歴史酒場謎語り――八岐大蛇を肴にする。

藍染 迅

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五杯目 尾の部分をさらによく噛みしめる。

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「『ヲロチ』という名前も味が濃いねえ」
「『お』じゃなくて『ヲ』ね、重いお」

 「ヲロチ」を万葉仮名で書くと、「遠呂智」または「遠呂知」となる。「遠」は「峰」を表し、「智」や「知」は霊力を表すという説がある。「呂」は接尾辞でつなぎの役割。
 つまり「ヲロチ」とは「山の霊力」を意味するということになる。

 また、万葉仮名では「ヲ」は「尾」であり「男」や「雄」でもある。象徴学的にくくれば、「山」は「剣」であり「男性のシンボル」と同一視される。「尾」は「男根」と同義にも読めるのだ。

 「尾」が鉄穴流しの末端であるとすれば、その力とは「鉄を産み出す霊力」ともいえる。

 「山の力」は「男の力」を同時に意味する。「チ」は「血」でもある。「雄呂血」と書いても同じ概念を指すはずなのだ。

「『呂』も地味に面白いと思うんだ」
 私は須佐に投げかけた。

「どういう意味で?」
「『呂』という一文字は本来背骨の連なりを表す象形文字でしょ。よくできているよね。背骨の末端としての「尾」である訳で」
「なある。山、その連峰に宿る力であり、男の背骨つまり男根に宿る精力でもあると」

 そうなのだ。個人の感想であるが、「呂」の文字が「チャクラ」を表すようにも見えてくる。
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