまうと思うが」
「いいえ、いいえ……謝らないでください! 私……ずっとお待ちしています。蛇珀様の帰りを、命尽きるまで」
「そこまで待たせねえよ。必ず帰る」
「はい、はいっ……!」

 二人は水面越しに、熱く見つめ合っていた。

「いろり…………お前に、触れたい」
「私もです……蛇珀様……!」

 互いが互いに向け、手を伸ばす。
 そしていろりの指先が水面に触れた時、波紋とともに蛇珀は姿を消した。

 ――蛇珀様――……。
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