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二周目:まだ終わらせたくない
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その日の朝は、久しぶりに蝉が鳴いていなかった。
相変わらず気温が暑いままなのに、蝉たちがいなくなる頃合いだったらしい。
久しぶりに着る制服は足がスカートで風通りがよくスースーとするし、それでいて上半身が暑くて苦しい。それになんとも言えない顔になりながら、私は学校に向かうことにした。
今日はいよいよ運命の始業式で……ここが分岐点だ。私と大樹くんの知っている十年後は、ここから大きく変わってしまっている。
もっとも。
既にこの時間はバタフライエフェクトで私たちも知らない事象が積み重なっている。それがどう作用するのかわからないから怖いんだ。
私たちは、ただ十年後、誰ひとりも欠けることなくまた集まれることだけを目指している。
どうか。どうかここで上手くいきますように。そう祈りながら、通学路を歩いていく。
「おはようー!」
「おはよう、菜々子ちゃん……これ大丈夫?」
「髪の色は黒く染めたし、大丈夫じゃないかな」
「いや、化粧……これ、もうナチュラルメイクの域超えてない?」
「それなんだよねえ。ずっと丁寧な化粧をしていたせいで、どこからがナチュラルメイクなのか過剰なのかの感覚を忘れちゃってさあ」
菜々子ちゃんは、東京で学んだ化粧テクニックでものすごく顔を丁寧に造り込んでいたけれど、いつものわかる人じゃなかったらわからないという化粧ではなく、明らかに化粧してるとわかるものだった。アイラインもチークも、さすがにこれは化粧だとわかるだろうというレベルで乗っているから、これはさすがに怒られないかと心配になる。
ただなあ……女性陣はわかるだろうし、普通に見ながら「うわあ」で遠巻きにするレベルだろうけれど、男性陣はどうも化粧の濃い薄いがわからないらしい。
私はなんとも言えない中、菜々子ちゃんと一緒に学校に向かった。
案の定というべきか、女性教師は一部は怪訝な顔で眺めていたものの、男性教師は口に濃いリップでも塗ってないと化粧しているかどうかがわからないらしく、これだけ派手に化粧をしているにもかかわらず、菜々子ちゃんをスルーしてしまっていた。
「ああ、おはよう。亜美、菜々子」
「おはよう。海斗くん今年の夏は本当にずっと家の手伝いだったね?」
「仕方ない仕方ない。熱中症のせいでうちで働いてる人何人か倒れたし。冷房入れられない倉庫の整理だったら、こっちがペットボトルとか持って頑張るしかないしさあ」
スーパーも生もの扱っている場所だったらいざ知らず、それ以外のもの……トイレットペーパーなりティッシュペーパーなり……を置いてある場所に空調を効かせることもないんだろう。そりゃ人が倒れる。
そして大樹くんはというと、静かに参考書を読んでいた。私は既に大樹くんから、私立に転校する旨は聞いている。変な大学に行かないようにするとなったら、勉強してある程度自分の行きたい場所に行けるようにしないといけないんだろう。
そうこうしている間に、チャイムが鳴った。始業式のために、皆一斉に体育館へと向かう。
「あーつーいー……溶けちゃうー」
菜々子ちゃんが文句を言う。彼女が溶けると言っているのは化粧のことだろう。ウォータープルーフのものだってあることにはあるけれど、あれはキツ過ぎて肌に悪いもんなあ。
私も汗が原因で日焼け止めが取れたらやだなあと思いながら、のろのろと体育館へと向かった。
体育館は戸という戸を完全に開け放っているにもかかわらず、風が全く入ってこない。ただキュッキュッという内履きの足音、先生が来るまでの騒々しい声だけが響く。
やがて、マイクのスイッチの入ったキィーンとなる音が体育館内に響いた。
「それでは、始業式をはじめます。校長先生の言葉です」
皆は校長先生の話が早く終わるのを祈っている中、私は心臓が痛くなるのを感じていた。
お願いだから、穏便に終わって。そう祈っていたものの、これだけ汗ばむ体育館の中でもしっかりとスーツを着込んだ校長先生が壇上に上がった。
「それでは、皆さんにまずは報告したいことがあります。我が校は今年度で廃校になりました」
あまりにもの急な話に、周りから悲鳴が響いた。普通に考えれば横暴が過ぎる話だし、もっと一年以上前から話が出回るからだ。そんなあと半年まで伏せられる話ではない。
周りが驚いたりパニックに陥る中、風紀の先生だけが「静かにしなさい!」「今は校長先生の言葉の途中です! 早く黙りなさい!と声を荒げている。
校長先生の話はおおむねこういう話だった。
いきなり決まった訳ではなく、県内で学校縮小合併が進められる中、うちの地区の校舎の修繕状況や経年劣化、通学する生徒数を計算した上で、ずっと候補には残っていたらしい。最終的に合併先がつい最近修繕工事が終わったから、そこに地元の生徒を全員移動させればいいという、投げやり過ぎる決着がついたのだと。
大人の横暴だ、学校に二時間もかけて通わないといけないのか、もっと前から通達することだってできたのではないか、なによりも転校するにはあと二年も満たない二年生はどうなるんだと、もう批難轟轟状態だったものの、校長先生は穏やかに締めくくった。
「こうしてあと半年でこの学校は終わりますので、皆さん残りの時間をどうか大切にお使いください」
穏やかながらも有無を言わさない言葉で、締めくくられてしまったのだった。
相変わらず気温が暑いままなのに、蝉たちがいなくなる頃合いだったらしい。
久しぶりに着る制服は足がスカートで風通りがよくスースーとするし、それでいて上半身が暑くて苦しい。それになんとも言えない顔になりながら、私は学校に向かうことにした。
今日はいよいよ運命の始業式で……ここが分岐点だ。私と大樹くんの知っている十年後は、ここから大きく変わってしまっている。
もっとも。
既にこの時間はバタフライエフェクトで私たちも知らない事象が積み重なっている。それがどう作用するのかわからないから怖いんだ。
私たちは、ただ十年後、誰ひとりも欠けることなくまた集まれることだけを目指している。
どうか。どうかここで上手くいきますように。そう祈りながら、通学路を歩いていく。
「おはようー!」
「おはよう、菜々子ちゃん……これ大丈夫?」
「髪の色は黒く染めたし、大丈夫じゃないかな」
「いや、化粧……これ、もうナチュラルメイクの域超えてない?」
「それなんだよねえ。ずっと丁寧な化粧をしていたせいで、どこからがナチュラルメイクなのか過剰なのかの感覚を忘れちゃってさあ」
菜々子ちゃんは、東京で学んだ化粧テクニックでものすごく顔を丁寧に造り込んでいたけれど、いつものわかる人じゃなかったらわからないという化粧ではなく、明らかに化粧してるとわかるものだった。アイラインもチークも、さすがにこれは化粧だとわかるだろうというレベルで乗っているから、これはさすがに怒られないかと心配になる。
ただなあ……女性陣はわかるだろうし、普通に見ながら「うわあ」で遠巻きにするレベルだろうけれど、男性陣はどうも化粧の濃い薄いがわからないらしい。
私はなんとも言えない中、菜々子ちゃんと一緒に学校に向かった。
案の定というべきか、女性教師は一部は怪訝な顔で眺めていたものの、男性教師は口に濃いリップでも塗ってないと化粧しているかどうかがわからないらしく、これだけ派手に化粧をしているにもかかわらず、菜々子ちゃんをスルーしてしまっていた。
「ああ、おはよう。亜美、菜々子」
「おはよう。海斗くん今年の夏は本当にずっと家の手伝いだったね?」
「仕方ない仕方ない。熱中症のせいでうちで働いてる人何人か倒れたし。冷房入れられない倉庫の整理だったら、こっちがペットボトルとか持って頑張るしかないしさあ」
スーパーも生もの扱っている場所だったらいざ知らず、それ以外のもの……トイレットペーパーなりティッシュペーパーなり……を置いてある場所に空調を効かせることもないんだろう。そりゃ人が倒れる。
そして大樹くんはというと、静かに参考書を読んでいた。私は既に大樹くんから、私立に転校する旨は聞いている。変な大学に行かないようにするとなったら、勉強してある程度自分の行きたい場所に行けるようにしないといけないんだろう。
そうこうしている間に、チャイムが鳴った。始業式のために、皆一斉に体育館へと向かう。
「あーつーいー……溶けちゃうー」
菜々子ちゃんが文句を言う。彼女が溶けると言っているのは化粧のことだろう。ウォータープルーフのものだってあることにはあるけれど、あれはキツ過ぎて肌に悪いもんなあ。
私も汗が原因で日焼け止めが取れたらやだなあと思いながら、のろのろと体育館へと向かった。
体育館は戸という戸を完全に開け放っているにもかかわらず、風が全く入ってこない。ただキュッキュッという内履きの足音、先生が来るまでの騒々しい声だけが響く。
やがて、マイクのスイッチの入ったキィーンとなる音が体育館内に響いた。
「それでは、始業式をはじめます。校長先生の言葉です」
皆は校長先生の話が早く終わるのを祈っている中、私は心臓が痛くなるのを感じていた。
お願いだから、穏便に終わって。そう祈っていたものの、これだけ汗ばむ体育館の中でもしっかりとスーツを着込んだ校長先生が壇上に上がった。
「それでは、皆さんにまずは報告したいことがあります。我が校は今年度で廃校になりました」
あまりにもの急な話に、周りから悲鳴が響いた。普通に考えれば横暴が過ぎる話だし、もっと一年以上前から話が出回るからだ。そんなあと半年まで伏せられる話ではない。
周りが驚いたりパニックに陥る中、風紀の先生だけが「静かにしなさい!」「今は校長先生の言葉の途中です! 早く黙りなさい!と声を荒げている。
校長先生の話はおおむねこういう話だった。
いきなり決まった訳ではなく、県内で学校縮小合併が進められる中、うちの地区の校舎の修繕状況や経年劣化、通学する生徒数を計算した上で、ずっと候補には残っていたらしい。最終的に合併先がつい最近修繕工事が終わったから、そこに地元の生徒を全員移動させればいいという、投げやり過ぎる決着がついたのだと。
大人の横暴だ、学校に二時間もかけて通わないといけないのか、もっと前から通達することだってできたのではないか、なによりも転校するにはあと二年も満たない二年生はどうなるんだと、もう批難轟轟状態だったものの、校長先生は穏やかに締めくくった。
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穏やかながらも有無を言わさない言葉で、締めくくられてしまったのだった。
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