26 / 58
第26 あの日に出会った貴女がいない 2
しおりを挟む
『これは?』
一週間後の夕方頃、父に呼ばれた書斎で見たエレン=ブランシャールの調査書を俺は思わず握り締めた。
調査書自体は仕方がない。いくら誰でも良いと言われていても、立場的にも相手のことを何も知らずに婚約者へは選べない。それぐらいは子どもじゃないのだから分かっていた。
だけどその調査書に書かれていた内容にはどうしても納得ができなかった。
『こんなはずがありません! だってこれでは全くの別人です』
調査書というもの自体が、建前と真実を暴くための物だと言われてしまえばそれまでなのかもしれない。でも俺にはこの調査書の中身が真実だとは思えなかった。
『ですが、私もお茶会でブランシャール男爵令嬢について他の夫人の方へ確認したところ、この調査書とほとんど違いはありませんでしたわよ。貴方の言うような聡明さはあまり感じませんわ』
出てきた調査書の結果を見て、きっと母なりに確認を取ってくれたのだろう。そうして出てきた同じ結果に、困ったように母は眉尻を下げていた。
『人は自分の利益となるなら、平然と嘘もつけば取り繕いもするだろう。お前だってそれぐらいは知っているはずだ。 誰かに自分を良く見せたいと思うことは悪いことではない。だが、無理をさせたところで、お前は彼女が幸せになると思うのか?』
彼女がそうやって自分を上手く取り繕って、父は俺がそれに騙されたとでも言いたいのだろう。
もしそれが本当なら、確かにそれなりの力量を求められる場所で、力のない者が生きていくのは辛いはずだ。
無理に彼女を婚約者へと望んだところで誰も幸せにならないことは分かっている。だけど。
『そんなはずはありません!』
聡い者が愚かなマネはできたとしても、愚かな者が聡いフリはできないはずなのだ。
思慮深く話を聞いて、言葉を返してくれる彼女との穏やかな話の間が好きだった。
俺の話に新しいことを知った時に見開かれて、輝く目が可愛かった。
逆に俺が知らないことを知っていることもいくつもあって、その時に嬉しそうに綻んだ口元へいつかキスができたら良いのにと思っていた。
『……他のご令嬢と間違えているということはないのですか?』
『ありえません… 彼女がしっかりとそう名乗ったんです……』
ようやく一緒に生きていきたいと思える女性に巡り会えたはずだったのに、いったい何が起きているのかが分からない。
婚約の申し込みなのだから、もちろん断られる可能性だって考えてはいた。でもそれなら、受け入れてもらえるまで何度だって申し込もうとさえ思っていたはずだった。
まさかその存在が、自分の世界から丸ごと消えてしまうなんて思わなかったのだ。
足元がグラついているようで、気持ち悪くなってくる。
『顔色が悪いわ、ソファーにお座りなさい』
母の手が背中を押して私をソファーへ座らせた。
『…彼女は本当にいたんです…この書類のブランシャール令嬢とは違います……』
『…とりあえずは、婚約の申し込みはいったん見送りましょう。もう少し貴方自身でも確認してみなさい』
クッションにもたれ掛かりながら目を閉じる。
ニコッと笑った彼女の綺麗な笑顔が目蓋の裏で消えていく。大きな喪失感に飲み込まれそうになってくる。
でも。
間違いなくそこにいて、一緒にいたいと思ったのだ。誰よりも彼女だけが欲しかった。
『彼女は絶対に存在します。彼女が受け入れてくれるなら、結婚するなら彼女がいい』
そうだ。受け入れてもらえるかどうか、答えももらわなくてはいけないのだ。もしダメならそこから口説いていく時間だって必要だった。
『俺の手で彼女を探します』
こんなところでショックを受けている時間はない。この日の宣言から、俺の彼女捜しは始まった。
一週間後の夕方頃、父に呼ばれた書斎で見たエレン=ブランシャールの調査書を俺は思わず握り締めた。
調査書自体は仕方がない。いくら誰でも良いと言われていても、立場的にも相手のことを何も知らずに婚約者へは選べない。それぐらいは子どもじゃないのだから分かっていた。
だけどその調査書に書かれていた内容にはどうしても納得ができなかった。
『こんなはずがありません! だってこれでは全くの別人です』
調査書というもの自体が、建前と真実を暴くための物だと言われてしまえばそれまでなのかもしれない。でも俺にはこの調査書の中身が真実だとは思えなかった。
『ですが、私もお茶会でブランシャール男爵令嬢について他の夫人の方へ確認したところ、この調査書とほとんど違いはありませんでしたわよ。貴方の言うような聡明さはあまり感じませんわ』
出てきた調査書の結果を見て、きっと母なりに確認を取ってくれたのだろう。そうして出てきた同じ結果に、困ったように母は眉尻を下げていた。
『人は自分の利益となるなら、平然と嘘もつけば取り繕いもするだろう。お前だってそれぐらいは知っているはずだ。 誰かに自分を良く見せたいと思うことは悪いことではない。だが、無理をさせたところで、お前は彼女が幸せになると思うのか?』
彼女がそうやって自分を上手く取り繕って、父は俺がそれに騙されたとでも言いたいのだろう。
もしそれが本当なら、確かにそれなりの力量を求められる場所で、力のない者が生きていくのは辛いはずだ。
無理に彼女を婚約者へと望んだところで誰も幸せにならないことは分かっている。だけど。
『そんなはずはありません!』
聡い者が愚かなマネはできたとしても、愚かな者が聡いフリはできないはずなのだ。
思慮深く話を聞いて、言葉を返してくれる彼女との穏やかな話の間が好きだった。
俺の話に新しいことを知った時に見開かれて、輝く目が可愛かった。
逆に俺が知らないことを知っていることもいくつもあって、その時に嬉しそうに綻んだ口元へいつかキスができたら良いのにと思っていた。
『……他のご令嬢と間違えているということはないのですか?』
『ありえません… 彼女がしっかりとそう名乗ったんです……』
ようやく一緒に生きていきたいと思える女性に巡り会えたはずだったのに、いったい何が起きているのかが分からない。
婚約の申し込みなのだから、もちろん断られる可能性だって考えてはいた。でもそれなら、受け入れてもらえるまで何度だって申し込もうとさえ思っていたはずだった。
まさかその存在が、自分の世界から丸ごと消えてしまうなんて思わなかったのだ。
足元がグラついているようで、気持ち悪くなってくる。
『顔色が悪いわ、ソファーにお座りなさい』
母の手が背中を押して私をソファーへ座らせた。
『…彼女は本当にいたんです…この書類のブランシャール令嬢とは違います……』
『…とりあえずは、婚約の申し込みはいったん見送りましょう。もう少し貴方自身でも確認してみなさい』
クッションにもたれ掛かりながら目を閉じる。
ニコッと笑った彼女の綺麗な笑顔が目蓋の裏で消えていく。大きな喪失感に飲み込まれそうになってくる。
でも。
間違いなくそこにいて、一緒にいたいと思ったのだ。誰よりも彼女だけが欲しかった。
『彼女は絶対に存在します。彼女が受け入れてくれるなら、結婚するなら彼女がいい』
そうだ。受け入れてもらえるかどうか、答えももらわなくてはいけないのだ。もしダメならそこから口説いていく時間だって必要だった。
『俺の手で彼女を探します』
こんなところでショックを受けている時間はない。この日の宣言から、俺の彼女捜しは始まった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
6,106
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる