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第一章 新入生

7 断罪フラグを立てたかもしれない

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 集合場所は、スタート地点でもある。そこで行事の説明を受けた。

 まず、森の簡単な地図が配られる。基本的には、行って帰って来ればいい。時間差で、何グループかに分けて出発させるが、単独行動も可能。

 スタート地点を含め、チェックポイントが、全部で七箇所ある。実質、六箇所を探し当てることが、クリア条件。
 もし、ポイントが見つけ出せなくとも、ゴール地点まで無事に戻ることが、大事。

 ゴールは、スタートと同じ場所である。
 各ポイントに到着すると、印のピースが貰えて、次のポイントへのヒントが示される。
 ヒントと地図を照らし合わせて、ポイントを探す。

 オリエンテーリングである。

 先生が、その場にいる生徒を、適当に線引きした。一緒にいた私達は、難なく同じグループになった。
 ディディエの親衛隊らしき集団も一緒になった。彼女らは、無理矢理に距離を詰めて、話しかけるまではしてこない。
 案外、可愛らしい人達だ。

 私の悪評に、恐れをなしているだけかもしれない。

 先発グループと、十分に間を開けて、出発の許可が出た。目指すポイントは、森の中である。
 前に行ったグループの姿は見えない。
 恐らく、ヒントをくださる先生方が、グループ毎に別の順番で回るように、組んでいる。

 時間差で出発しても、追いつこうと思えばできる。結果、全員同じ道順を辿たどれば、不公平になる。

 「ヒントは簡単でも、答えのある場所を探すのが、大変です」

 木漏こもれ日に目を細めながら、上を向いて歩き続けるディディエとドリアーヌ。時々、地図に目を落とす。
 私も見上げてみるが、当然のごと木と葉ばかりである。

 親衛隊の面々は、そんな二人を遠巻きに見ながら、お喋りしたり、一緒に見上げたりしている。私と同様、わかっていないと察する。

 「答えは何なの?」

 ディディエに聞いてみる。
 もらったヒントは、『とんとんとんケラララ掘るぞ掘るぞ高い峯』である。
 高い山も見えないし、地面に怪しげな物も落ちていない。お手上げだ。

 「アオゲラという緑色の鳥です、姉様」

 〇〇ゲラ、という名と、ヒントがようやく結びついた。
 キツツキか。
 私はキツツキといえばアカゲラ、赤い頭で白黒まだらの奴しか知らない。だが、同じキツツキの仲間なら、緑色でも形で見分けられるんじゃないか。

 「皆さん、アオゲラの巣を探してくださる?」

 お喋り中の親衛隊に、声をかけてみた。
 鳥は飛ぶ。探すなら、巣の方じゃないか、と思ったのだ。もしかしたら、剥製はくせいをポイントに置いてあるかもしれない。

 親衛隊はびっくりしたようだったが、ディディエに見られていることに気付くと、口々に、勿論ですわ、とか言いながら、先ほどより熱心に上を探し始めた。
 言ってみるものである。

 捜索人数が増えた甲斐かいあって、間もなく目当てのポイントが見つかった。
 答えとなる鳥の看板と、攻略印のピース、次の地点へのヒントが設置してある。

 アオゲラも、頭は赤かった。ディディエが教えてくれた通り、体色も青というより緑、うぐいす色に近い。
 知らなかったし、初めて見た。

 各自一つずつピースを取り、ヒントを解読する。『沢山の腕とてのひらに守られた古い屋敷』

 「の木、それも大木でしょうね」

 即答するドリアーヌ。頷くディディエ。
 この二人と一緒で良かった。一人で解こうと思ったら、永遠に森を彷徨さまよう羽目になること確実だ。

 アオゲラポイントを二人にならって地図に書き込めば、次への道が見えてくる筈だが、私には目指す地点がわからない。

 「ドリアーヌ嬢。この辺りにありそうですね」
 「まず、そこを目指しましょう」

 二人が指したのは、ならの林、と書かれた場所であった。
 森の中と言っても、きちんと下草が刈ってあり、道もできている。探検でなく散策と名付けられたのも、頷ける。

 しばらく進むと、前方から人の気配がした。互いに近付く。

 「お、サンドリーヌではないか」

 のっけから、呼び捨てにされた。
 シャルル王子である。婚約者でもあるし、文句は言えない。
 側には、腕を絡めたアメリ=デュモンドがいた。

 ほうほう。順調に落としつつある訳ですな。

 ドリアーヌとディディエが挨拶も忘れたふりをし、厳しい目で絡んだ腕を見つめる。
 私達の視線に気付いた王子が、さりげなく腕を振り解こうとするが、アメリが許さない。

 私はにらんでいた訳ではない。生ぬるい目で見守ったつもりだった。
 ほら、悪役令嬢が、ヒロインの邪魔をしたら、断罪されるから。
 でも、王子の婚約者サンドリーヌの立場上、放置もできないことに気付いた。

 王子の取り巻きを始め、こちら側にも目撃者が大勢いた。

 もしかして、私がアメリをいじめないと始まらない?
 ということは、これはイベントですか。 

 「殿下は、どちらのポイントをお探しですの?」

 ここで揉めるのは、時間の無駄である。お腹も空いてきたし。
 男爵令嬢の存在を無視するのも、一つのやり方だ。

 「アオゲラ。そなた達は?」

 「ならの木ですわ。アオゲラは既に済みました。お昼は、ご一緒できそうにありませんね」
 「いや。アオゲラはすぐに済む。ならの木のポイントで待っていろ。すぐ追いつく」

 えーやだ。お腹空いた。

 それに、アメリの妨害が入るのは、目に見えている。無駄に待ちぼうけして、ドリアーヌとディディエの成績も落とせ、とおっしゃる?
 とは言えない。

 「では、ここでお弁当を交換しましょう。そうすれば、食べながらお待ちしますわ」

 それにどうせ来ないんだから、先へ進めるし。

 「交換?」

 ヒロインが首を傾げる。そう。これは、どう考えても、シナリオ外の出来事だろう。

 私が前世の記憶に引きずられ、腹立ちまぎれに王子に弁当を作らせたせいである。
 どこの乙女ゲームで、王子に弁当作らせるかっての。

 「ここで食べればいい。ちょうど、空腹を覚えてきたところだ」
 「‥‥そうですか」

 周囲を見渡す。森の中である。木はあちこち生えているが、下草は刈られている。数人ずつ固まって弁当を掻き込むぐらいのスペースはある。
 シートを広げて優雅に寝転ぶピクニック的展開は、ちょっと無理だな。

 「では、お昼にしましょう。私クッキーを‥‥」
 「悪いが、私は婚約者と先約を果たさねばならない。君は、他の人と食べてくれ」

 アメリが荷物を取り出そうとする隙を付き、王子は彼女の腕から逃れた。あら?

 「では、ディディエ様と‥‥」
 「私は、見届け人として、立ち会わねばなりません。では失礼」

 急に大人びた雰囲気をかもし出す弟。
 王子と弁当を交換する話はしてあったが、そんな約束した覚えない。

 「バスチアン様の分も、採点なさるんですよね、サンドリーヌ様。行きましょう」

 ドリアーヌが、王子の後ろに控える令嬢達に目で何か訴えながら、私の腕を取った。彼女たちは、急に騒ぎ出す。

 「あ、アメリさん、私達とお昼をご一緒しましょう」
 「まあ。あちらに、良さそうな場所がありますことよ」
 「あら、本当。行きましょう」
 「え、私は王子とイベ‥‥」

 令嬢達はヒロインを囲み、昼食に誘い出した。
 こちらを睨む、ローズブロンドの頭が遠ざかる。
 私も、反対方向に連れ去られた。


 「姉様のお料理、美味しい」
 「ありがとう」

 「サンドリーヌ様、こちらの鴨肉も、お召し上がりください」
 「まあ。オレンジジャムを挟んであるのね。とてもよく合うわ。バスチアン様は、お料理のセンスがよろしくてよ」

 と盛り上がる私達の横で、シャルル王子が黙々と、私の作った肉肉弁当を食べている。鶏の照り焼き風と蒸し餃子、ローストビーフである。もう、栄養バランスとかいろどりは無視した。

 照り焼きは醤油がないから魚醤ぎょしょうを使って、砂糖の代わりにマーマレードをしこたま入れた。
 ローストビーフも見よう見まねで、なんちゃって料理である。
 餃子の中身については、白菜も長ネギもないから、似た野菜で代用した。
 どれも王子にとっては初見で馴染なじみのない味の筈だが、食の進み具合からすると、口に合ったようだ。

 王子から貰った弁当には、うずらのフォアグラ詰めと、人参のバタートリュフえ、オムレツキャビア包みとジャムを塗ったパンが入っていた。
 王家の潤沢じゅんたくな予算をうかがわせるぜいらした食材使いで、当然美味である。

 どこまで自力で作ったか疑惑はあるが、そこは突っ込まない。ディディエとドリアーヌにも切り分けたら、お返しに、バスチアン弁当も分けてくれた。

 こちらは、メロンの生ハム巻き、鴨肉燻製くんせいのジャム詰め、チーズスライス、と完全に自作らしい品書きであった。生ハムや燻製は、シェフの作り置きを使っても、自作に含めていいだろう。

 「殿下、美味しいお弁当でした。ありがとうございます」
 「うむ。サンドリーヌの料理は変わった品ばかりだったが、まあまあ良かったぞ」

 王子、完食。代作疑惑はぬぐえないが、品数と美味しさではこちらの負けだ。
 勝ち負けはともかく、王子に弁当作りの面倒臭さを多少なりとも理解してもらえた、と考えると、溜飲りゅういんは下がった。

 「では、続きをいたしましょう。殿下は、あちらのアオゲラ探しでしたわね」

 私は弁当のからを片付けがてら、立ち上がった。

 「一緒に行く」
 「は」

 「の木も、まだ見つけていない。アオゲラは、帰り道で通るだろう」
 「時間の関係で、殿下だけアオゲラポイントに行けないかもしれませんよ」

 「私は、沼のポイントを、そなたらに教えられる。言い争うだけ時間の無駄だ。ディディエ=ヴェルマンドワ殿。ならの木まで案内せよ」

 「承知しました」

 ここで弟に命じるなんて、ずるい。公正な学校生活はどうしたのだ。
 王子はディディエを先に立たせ、既に進み始めている。

 最後に、辺りを見回してみた。ローズブロンドの髪は、影も形もない。ついでに弟の親衛隊もいない。学園行事といえども、王子を独り残すのは心配だ。仕方なく、後につく。

 「アメリ嬢と、離れたかったのでしょうね」

 並んで歩くドリアーヌがつぶやく。私と王子が、一緒に行動することを、喜んでいる。この子、優秀な上に心優しい。悪役令嬢の代わりをさせてはいけないわ。

 「はぐれてしまったから、効率良く切り替えたのでしょう」

 シャルル王子とアメリは、皆に見とがめられるまで、腕を組んでいた。

 ヒロインは転生者である。あそこまで、確実に好感度を上げてきたに違いない。
 想定外とはいえ、恋愛イベントの邪魔をしてしまったようだ。

 だって、睨んでいたからね。

 やはり、弁当の件で王子に喧嘩をふっかけた時に、断罪フラグが立ったのだ。
 自重じちょうしなければ、転落一途である。

 私は下降気味の心持ちを押し隠し、顔を上げて歩を進めた。
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