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第二話
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目覚まし時計が鳴る。布団の中から手を伸ばし、スマホをつかんで音を止めた。
寝転んだまま、大きく伸びをする。あくびをして、目をこする。
妙な夢を見た気がするが、よく眠れた。体がすっきりと軽い。
さて、今日も仕事だ、と起き上がろうとしたところで、気がついた。隣に、誰かがいる。ゆっくりと顔を右に動かした。トゲトゲ頭が目に刺さるかと思った。身を引いて、体を起こす。
「夢じゃなかった……」
布団の中で、目を閉じて、寝息を立てる妖精。
「妖精って寝るんだな」
そんなどうでもいい感想が口をついて出た。なんとなく、眠る必要なんてないように感じた。だって、妖精だ。妖精が寝るなんて、聞いたことがない。
いや、妖精が存在するなんて聞いたことがない。
そもそも、これは本当に妖精なのか?
触れてみようと指を伸ばしたとき、妖精の目がカッと見開いた。目玉を勢いよく動かして、俺を見る。
「おはよう!」
寝起きの声じゃない。はっきりと覚醒した声色でそう言った。
「おはよう、ございます」
布団から抜け出た妖精が、羽をはばたかせて宙を舞う。
「今日は土曜だが仕事か? 大変だな、社畜は」
「別に、どうせ家にいてもすることないし」
「馬鹿め! 仕事以外で外に出ろ! 閉じこもっていては死ぬまで童貞だぞ!」
妖精がステッキを振り回して説教を始めた。朝からうるさい奴だ。別に、童貞でも死にはしない。
「どうでもいいけど、もう少し静かにね。テレビの音でさえ苦情来るんだから」
「安心しろ、おれの声はお前にしか聞こえん」
「え?」
「そして、おれの姿はお前にしか見えん」
そうなのか、と素直に安心した。こんなものを連れていたら電車にも乗れないし、最新鋭のドローンだとごまかそうにも、ペラペラと喋りすぎて説得力がない。職場に持っていけない、どうしようと心配していたところだ。
「でも、三十路で童貞なんて男、山ほどいると思うんだけど」
「そうだな、山ほどいるぞ」
うなずいてから、妖精が「はーっはっはっは」と愉快そうに大笑いした。これは馬鹿にしているのだろうか。よくわからないが咳払いをして、続けた。
「その人たちに、見えちゃうんじゃない?」
「お前にしか見えんと言っただろう。おれはな、お前専用なんだ。オンリーワンだ。お前専用、おれだ。嬉しいか?」
「いや、別に」
返事をしながら、パンをトースターに突っ込んだ。
「じゃあ、三十路童貞の男たちは、みんなそれぞれ妖精を飼ってるってこと?」
もしそうなら、妖精という存在がもう少しスポットライトを浴びてもよさそうなものだと思った。確かに、三十路のまま童貞を迎えると魔法使いになるとか妖精になるとか賢者になるとか揶揄される話は聞いたことがある。
でも、あくまで本人が「なる」というだけで、「見える」なんて、初耳だ。
「三十路童貞全員に妖精がつくわけじゃないぞ。妖精にも選ぶ権利はあるだろう?」
「選ぶ権利?」
「妖精はこぞって面食いでな」
「はあ?」
「お前のその濁った死んだ魚の目はともかくとして、全体的に整ってはいる」
「褒められてるのかけなされてるのかわからないんですけど」
「その顔で童貞なんて、三年に一度の逸材だぞ」
「三年なんだ」
そんなでもないじゃないか、と笑ってしまう。
「とにかくおれはお前を選んだ。そう、お前は、選ばれし童貞なのだ!」
チーン、とトースターが音を立てる。テーブルに皿を用意して、パンを置き、マーガリンを塗りたくる。選ばれし勇者ならともかく、選ばれし童貞なんて嬉しくない。
「それで、妖精さんは、なんでそんな見た目? 男なの?」
自分のことを「おれ」と呼んでいるし、声色も低めだし、顔つきも男らしい。
「オスだが?」
だから? と言いたげに妖精が首をかしげる。
「おれは男が好きだがそれが何か? 妖精はみんな男が好きだぞ?」
「そんなまさか。ティンカーベルも?」
「ピーターパンのか? あんな可愛らしい妖精なんて存在せんぞ? 金髪じゃないし、おっぱいもない。妖精は基本的にみんなおれの姿だが……、なんか……、夢を壊してすまんな?」
申し訳なさそうに謝られると、ちょっと恥ずかしい。
とはいえ大体の人が、妖精という単語からイメージするのはティンカーベルのような姿かたちだろう。どこのどいつが、こんな化け物を連想するというのだ。
「俺の他にも妖精に選ばれた人って、いるんだよな?」
咳払いをして訊いた。
「無論いるぞ。それがどうした」
「妖精が見えるって、もっと大騒ぎになってもいいと思うけど」
「お前は人に言えるのか?」
「え?」
「三十路童貞の元に訪れる妖精が見えるなんて、自分が童貞ですと自己紹介するようなものだぞ」
確かに。わざわざ馬鹿にされたいとは思わない。
「それでも妖精の存在が語り継がれているのは、黙っていられない奴も中にはいるからだ。まあ、言ったところで精神を病んでいるとしか思われんがな。何せ、おれを写真に撮ることも不可能だ。証明する手立てがない」
説得力があった。なるほど、とうなずきながらパンを頬張る。
「あと、もう一個、訊きたいんだけど」
もぐもぐしながら言った。妖精は俺の目の高さであぐらをかいて「なんだ」と耳の穴をほじっている。
「妖精さんは、いつまでここにいるつもり?」
「迷惑そうに言うな! 傷つくぞ、おれ!」
「だって、一人がいいんだよなあ」
静寂が好きだ。この妖精はうるさくてかなわない。
妖精がチッと舌を打つ。
「最初に言った通り、おれの仕事はお前の童貞卒業をサポートすることだ。ということは?」
ステッキをマイクに見立てて、俺の口元に持ってくる。
「ん……? え……、まさか?」
「そう、お前が童貞を卒業するまで、おれはお前のそばにいる」
死の宣告をされた気分だった。目の前が暗くなる。
俺は、絶望した。
寝転んだまま、大きく伸びをする。あくびをして、目をこする。
妙な夢を見た気がするが、よく眠れた。体がすっきりと軽い。
さて、今日も仕事だ、と起き上がろうとしたところで、気がついた。隣に、誰かがいる。ゆっくりと顔を右に動かした。トゲトゲ頭が目に刺さるかと思った。身を引いて、体を起こす。
「夢じゃなかった……」
布団の中で、目を閉じて、寝息を立てる妖精。
「妖精って寝るんだな」
そんなどうでもいい感想が口をついて出た。なんとなく、眠る必要なんてないように感じた。だって、妖精だ。妖精が寝るなんて、聞いたことがない。
いや、妖精が存在するなんて聞いたことがない。
そもそも、これは本当に妖精なのか?
触れてみようと指を伸ばしたとき、妖精の目がカッと見開いた。目玉を勢いよく動かして、俺を見る。
「おはよう!」
寝起きの声じゃない。はっきりと覚醒した声色でそう言った。
「おはよう、ございます」
布団から抜け出た妖精が、羽をはばたかせて宙を舞う。
「今日は土曜だが仕事か? 大変だな、社畜は」
「別に、どうせ家にいてもすることないし」
「馬鹿め! 仕事以外で外に出ろ! 閉じこもっていては死ぬまで童貞だぞ!」
妖精がステッキを振り回して説教を始めた。朝からうるさい奴だ。別に、童貞でも死にはしない。
「どうでもいいけど、もう少し静かにね。テレビの音でさえ苦情来るんだから」
「安心しろ、おれの声はお前にしか聞こえん」
「え?」
「そして、おれの姿はお前にしか見えん」
そうなのか、と素直に安心した。こんなものを連れていたら電車にも乗れないし、最新鋭のドローンだとごまかそうにも、ペラペラと喋りすぎて説得力がない。職場に持っていけない、どうしようと心配していたところだ。
「でも、三十路で童貞なんて男、山ほどいると思うんだけど」
「そうだな、山ほどいるぞ」
うなずいてから、妖精が「はーっはっはっは」と愉快そうに大笑いした。これは馬鹿にしているのだろうか。よくわからないが咳払いをして、続けた。
「その人たちに、見えちゃうんじゃない?」
「お前にしか見えんと言っただろう。おれはな、お前専用なんだ。オンリーワンだ。お前専用、おれだ。嬉しいか?」
「いや、別に」
返事をしながら、パンをトースターに突っ込んだ。
「じゃあ、三十路童貞の男たちは、みんなそれぞれ妖精を飼ってるってこと?」
もしそうなら、妖精という存在がもう少しスポットライトを浴びてもよさそうなものだと思った。確かに、三十路のまま童貞を迎えると魔法使いになるとか妖精になるとか賢者になるとか揶揄される話は聞いたことがある。
でも、あくまで本人が「なる」というだけで、「見える」なんて、初耳だ。
「三十路童貞全員に妖精がつくわけじゃないぞ。妖精にも選ぶ権利はあるだろう?」
「選ぶ権利?」
「妖精はこぞって面食いでな」
「はあ?」
「お前のその濁った死んだ魚の目はともかくとして、全体的に整ってはいる」
「褒められてるのかけなされてるのかわからないんですけど」
「その顔で童貞なんて、三年に一度の逸材だぞ」
「三年なんだ」
そんなでもないじゃないか、と笑ってしまう。
「とにかくおれはお前を選んだ。そう、お前は、選ばれし童貞なのだ!」
チーン、とトースターが音を立てる。テーブルに皿を用意して、パンを置き、マーガリンを塗りたくる。選ばれし勇者ならともかく、選ばれし童貞なんて嬉しくない。
「それで、妖精さんは、なんでそんな見た目? 男なの?」
自分のことを「おれ」と呼んでいるし、声色も低めだし、顔つきも男らしい。
「オスだが?」
だから? と言いたげに妖精が首をかしげる。
「おれは男が好きだがそれが何か? 妖精はみんな男が好きだぞ?」
「そんなまさか。ティンカーベルも?」
「ピーターパンのか? あんな可愛らしい妖精なんて存在せんぞ? 金髪じゃないし、おっぱいもない。妖精は基本的にみんなおれの姿だが……、なんか……、夢を壊してすまんな?」
申し訳なさそうに謝られると、ちょっと恥ずかしい。
とはいえ大体の人が、妖精という単語からイメージするのはティンカーベルのような姿かたちだろう。どこのどいつが、こんな化け物を連想するというのだ。
「俺の他にも妖精に選ばれた人って、いるんだよな?」
咳払いをして訊いた。
「無論いるぞ。それがどうした」
「妖精が見えるって、もっと大騒ぎになってもいいと思うけど」
「お前は人に言えるのか?」
「え?」
「三十路童貞の元に訪れる妖精が見えるなんて、自分が童貞ですと自己紹介するようなものだぞ」
確かに。わざわざ馬鹿にされたいとは思わない。
「それでも妖精の存在が語り継がれているのは、黙っていられない奴も中にはいるからだ。まあ、言ったところで精神を病んでいるとしか思われんがな。何せ、おれを写真に撮ることも不可能だ。証明する手立てがない」
説得力があった。なるほど、とうなずきながらパンを頬張る。
「あと、もう一個、訊きたいんだけど」
もぐもぐしながら言った。妖精は俺の目の高さであぐらをかいて「なんだ」と耳の穴をほじっている。
「妖精さんは、いつまでここにいるつもり?」
「迷惑そうに言うな! 傷つくぞ、おれ!」
「だって、一人がいいんだよなあ」
静寂が好きだ。この妖精はうるさくてかなわない。
妖精がチッと舌を打つ。
「最初に言った通り、おれの仕事はお前の童貞卒業をサポートすることだ。ということは?」
ステッキをマイクに見立てて、俺の口元に持ってくる。
「ん……? え……、まさか?」
「そう、お前が童貞を卒業するまで、おれはお前のそばにいる」
死の宣告をされた気分だった。目の前が暗くなる。
俺は、絶望した。
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