3 / 6
3
しおりを挟むあてもなく、スラムの市場に向かった。ぼろの布切れや、錆付いたトタン屋根がパイプで支えられているだけのきれいとは言いがたい市場だが、ここらに暮らす人々の生活の中心だ。
市場に着くとさっそく果物屋の店主に声をかけられた。
「よう。仕事探しか?」
「いいや、今は困ってない」
「ははは、そうか。やっぱり、昨日のもお前がやったんだな」
「……なんの話か分からないな」
「憲兵相手に盗みを働こうなんて考えるやつはこの辺りじゃ、奏(そう)、お前くらいだろ?」
「そんなことないだろ」
「いいや、やってのけちまうのもお前くらいだ。憲兵共は気付いてないが、ここらに長いこと住みついているやつらはみいんな気付いているさ」
思わず顔をしかめた。誰かに余計なことを言われたら厄介だ。
「まあまあ、いざとなれば逃げ切る自信だってあるんだろう?」
「……当然だ」
「ははは。あんまり弟を泣かせるなよ」
ちっ。どいつもこいつもうるさいな。藍(あい)が勝手に泣くんだから仕方ないだろ。俺は何もしてない。それなのにアイツもいつもいつも藍を泣かせるなってうるさかった。
通行証を売ろうかと思ったけれど、せっかく苦労して手に入れた代物だ。少し惜しくなった。今はこの前の仕事でもらったお金が残っている。食べることに困ったら、そのとき考えよう。こんな世界の端っこにある小さな国でも出るためには通行証が必要だ。外に出たいやつらはわんさといる。売ろうと思えばいつだって売れるのだ。
……そうじゃなくても、弟の、藍の気持ちが変わるかもしれない。アイツをちゃんと忘れて兄弟で外に出るという夢を思い出して……。通行証が必要になるときが来るかもしれない。
まだとっておく意味はある。
市場に行ったものの、買い物をするわけでも仕事を探しているわけでもない。
仕方なく丘に向かった。海に沿って弧を描く、この港町を一望できる秘密の場所だ。俺と、藍と……アイツ、……伴(ばん)だけの。
市場と違って静でいい所だ。草原の上に寝転がり、目の前に広がる真っ青な空を眺めた。
(きれいだな。)
海の青は空の青を映したものだって伴が言っていた。本当かどうか知らない。どっちでもいい。ただきれいだなって思えればなんだっていい。それに伴の言ったことなんて……どうでもいい。
伴との出会いは、たしかそう。あれは市場にある屋台で日雇いの仕事をしているときだった。
買い物に行かせた藍の帰りがあまりにも遅く、俺はいらだっていた。
『藍!どこに行ってたんだ。遅い』
『兄ちゃん……』
『お前の弟か』
俺と同い年くらいの見知らぬ少年が泣いている藍の肩に手を乗せて宥めていた。
『誰だ?見ない奴だな』
『……たまたま、そう、たまたま通りかかったんだけど、この子が泣いていたんだ』
藍に目を向けると俯いて何度もこぼれ落ちる涙を手の甲で拭っていた。
『あぁ。いつも泣くから気にしなくていい』
『そういうわけには……』
少年を無視して藍の顔を覗き込む。
『今度は何を盗られたんだよ?』
『……パン。兄ちゃんが買ってくれたパン。明日と明後日の分……』
またか。それも二日分の食料だ。はあ、と大げさにため息を付いた。びくりと藍の肩がはねる。きっと怒られることを恐れているのだ。
『藍、罰としてお前が店番しろ。俺は疲れたから帰って寝る』
冷たく言うと、大きく見開かれた藍の目からまた涙がこぼれた。
『おい、そんな言い方しなくてもいいじゃないか』
『誰だか知らないが、関係ないだろ』
『そうだけど……』
見知らぬやつはうな垂れてそれ以上なにも言わなかった。じゃぁな、よろしく。と言い置いて二人に背を向ける。
0
あなたにおすすめの小説
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
児童書・童話
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
王女様は美しくわらいました
トネリコ
児童書・童話
無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。
それはそれは美しい笑みでした。
「お前程の悪女はおるまいよ」
王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。
きたいの悪女は処刑されました 解説版
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
悪女の死んだ国
神々廻
児童書・童話
ある日、民から恨まれていた悪女が死んだ。しかし、悪女がいなくなってからすぐに国は植民地になってしまった。実は悪女は民を1番に考えていた。
悪女は何を思い生きたのか。悪女は後世に何を残したのか.........
2話完結 1/14に2話の内容を増やしました
生まれたばかりですが、早速赤ちゃんセラピー?始めます!
mabu
児童書・童話
超ラッキーな環境での転生と思っていたのにママさんの体調が危ないんじゃぁないの?
ママさんが大好きそうなパパさんを闇落ちさせない様に赤ちゃんセラピーで頑張ります。
力を使って魔力を増やして大きくなったらチートになる!
ちょっと赤ちゃん系に挑戦してみたくてチャレンジしてみました。
読みにくいかもしれませんが宜しくお願いします。
誤字や意味がわからない時は皆様の感性で受け捉えてもらえると助かります。
流れでどうなるかは未定なので一応R15にしております。
現在投稿中の作品と共に地道にマイペースで進めていきますので宜しくお願いします🙇
此方でも感想やご指摘等への返答は致しませんので宜しくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる