死を恋う神に花束を 白百合を携える純黒なる死の天使【アルファポリス版】

高坂 八尋

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三章 棘の迷宮

第43話 落果 太陽の瞳

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 カイムはジェイドの腕から逃れると、丁度ヘルレアが空けた大穴から、少女が出てきたのが見えた。瓦礫が散乱しているというのに、案外と足元がしっかりしていて、飛び伝いながら簡単に部屋へ入って来る。

 ジェイドが首を傾げて、頬を掻く。

「ん? ああ、娼婦らしい。彼女はエネラドだ。ここまで案内をしてくれたんだ」

 カイムは何も言っていないのに、ジェイドは当たり前のように、カイムの疑問に全て答えた。自分が元通りになった安堵は強いが、複雑な心境に口が曲がった。

「何やってんだ、お前。変な顔して。今更、こんなことで不貞腐れるな」

「いや、けして不貞腐れては……まあ、ね。猟犬に弾き出されるのは辛いが、頭の中身が撒き散らされるのも複雑なものだよ。弱ってる部分もあるから、仕方がないんだけどね」

「それでも今は、俺か、チェスカルぐらいしか、はっきり透過しない。我慢しとけ、どうせ自分の猟犬だ。どうでもいいだろう」

「それを言われれば、確かに否定は出来ないな――でも、こんなにのんびりしている場合じゃない。猟犬へ更に索敵させて……ああ、エルド。誰かに向かわせないと。それに、外界術を封じられて、穢れに強い猟犬も、〈巣〉に引き入れないといけないし、あと……、」

「お待ちください、カイム様。今の状態で、そこまで猟犬を動かせば、身体に障ります」

「カイム、お前は動くな」

「勝手に終わらせたと思ったら、今になってもうるさい奴らだな、ワン公共は。苦労して底まで降りてみれば、これかよ、ほんとアホくさ……なあ、女王蜂。あの男は、封じられた奴を助けたかったみたいだな」

「そうですね、だから崩壊させたかった……哀れと言えば、確かにそうなのかもしれません。ですが、許されないことです」

「壊せば、この〈蜂の巣〉に居る全員が……、」

「ヘルレア、これ以上は女王蜂にお訊ねするのは控えましょう」カイムは言葉を選んでやんわりと、自らの声を被せた。

 ヘルレアとの間に、一拍空白があったので、カイムは取り敢えず笑ってみる。

「ん? まあ、そうだな。関係無いことだ、し――って偉そうなこと、のたまうんじゃねえ。少し前に、あの殺し方しといて、よくもまあニヤニヤ・・・・とするものだな、このサイコパス野郎」

「ええ、ちょっと待ってください? サイコパスって、僕は人格どうのではなくて、職業柄なんですから、一緒にしないで下さい」

「それ本気で言っているのか?」

「他に何があると言うんですか」

「あの様々は、カイムが失態したら銃を乱射して、仲良く道連れを増やしていたぞ」

「勿論、女王蜂は守れると判断した上での行動でした――それに猟犬の存在意義は闘争そのものですから。あと……ヘルレアは

「……ほら、やっぱりサイコパス野郎じゃないか」

「これは僕らの――なんというか、生き方です。人格破綻と決め付けるのは、いくらヘルレアでも失礼極まりない。僕でもさすがに傷つきます」

 カイムとヘルレアがだんまりを決め込み始めると、チェスカルが王の存在を思い出したように見ていた。しばらく躊躇うように視線を泳がせていたが、気息を調えると、ヘルレアの傍へ行き、今度こそ真っ直ぐ見据えた。

「あの、ヘルレア。お訊きしたいことがあります。扉の向こうに何かいませんでしたか」

「あ? あれ、扉に見えるが壁になって潰れてるし、エルドの炎狗みたいな、壁抜けする奴の気配も無い」

「はったりだったのか」チェスカルは思考に視線を落とす。

「何か騙されたか?」

「そうですね、あの黒装束の男に、騙されたのかもしれません。カイム様の急襲を無視して、主人を見棄てる眷属など異常ですから」

「例えば、ジェイドがカイムを見棄てるって考えると、確かに異常だな」

「想像もできませんね……」カイムは何気ない言葉を溢し、考えなしにヘルレアの傍へかなり近付く。すると、ヘルレアが凄まじい勢いで飛び退った。まるで、蛇を見た猫のようなジャンプ力で、部屋の隅で怖気に震えているようだった。

「あ?」ジェイドが気不味いものでも見たように、カイムとヘルレアを目視で、行ったり来たりしている。

「……」眼前で飛ばれたチェスカルは、驚いて固まっている。無言になるしかなかったようだ。

 カイムはついにこの時が来たか、と、身体が小さく萎んでいく。金銭の関わる遊興で性交する男が、よっぽどおぞましいのかもしれない――と、いっても何もしていないのだが。

 女王蜂が何やら慌てて部屋の奥へ行き、扉を開けている。なかなかに大きな扉だが、カイムは、その扉にまったく気が付いていなかった。

「カイム様、どうか身体をお浄めくださいまし。血の穢れと……怨嗟が酷い。ヘルレアはそれがお嫌いなのでは?」

「人間の血は駄目だ……特に生きた人間が出血を――血をまとっているのも不味い。興奮を酷く誘う」

「すみません、もう、近付きません」

「カイム様、お早く沐浴へ」エネラドという少女が、カイムの傍に来てやたらに急かす。頭に被った布から、金色の瞳が覗いた。ステンドグラスのような、光射す鮮やかさを湛えていた。

「女王蜂、エネラドさんへお礼を述べても?」カイムはエネラドとの会話をする前に、主人である女王蜂から許諾を得るために声掛けをした。慎重に過ぎるかもしれないが、カイムに深く染み付いた礼儀だった。

 隷属する者には身勝手に触れない。これはカイムが生きる世界での常識だった――けれども、ジェイド達がそれに倣う必要は無い。カイムもまた主人であるが故の、作法だった。

「エネラドとお呼びください。お礼を頂戴出来るとは、我が娘も喜ぶでしょう」女王蜂もまだ血に汚れているが、浴室の扉を開いてカイムを浴室へ促している。

「では、エネラド。ジェイド達を案内してくれてありがとう」

「礼には及びません。そうあるべくして、かなったものなのですから」

 黒装束は未だ血海で手足を痙攣させている。だが、こういった動作は正常なものなので、これ以上攻撃を加える必要はなかった。

 カイムは血溜まりを踏まないように、死体の横を慎重に歩く。渡り切ろうとした、その一歩。

「カイム、走れ!」ヘルレアが動いた気配。

 背後に聳え立つかげに気付き――。

 猟犬の悲痛な叫び、が。


 もう、これは――、

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