抱かれてみたい

小桃沢ももみ

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一年生の冬休み

見送り

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 ライム先輩の腰は午後にはゆっくりであれば立って歩ける程度に快方した。だが歩ける様になったとはいえ、不自然な状態だ。

 「馬車寄せ迄は良くても、その後はどうするんですか? やっぱり明日にした方が……」

 王都のタウンハウスに帰るライム先輩を寮から馬車寄せ迄送る途中である。今だって先輩に肩を抱かれて居るのを装いつつ、実際はアーロンが支えながら歩いて居る状態だ。マーリーはライム先輩が先に行かせた。
 朝のうちは「最悪日延も」と言っていたのに、昼食後にはアーロンに捕まりながらならなんとか歩ける様になると先輩は迷う事なく帰る事を決めた。だがアーロンは心配だ。あんなに自分が抱かれる側である事をマーリーに知られるのを嫌がっていたのに今この状態でタウンハウスに帰ってどうするつもりなのだろう。寮でもアーロンの助けがなかったら欺けなかったのに。
 朝食は寝台でマーリーを下がらせた上、アーロンに支えられながら摂っていた。食べるのにも苦労していて、パンを取るのに手を伸ばした途端に腰を支えて呻き出したので、アーロンが取ってあげた。そもそも座っている格好から少しでも身体を動かすのが苦痛なのだ。だからスープを飲む時やサラダを食べる時には器を持ち上げて食べ易い様にしてあげた。スプーンやフォークを持つのも大変そうだった。「手に力が入らない」と言うので、ベーコン等ナイフが必要な物は一口大に切ってあげた。
 それでも昼食時には「だいぶ回復した。椅子に座れる様な気がする」と言うので、マーリーを下がらせた後アーロンに支えられながらソファ迄移動した。確かに朝よりは良くなっていて、パンを取ったり器を持ち上げてあげる必要はあったが、スプーンやフォークはしっかり握れていた。
 身支度も普段ならマーリーにお任せなのだろうが、「私がアーロンの世話をしてあげたいのだ」と言って準備だけさせて下がらせ、アーロンの手伝いでこなした。特に、用を足すのは一苦労で、便所で一人で立てないのにアーロンに見られるのは嫌だと言うので、あれこれやりとりした結果、最中は後ろで支えながら目を瞑っている事になった。本当は耳も塞ぐ様にと言われたが、「最悪片手で先輩の事を支えたとしても、耳は片方しか塞げません」と答えたら諦めてくれた。あれは変な時間だった。裸を見せ合ってお尻の穴迄見たのに、今更何を恥じ入るのかと不思議だった。せめてもの救いは、ライム先輩がアーロンの様に頻繁に便所に行く習癖が無く朝の一回で済んだ事だ。
 今、馬車寄せに向かうライム先輩の顔は晴れやかで、そんな騒動があった気配は微塵も無い。帰宅組の生徒達は皆昨日帰宅済みなので、行き交う人はまばらで何処か学院の雰囲気ものんびりとしている。もし今、知った顔と出会っても、ライム先輩は自分が歩くのに苦労している事は気取らせないだろう。まあそれもアーロンの助けがあっての事だ。だからアーロンは心配で仕方無い。

 「そうは言ってもね、元々は朝食を摂ったら帰る予定だったのだよ。それでさえ例年よりも一日遅らせているのだよ。それを更に遅らせるのは待って居る家族に申し訳無いからね」

 和かに家族に申し訳無いと諭されるとアーロンもそれ以上は言えなくなる。確かに朝よりは良くなっているので、それが先輩の自信の根拠となっているのだろう。

 「それより、アーロン。名前を呼ぶのはやっぱり難しいかい?」

 そうなのだ。先輩から、「これからはアーロンと呼ぶので、私の事も名前で呼んで欲しい」と言われたのだ。呼び捨てにされているのには気が付いていたが余り気に留めていなかった。今朝から意図して呼んでいたらしい。
 強請られてアーロンは照れながら先輩の名前を呼んでみる。

 「えっと……、ヨアヒム…先輩?」

 恥ずかしさに頬を染めて少し俯く。今までライム先輩と呼んでいたのを急に名前呼びに変えるのは、二人の関係が変わった事を公に晒す様で生々しさにむずむずする。それでもその甘ったるい空気は嫌では無いので応える。ただ望まれても流石にヨアヒムと呼び捨ては不敬だろうと『先輩』をくっつけてみた。それにアーロンの中では先輩は先輩なのだ。今までだって殆ど「先輩」とだけ呼んでいたから名前で呼んでと言われても今後も余り変わらない気はする。

 「ふふふ。そうだね。嬉しいよ」

 だがライム先輩は満足そうに、空いている方の手で満足そうにアーロンの髪の毛を掻き混ぜた。

 「おっと」

 それで体勢を崩し先輩がよろめいたのでアーロンは慌てて支え直す。

 「本当に大丈夫ですか?」
 「大丈夫、大丈夫だよ」
 「それより、休みの最後の日の約束を忘れないでおくれよ。馬車でマーリーを迎えに来させるからね」
 「はい」
 「楽しみにしているよ。ではまた新しい年に」
 「はい。新しい年に」

 酷くご機嫌なライム先輩をアーロンは結局止め切れず、馬車に乗るのを手伝うのは拒否されたのではらはらとしながら見送る事になった。本当に大丈夫だろうか、休みの最後の日にライム先輩のタウンハウスに行く約束を先輩の様には楽しみに出来ないアーロンであった。
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