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第一章 新入生

6 弁当対決

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 ドリアーヌとバスチアンを眺めるのが面白くて、自分の世界に入っていた。婚約者に弁当を作る、という話だった。
 弁当、という日本語に記憶が反応した。前世日本人主婦として、引っかかりを覚える。そして反射的に応じた。

 「私だけが昼食を作るのは、不公平ではないかと思います」

 返ってきたのは、無言。
 そういう反応になるよね。ごめん、若い人達。でも始めてしまった以上、説明しなければ気が済まない。

 「ドリアーヌ様は、今年の散策で、昼食に、バスチアン様、お弁当をご用意いただくのですよね?」
 「え? それは‥‥」

 言い淀むドリアーヌ。勿論もちろん、そんな予定はないのだろう。わかっている。

 ただ、前世で料理の手間を、ちっともわかってもらえなかったことを思い出しただけなのだ。
 弁当一つ作るのだって、メニュー考案から材料仕入れ、調理準備、調理、盛り付けに持参の準備、後片付けと色々やることがあるのだ。
 それを準備も片付けもせず、残したり文句つけられたりされる理不尽さを思い出して、腹が立っただけなのよ。

 「私は、姉としてディディエの分も、作らなければなりません。この学園では、男女の区別なく武芸を学ぶのに、料理を学ぶのは女性だけなのでしょうか? 戦場において、食料調達は、調理も含めて軍を維持する重要な要素です。ここで調理を女性だけに任せていたら、容易に戦線が崩壊します。敵は、女性を戦闘不能にすれば良いだけです。兵站へいたんは作戦の基本、ですよね?」

 入学直前に学んだ戦争知識を持ち出して、理屈をこねた。
 貴族は指揮官として戦場に立つ。
 実際に、戦場でナイフを握って調理する機会は、まずない。そういう身の回りの世話は、従卒じゅうそつがする。わかっている。前世の恨みの八つ当たり。

 「この機会に、それぞれ弁当を持参して、交換するのは如何でしょうか。勿論、自信に欠けるようでしたら、料理人に作ってもらっても良い、と思います。婚約者に昼食を用意する心が、大事なのですよね?」

 できるだけ穏やかに、にこやかに話すよう心がけた。
 三人は、後ろに控える召使い達も含めて、沈黙している。

 居心地悪い。早く帰りたい。でも、結局、弁当を幾つ用意すればいいのか、確認しないと帰れない。
 そういえば、転生悪役令嬢が、婚約者に弁当作る漫画もあった気がする。大丈夫。弁当という単語が、存在するのだ。私の主張は、そんなに変な話ではない、と思いたい。

 「学園に在籍中、料理を学ぶ機会は、男女共にあります。卒業年度には、野営訓練で、調理実習も行います」

 話し始めたのは、バスチアンだった。
 彼はまだ二年次だが、王子の近侍として教育課程を三年分把握しているようだ。いや、普通の生徒は知っている事かも。サンドリーヌが知らないだけで。
 あり得る。

 「あら、結構なことですわ」

 おほほ、と笑う。悪役令嬢ぽいな。これも、王子の心が離れる一因かも。

 「つまりサンドリーヌは、手作り弁当を差し入れる代償だいしょうとして、私に弁当を作れ、と要求するのだな?」

 久々にシャルル王子が喋った気がする。どさくさに紛れて呼び捨ての上、ほぼ喧嘩腰けんかごしである。
 やっぱり怒らせたか。しかしここで引いたら悪役令嬢がすたる。
 悪役令嬢道をまっとうする気はない。ないけど。

 「元々、各自で昼食を用意する決まりでしょう? ご自分で調理なさって、ご自身で召し上がるのが、本筋ほんすじです。出来栄えがよろしければ、味見してもよろしゅうございます。勿論、料理人にお任せしても構いませんのよ。無理をなさらないように」

 どうも、上から目線が抜けない。サンドリーヌ補正と呼ぶべきか。
 これでは、喧嘩を買っている。王子にしてみれば、私が喧嘩を売った側になるが。

 「私とて、弁当程度の調理は出来る。そなたこそ、料理人に任せきりにして、自分が作ったなどと誤魔化ごまかさぬようにせよ」

 王族から言質げんちを取ってしまった。不敬にも、してやったり、と思ってしまう。

 「私、料理の基本については心得がございます。では、後ほどお好みを問い合わせます」

 「今、本人に聞けば良いではないか」

 「普段、食事のお世話を担当する者に聞いた方が要を得られます。私の方の好みも、同じようにしてお伝えいたします」

 「それなら同じ条件だな。よかろう」

 「バスチアン様のお弁当も、味見させてくださいね。楽しみにしております」

 私は満面の笑みを浮かべて、王子の近侍を見た。彼に代理で作らせないため、そしてドリアーヌにお返しをさせるため、である。
 もらいっぱなしは、良くない。

 「承知しました」

 短く返事をしたバスチアンは、戸惑った表情だった。まさか自分が弁当作りをする羽目になるとは、夢にも思っていなかったのだろう。
 私も、つい先程まで、同じ気持ちだったわ。

 どうしてこうなった? 私も知りたい。


 日帰り散策は、当日、現地集合現地解散の行事である。

 それで、多くの生徒は、前日から自宅へ戻る。ただ、自宅が遠いなど、寮に残る生徒も一定数いる。
 彼らのため、当日学園から、送迎の馬車が出る。

 辺境伯爵家のフロランスも自宅は遠いのだが、ポワチエ家は首都に別宅を構えている。当時はそちらへ泊まったのだろう。

 リュシアンが、去年自分の行事の際に、弁当を作ってもらった、と自慢気に話していた、その弁当も、別宅で作ったに違いない。

 私の自宅は、首都ど真ん中で、学園からも近い場所にある。前夜から泊まり込んで弁当作りだ。
 その前に、シェフに連絡して、食材を調達してもらう必要がある。


 弁当作りは、意外と何とかなった。

 中世の台所である。ガスコンロも電子レンジも冷蔵庫も炊飯器もミキサーもない。
 その代わり、鍋フライパン、ボウル、ザル、お玉、泡立て器、おろし器、大小のスプーン、包丁、まな板、もしくはそれに代わる道具類は、大体同じだった。

 菜箸さいばしはなかったが、これはすぐ作ってもらえた。最悪でも細い棒が二本あればいい。
 そして、前世の私は、ミキサーを洗うのが面倒臭いので家に置いていなかったし、同じ理由で電動泡立て器も使ったことがない。

 前世の息子が、食物アレルギー持ちだった。私は市販のレトルトや冷凍品に頼れず、代替品を作るため、色々工夫していた。それっぽい料理を作るのは、割と得意かもしれない。

 という訳で、火加減さえどうにかできれば、この世界の台所でも、普通に料理することができたのである。そして火加減はシェフにしてもらった。それぐらいは、やってもらっても良かろう。

 醤油も味噌もないけれど、ご飯も炊けるし、麺も一応作れる。作れないのは、酵母を使うパンぐらいである。

 大変な部分は、前世でも今世でも一緒だった。まず、食材が限られている。

 この世界にはジャガイモ、サツマイモ、コーン、トマト、カボチャ、唐辛子がない。と言うことは、ピーマンやパプリカもない。

 ちなみにアボカドやパイナップル、カカオもない!

 アメリカ大陸に相当する地が存在しないようだ。乙女ゲーだか漫画だか知らないが、そんなところで設定を厳密にしなくたってよかろうに。
 追加シナリオで発見される予定だったりして? ゲームでアップデートが来たら、この世界にも反映されるのだろうか。

 問題はむしろ、シャルル王子の偏食の方だった。奴は野菜と魚が嫌いだ。好きなのは肉ばかり。しかも濃い味付けが好みとか。
 如何にも十五歳の男の子らしい。ディディエも王子ほどではないが、野菜が苦手ときている。前世の夫や息子と一緒である。

 栄養面や見栄えを考えるとしゃくさわるが、どうせ一回限りの食事である。
 好きな物を美味しく食べてもらった方がいい。

 私はどうにか肉肉にくにく弁当を二人前仕上げた。王子が弁当をくれなかったら、私がこれを平らげるのだ。
 自分で食べるなら、せめて、トマトが欲しかった。


 「サンドリーヌ様!」

 ディディエと馬車を降りると、ドリアーヌ=シャトノワが駆け寄ってきた。ほっそりとした体に似合わぬ、大きな背嚢はいのうを背負っている。私と弟も、似たような荷物である。貴族は存外に体力勝負だ。

 「おはよう、ドリアーヌ様」

 尻をさすりたいのを我慢して、笑みを作る。

 そうなのだ。ゴムも存在しない。あれの原産地は、アメリカ大陸ではないだろう。
 そこは、中世世界という縛りで存在しないようだった。だ、か、ら、そこにリアリティは必要ないと思うのだが。

 ともかくも、この世界には、タイヤがない。つまり車輪は、地面からの振動を、直接尻に伝える。
 クッション敷いてもずれるし、距離によっては、馬に乗った方が、むしろ尻に優しそうだ。

 「おはようございます。サンドリーヌ様、ディディエ様。サンドリーヌ様には、先日お茶会にお越しいただき、ありがとうございました。お陰さまで、今朝方バスチアン様から、お弁当を差し入れていただきました」

 「あら素敵」

 ドリアーヌは、嬉しそうに背嚢をこちらへ向けた。中身は見えないが、そこに婚約者特製弁当が入っているのだろう。
 余計なお世話か、と悩みもしたが、結果、喜んでもらえたようで、良かった。

 近侍が婚約者に作ったなら、王子も弁当の用意ぐらいはしただろう。果たして、どれだけおのが手をわずらわせたか。
 正直なところ、ほとんど期待はしていない。出来上がった惣菜そうざいを、自分で詰めるだけでも、上出来である。

 「それで‥‥よろしければ、本日ご一緒したいのです」
 「私は構いませんが。同じクラスの方と、お約束なさっているのではありませんか?」

 ドリアーヌは、私と別のクラスである。ちなみに、ディディエも王子も私とは別のクラスだ。成績順なのである。

 「今日は、特に約束しておりません」
 「では、ご一緒に」
 「はい」

 「僕も、今日は一日姉様と一緒」

 ディディエは、私から離れる気がない。
 また、親衛隊ににらまれそうだ。

 彼も推定攻略対象である。
 こちらから意地悪を仕掛けるのではなく、攻略対象が寄ってくるのも、破滅フラグと結びつくのだろうか。
 だとしたら、絶海の孤島へ引きこもるぐらいの行動を起こさないと、破滅はまぬがれない。
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