我輩は竜である。名前などつけてもらえるはずもない。

どらぽんず

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よっつめの話

18

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 いつまでも現実逃避をしていたい気分になってしまったが、現実というものは、我輩がどう思っていようと関係なく決断を迫ってくるものである。

「…………」

 今回の場合において返事を催促してくるのは、目の前で頭を垂れる人間なのだが。無言の圧が凄まじい。

 ……さて、どうしたものか。

 我輩個人としては、魔族の勧誘を断るときに少し派手に立ち回ってやれば、人間の悪癖である勘違いによって関わろうとする意思が折れることを期待していたわけだけれども、その思惑は見事に裏目に出た。

 ……その事実をまずは認めるべきである。

 そうした上で、今の我輩が為すべき判断をしなけれなばならない。

 ……気にするべきことはある。

 きっと、たぶん、おそらく、間違いなく。
 あの人間たちは、彼らをして世界に終わりをもたらすと言わしめた一撃を放った存在が我輩である、という判断はしていないと推測されるけれど。

 万が一にもそうでなかったとしたら、この要望は何かしらの策略を前提としたものとなるのだから、その内容とはいったいどういうものとなるのだろうか、とか。

 ほぼ有り得ないことだとは思うのだが。
 本当に、我輩が気づかぬうちに、我輩がついやってしまったような傍迷惑な行為をほかの何かがやらかしていた可能性はあるのだろうか、とか。
 
 ――一瞬。
  そんな風に、想定し始めたらきりがないようなことが脳裏を過ぎった。

『…………』

 だから、そんな雑念は大きな吐息と一緒に吐き出した。

 ……気になるところはあるが、考えるべきことはひとつである。

 この提案に乗るかどうか。
 焦点をあてるべきところは、そこだけだ。

 そしてそこに思考が至れば、我輩が示す答えはひとつしかありえなかった。

『おまえたち人間が、我輩の力は世界の脅威に対抗しうるものだという評価を出したという事実は、仮にお世辞であったとしてもありがたく受け取っておこう』

「それでは――」

『しかし、我輩がおまえたちに協力することはない。
 我輩の力をあてにするな』

「……っ、それは、なぜでしょうか。
 世界の危機は、あなたの命を脅かすものとなるはずです。
 あなたはあなたで、その危機に立ち向かわなければならなくなります。
 私達人間と協力をすれば、事態を解決する苦労も犠牲も少なく済むはずです」

 ――おまえたちが言うところの世界の危機だとかいうものは、我輩がやらかしたことを元にして勝手に勘違いをしているだけであるのでそうはならん。

 そう言い切ってしまいたかったが、それはそれで面倒な展開になることが容易く想像できてしまったので、

『……それは我輩の負担が少なくなるという意味ではないだろうに』

 論点をずらすことにした。

「そんなことは――」

 反論を重ねようとする人間の言葉に被せるようにして、我輩は言葉を音にする。

『おまえの言葉を聞いていると、我輩は必ず、その脅威とやらと戦うことになるのだろう?』

「……それは、当たり前のことではありませんか?」

 会話を続ける。

『そうだ、それは当然のことだ。
 なぜならば、我輩の生は、我輩のみで完結しているからだ。
 我輩にとっての脅威を退けるためには、必ず、我輩が動かねばならぬ』

「そうです。
 しかし、世界の危機というものは、私達にとっても存続を脅かす存在であり、共通の敵となります。
 私達とあなたは協力できる。
 協力すれば、お互いに疲弊を少なくすることができるのは間違いありません」

『おまえの言うことはいちいちもっともだ。
 しかし、生き残ればその後があるだろう。
 そのときになれば、おまえたちは必ず、次の脅威となる可能性があるものを排除しにかかる』

「……どういう意味ですか?」

『共通の敵がいなくなれば、協力関係は間違いなく解消される。
 つまりそれは、敵対関係に戻るということを意味しているわけだ』

「…………」

『先ほども言ったとおりに、我輩の生とは我輩自身によって担保されるものである。
 しかし、おまえたちはそうではない。
 犠牲は出るだろうが、戦える人間は多く残ることになる。
 なにせ、お互いに、脅威を退ける際にかかる労力が減るのだからな。
 必然、おまえたちの中には万全な状態で動けるものも多くなろう』

 人間は押し黙ったまま返事をする様子が見えなかったから、言葉を重ねた。

『先ほど、我輩の答えに対して、おまえはどういう意味だと聞いたな?
 それに答えてやろう。
 ――我輩は寝首をかかれる趣味をもっていないという意味である』

 我輩の言葉に対して、人間が声を返すまでには長い長い時間が必要であった。

「世界が滅ぶかもしれないのですよ」

 長い沈黙を挟んでから、その人間は苦し紛れにそう言ってきたから。

 我輩は折角の機会だからと、言いたいことを言っておくことにした。

『そもそも、我輩はおまえたち人間が口にする世界という単語が嫌いなのだ。
 人間がよく口にする世界というものは、人間が版図を広げている今の環境を指すように聞こえるのだが。我輩にとっての世界とは、今ここにある我輩の自我そのものである。
 そういう意味では、我輩にとっての世界の危機をもたらすものは、人間であると言ってもいいな』

 住処を何度も追いやられたことであるしな。

 敵か否かの二択であれば、間違いなく敵である。

 もっとも、我輩のほうからわざわざ手を出してやろうとは全く考えておらぬが。

「……聞き入れてもらえる余地はありませんか」

『あると思うか?』

「残念です」

 我輩の問い返しに、人間はそう応じると動きを見せた。

 ……人間の動作における機序は既知のものだ。

 ゆえに、我輩はわずかな動きからであってもこちらに危害を加えうる動作の気配を判別する。

 ……我輩から手を出す気はないが。

 向こうから手を出してくるならば話は別である。 


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