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第35 ただ、貴女を守りたい 1

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「どうしたんだ、顔色がとても悪い」

実家で何かがあったのかもしれない。母に連れられて帰ってきたエレナの顔色は青色を通り越して、紙のように白かった。

「申し訳ございません。少し馬車に酔ってしまったようです。今日はこのまま休ませて頂いてもよろしいでしょうか?」

「あぁ、かまわないが。医者を呼ぶか?」

「いえ、少し休めば大丈夫です」

力なく笑った顔にそれ以上何も言えなかった。ただ今にも消えてしまいそうな後ろ姿を見ているとつらくなる。

「何かあったのですか?」

「貴方への相手として考えていると、ブランシャール卿へ挨拶をしましたわ。ただ本決まりではなく、後は当人同士の問題だと濁しましたけど…」

「なぜそのような事態になったのですか?」

エレナへ婚姻を望むのなら、自分の口から告げたかった。
しかも、いまのエレナを取り巻く状況を思えばまだ伝えるには早すぎるのだ。

だけど日頃カナトス辺境伯夫人として家を切り盛りし、社交界へ身を置いている母が意味なく軽率な行動を取るはずがない。と言うことは、そうせざる得ないことが起きたということなのだろう。

「久しぶりの家族と過ごす時間だから、と迎えの馬車をブランシャール家に断られてしまいましたの」

「断られた…」

通常の従者ならばブランシャール卿の思惑1つで断られる可能性も想定していた。だからこそ辺境伯夫人である母に向かってもらったはずだった。

高位の者からの申し出を安易に撥ね除けることは、この貴族社会ではむずかしい。小心者であれば、そのまま素直に従っただろう。

だが、さすがにあれだけ大きな商会を持っているだけはあるようだ。この程度の小さな揺さぶりには動じなかったということだろう。

「ですから、その家族としての時間へ割り込む必要がありましたの。でも、家族の時間へ他人が割り込むことは難しいでしょう?」

それはそうだった。いくらこちらの爵位が高いとはいっても、プライベートの時間へずかずかと踏み込んでしまえば、こちらの品位が疑われてしまうのだから。

「ですので"他人”という扱いから親族という身内の扱いになる、姻族という立場をほのめかしましたわ」

こちらの読み通り、舞踏会の後のこのタイミングでエレナを呼び出した状況なのだ。その話題はブランシャール卿へとっても、気になる話題だっただろう。

「それなら連れ帰ることを拒まれても、次期辺境伯夫人の教育をたてに連れ戻すことも可能でしょう?」

婚姻という形でカナトス家との繋がりを望むのならば断れないはずだ。そこまで考えてのことだったというのなら、しかたがない。

エレン嬢の居所はいまだに分からないのだ。たしかにこんな状況でエレナを連れ戻されてしまったらマズイ状態だった。エレナを数日でもあちらへ残してしまえば、いつの間にかエレン嬢へ交代される可能性だってあったのだから。

母にエレナへ付いてもらったのは、たしかにいざとなれば男爵家へ乗り込むこともできると思ってのことだった。だが本当に母に動いてもらうことになるとは…。油断ができない状況に俺は思わず溜息を吐いた。
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