7 / 42
第一章 新入生
7 断罪フラグを立てたかもしれない
しおりを挟む
集合場所は、スタート地点でもある。そこで行事の説明を受けた。
まず、森の簡単な地図が配られる。基本的には、行って帰って来ればいい。時間差で、何グループかに分けて出発させるが、単独行動も可能。
スタート地点を含め、チェックポイントが、全部で七箇所ある。実質、六箇所を探し当てることが、クリア条件。
もし、ポイントが見つけ出せなくとも、ゴール地点まで無事に戻ることが、大事。
ゴールは、スタートと同じ場所である。
各ポイントに到着すると、印のピースが貰えて、次のポイントへのヒントが示される。
ヒントと地図を照らし合わせて、ポイントを探す。
オリエンテーリングである。
先生が、その場にいる生徒を、適当に線引きした。一緒にいた私達は、難なく同じグループになった。
ディディエの親衛隊らしき集団も一緒になった。彼女らは、無理矢理に距離を詰めて、話しかけるまではしてこない。
案外、可愛らしい人達だ。
私の悪評に、恐れをなしているだけかもしれない。
先発グループと、十分に間を開けて、出発の許可が出た。目指すポイントは、森の中である。
前に行ったグループの姿は見えない。
恐らく、ヒントをくださる先生方が、グループ毎に別の順番で回るように、組んでいる。
時間差で出発しても、追いつこうと思えばできる。結果、全員同じ道順を辿れば、不公平になる。
「ヒントは簡単でも、答えのある場所を探すのが、大変です」
木漏れ日に目を細めながら、上を向いて歩き続けるディディエとドリアーヌ。時々、地図に目を落とす。
私も見上げてみるが、当然のごと木と葉ばかりである。
親衛隊の面々は、そんな二人を遠巻きに見ながら、お喋りしたり、一緒に見上げたりしている。私と同様、わかっていないと察する。
「答えは何なの?」
ディディエに聞いてみる。
もらったヒントは、『とんとんとんケラララ掘るぞ掘るぞ高い峯』である。
高い山も見えないし、地面に怪しげな物も落ちていない。お手上げだ。
「アオゲラという緑色の鳥です、姉様」
〇〇ゲラ、という名と、ヒントが漸く結びついた。
キツツキか。
私はキツツキといえばアカゲラ、赤い頭で白黒まだらの奴しか知らない。だが、同じキツツキの仲間なら、緑色でも形で見分けられるんじゃないか。
「皆さん、アオゲラの巣を探してくださる?」
お喋り中の親衛隊に、声をかけてみた。
鳥は飛ぶ。探すなら、巣の方じゃないか、と思ったのだ。もしかしたら、剥製をポイントに置いてあるかもしれない。
親衛隊はびっくりしたようだったが、ディディエに見られていることに気付くと、口々に、勿論ですわ、とか言いながら、先ほどより熱心に上を探し始めた。
言ってみるものである。
捜索人数が増えた甲斐あって、間もなく目当てのポイントが見つかった。
答えとなる鳥の看板と、攻略印のピース、次の地点へのヒントが設置してある。
アオゲラも、頭は赤かった。ディディエが教えてくれた通り、体色も青というより緑、鶯色に近い。
知らなかったし、初めて見た。
各自一つずつピースを取り、ヒントを解読する。『沢山の腕と掌に守られた古い屋敷』
「ならの木、それも大木でしょうね」
即答するドリアーヌ。頷くディディエ。
この二人と一緒で良かった。一人で解こうと思ったら、永遠に森を彷徨う羽目になること確実だ。
アオゲラポイントを二人に倣って地図に書き込めば、次への道が見えてくる筈だが、私には目指す地点がわからない。
「ドリアーヌ嬢。この辺りにありそうですね」
「まず、そこを目指しましょう」
二人が指したのは、ならの林、と書かれた場所であった。
森の中と言っても、きちんと下草が刈ってあり、道もできている。探検でなく散策と名付けられたのも、頷ける。
しばらく進むと、前方から人の気配がした。互いに近付く。
「お、サンドリーヌではないか」
のっけから、呼び捨てにされた。
シャルル王子である。婚約者でもあるし、文句は言えない。
側には、腕を絡めたアメリ=デュモンドがいた。
ほうほう。順調に落としつつある訳ですな。
ドリアーヌとディディエが挨拶も忘れたふりをし、厳しい目で絡んだ腕を見つめる。
私達の視線に気付いた王子が、さりげなく腕を振り解こうとするが、アメリが許さない。
私は睨んでいた訳ではない。生ぬるい目で見守ったつもりだった。
ほら、悪役令嬢が、ヒロインの邪魔をしたら、断罪されるから。
でも、王子の婚約者サンドリーヌの立場上、放置もできないことに気付いた。
王子の取り巻きを始め、こちら側にも目撃者が大勢いた。
もしかして、私がアメリを虐めないと始まらない?
ということは、これはイベントですか。
「殿下は、どちらのポイントをお探しですの?」
ここで揉めるのは、時間の無駄である。お腹も空いてきたし。
男爵令嬢の存在を無視するのも、一つのやり方だ。
「アオゲラ。そなた達は?」
「ならの木ですわ。アオゲラは既に済みました。お昼は、ご一緒できそうにありませんね」
「いや。アオゲラはすぐに済む。ならの木のポイントで待っていろ。すぐ追いつく」
えーやだ。お腹空いた。
それに、アメリの妨害が入るのは、目に見えている。無駄に待ちぼうけして、ドリアーヌとディディエの成績も落とせ、と仰る?
とは言えない。
「では、ここでお弁当を交換しましょう。そうすれば、食べながらお待ちしますわ」
それにどうせ来ないんだから、先へ進めるし。
「交換?」
ヒロインが首を傾げる。そう。これは、どう考えても、シナリオ外の出来事だろう。
私が前世の記憶に引きずられ、腹立ち紛れに王子に弁当を作らせたせいである。
どこの乙女ゲームで、王子に弁当作らせるかっての。
「ここで食べればいい。ちょうど、空腹を覚えてきたところだ」
「‥‥そうですか」
周囲を見渡す。森の中である。木はあちこち生えているが、下草は刈られている。数人ずつ固まって弁当を掻き込むぐらいのスペースはある。
シートを広げて優雅に寝転ぶピクニック的展開は、ちょっと無理だな。
「では、お昼にしましょう。私クッキーを‥‥」
「悪いが、私は婚約者と先約を果たさねばならない。君は、他の人と食べてくれ」
アメリが荷物を取り出そうとする隙を付き、王子は彼女の腕から逃れた。あら?
「では、ディディエ様と‥‥」
「私は、見届け人として、立ち会わねばなりません。では失礼」
急に大人びた雰囲気を醸し出す弟。
王子と弁当を交換する話はしてあったが、そんな約束した覚えない。
「バスチアン様の分も、採点なさるんですよね、サンドリーヌ様。行きましょう」
ドリアーヌが、王子の後ろに控える令嬢達に目で何か訴えながら、私の腕を取った。彼女たちは、急に騒ぎ出す。
「あ、アメリさん、私達とお昼をご一緒しましょう」
「まあ。あちらに、良さそうな場所がありますことよ」
「あら、本当。行きましょう」
「え、私は王子とイベ‥‥」
令嬢達はヒロインを囲み、昼食に誘い出した。
こちらを睨む、ローズブロンドの頭が遠ざかる。
私も、反対方向に連れ去られた。
「姉様のお料理、美味しい」
「ありがとう」
「サンドリーヌ様、こちらの鴨肉も、お召し上がりください」
「まあ。オレンジジャムを挟んであるのね。とてもよく合うわ。バスチアン様は、お料理のセンスがよろしくてよ」
と盛り上がる私達の横で、シャルル王子が黙々と、私の作った肉肉弁当を食べている。鶏の照り焼き風と蒸し餃子、ローストビーフである。もう、栄養バランスとか彩りは無視した。
照り焼きは醤油がないから魚醤を使って、砂糖の代わりにマーマレードをしこたま入れた。
ローストビーフも見よう見まねで、なんちゃって料理である。
餃子の中身については、白菜も長ネギもないから、似た野菜で代用した。
どれも王子にとっては初見で馴染みのない味の筈だが、食の進み具合からすると、口に合ったようだ。
王子から貰った弁当には、鶉のフォアグラ詰めと、人参のバタートリュフ和え、オムレツキャビア包みとジャムを塗ったパンが入っていた。
王家の潤沢な予算を窺わせる贅を凝らした食材使いで、当然美味である。
どこまで自力で作ったか疑惑はあるが、そこは突っ込まない。ディディエとドリアーヌにも切り分けたら、お返しに、バスチアン弁当も分けてくれた。
こちらは、メロンの生ハム巻き、鴨肉燻製のジャム詰め、チーズスライス、と完全に自作らしい品書きであった。生ハムや燻製は、シェフの作り置きを使っても、自作に含めていいだろう。
「殿下、美味しいお弁当でした。ありがとうございます」
「うむ。サンドリーヌの料理は変わった品ばかりだったが、まあまあ良かったぞ」
王子、完食。代作疑惑は拭えないが、品数と美味しさではこちらの負けだ。
勝ち負けはともかく、王子に弁当作りの面倒臭さを多少なりとも理解してもらえた、と考えると、溜飲は下がった。
「では、続きをいたしましょう。殿下は、あちらのアオゲラ探しでしたわね」
私は弁当の殻を片付けがてら、立ち上がった。
「一緒に行く」
「は」
「ならの木も、まだ見つけていない。アオゲラは、帰り道で通るだろう」
「時間の関係で、殿下だけアオゲラポイントに行けないかもしれませんよ」
「私は、沼のポイントを、そなたらに教えられる。言い争うだけ時間の無駄だ。ディディエ=ヴェルマンドワ殿。ならの木まで案内せよ」
「承知しました」
ここで弟に命じるなんて、ずるい。公正な学校生活はどうしたのだ。
王子はディディエを先に立たせ、既に進み始めている。
最後に、辺りを見回してみた。ローズブロンドの髪は、影も形もない。ついでに弟の親衛隊もいない。学園行事といえども、王子を独り残すのは心配だ。仕方なく、後につく。
「アメリ嬢と、離れたかったのでしょうね」
並んで歩くドリアーヌが呟く。私と王子が、一緒に行動することを、喜んでいる。この子、優秀な上に心優しい。悪役令嬢の代わりをさせてはいけないわ。
「はぐれてしまったから、効率良く切り替えたのでしょう」
シャルル王子とアメリは、皆に見咎められるまで、腕を組んでいた。
ヒロインは転生者である。あそこまで、確実に好感度を上げてきたに違いない。
想定外とはいえ、恋愛イベントの邪魔をしてしまったようだ。
だって、睨んでいたからね。
やはり、弁当の件で王子に喧嘩をふっかけた時に、断罪フラグが立ったのだ。
自重しなければ、転落一途である。
私は下降気味の心持ちを押し隠し、顔を上げて歩を進めた。
まず、森の簡単な地図が配られる。基本的には、行って帰って来ればいい。時間差で、何グループかに分けて出発させるが、単独行動も可能。
スタート地点を含め、チェックポイントが、全部で七箇所ある。実質、六箇所を探し当てることが、クリア条件。
もし、ポイントが見つけ出せなくとも、ゴール地点まで無事に戻ることが、大事。
ゴールは、スタートと同じ場所である。
各ポイントに到着すると、印のピースが貰えて、次のポイントへのヒントが示される。
ヒントと地図を照らし合わせて、ポイントを探す。
オリエンテーリングである。
先生が、その場にいる生徒を、適当に線引きした。一緒にいた私達は、難なく同じグループになった。
ディディエの親衛隊らしき集団も一緒になった。彼女らは、無理矢理に距離を詰めて、話しかけるまではしてこない。
案外、可愛らしい人達だ。
私の悪評に、恐れをなしているだけかもしれない。
先発グループと、十分に間を開けて、出発の許可が出た。目指すポイントは、森の中である。
前に行ったグループの姿は見えない。
恐らく、ヒントをくださる先生方が、グループ毎に別の順番で回るように、組んでいる。
時間差で出発しても、追いつこうと思えばできる。結果、全員同じ道順を辿れば、不公平になる。
「ヒントは簡単でも、答えのある場所を探すのが、大変です」
木漏れ日に目を細めながら、上を向いて歩き続けるディディエとドリアーヌ。時々、地図に目を落とす。
私も見上げてみるが、当然のごと木と葉ばかりである。
親衛隊の面々は、そんな二人を遠巻きに見ながら、お喋りしたり、一緒に見上げたりしている。私と同様、わかっていないと察する。
「答えは何なの?」
ディディエに聞いてみる。
もらったヒントは、『とんとんとんケラララ掘るぞ掘るぞ高い峯』である。
高い山も見えないし、地面に怪しげな物も落ちていない。お手上げだ。
「アオゲラという緑色の鳥です、姉様」
〇〇ゲラ、という名と、ヒントが漸く結びついた。
キツツキか。
私はキツツキといえばアカゲラ、赤い頭で白黒まだらの奴しか知らない。だが、同じキツツキの仲間なら、緑色でも形で見分けられるんじゃないか。
「皆さん、アオゲラの巣を探してくださる?」
お喋り中の親衛隊に、声をかけてみた。
鳥は飛ぶ。探すなら、巣の方じゃないか、と思ったのだ。もしかしたら、剥製をポイントに置いてあるかもしれない。
親衛隊はびっくりしたようだったが、ディディエに見られていることに気付くと、口々に、勿論ですわ、とか言いながら、先ほどより熱心に上を探し始めた。
言ってみるものである。
捜索人数が増えた甲斐あって、間もなく目当てのポイントが見つかった。
答えとなる鳥の看板と、攻略印のピース、次の地点へのヒントが設置してある。
アオゲラも、頭は赤かった。ディディエが教えてくれた通り、体色も青というより緑、鶯色に近い。
知らなかったし、初めて見た。
各自一つずつピースを取り、ヒントを解読する。『沢山の腕と掌に守られた古い屋敷』
「ならの木、それも大木でしょうね」
即答するドリアーヌ。頷くディディエ。
この二人と一緒で良かった。一人で解こうと思ったら、永遠に森を彷徨う羽目になること確実だ。
アオゲラポイントを二人に倣って地図に書き込めば、次への道が見えてくる筈だが、私には目指す地点がわからない。
「ドリアーヌ嬢。この辺りにありそうですね」
「まず、そこを目指しましょう」
二人が指したのは、ならの林、と書かれた場所であった。
森の中と言っても、きちんと下草が刈ってあり、道もできている。探検でなく散策と名付けられたのも、頷ける。
しばらく進むと、前方から人の気配がした。互いに近付く。
「お、サンドリーヌではないか」
のっけから、呼び捨てにされた。
シャルル王子である。婚約者でもあるし、文句は言えない。
側には、腕を絡めたアメリ=デュモンドがいた。
ほうほう。順調に落としつつある訳ですな。
ドリアーヌとディディエが挨拶も忘れたふりをし、厳しい目で絡んだ腕を見つめる。
私達の視線に気付いた王子が、さりげなく腕を振り解こうとするが、アメリが許さない。
私は睨んでいた訳ではない。生ぬるい目で見守ったつもりだった。
ほら、悪役令嬢が、ヒロインの邪魔をしたら、断罪されるから。
でも、王子の婚約者サンドリーヌの立場上、放置もできないことに気付いた。
王子の取り巻きを始め、こちら側にも目撃者が大勢いた。
もしかして、私がアメリを虐めないと始まらない?
ということは、これはイベントですか。
「殿下は、どちらのポイントをお探しですの?」
ここで揉めるのは、時間の無駄である。お腹も空いてきたし。
男爵令嬢の存在を無視するのも、一つのやり方だ。
「アオゲラ。そなた達は?」
「ならの木ですわ。アオゲラは既に済みました。お昼は、ご一緒できそうにありませんね」
「いや。アオゲラはすぐに済む。ならの木のポイントで待っていろ。すぐ追いつく」
えーやだ。お腹空いた。
それに、アメリの妨害が入るのは、目に見えている。無駄に待ちぼうけして、ドリアーヌとディディエの成績も落とせ、と仰る?
とは言えない。
「では、ここでお弁当を交換しましょう。そうすれば、食べながらお待ちしますわ」
それにどうせ来ないんだから、先へ進めるし。
「交換?」
ヒロインが首を傾げる。そう。これは、どう考えても、シナリオ外の出来事だろう。
私が前世の記憶に引きずられ、腹立ち紛れに王子に弁当を作らせたせいである。
どこの乙女ゲームで、王子に弁当作らせるかっての。
「ここで食べればいい。ちょうど、空腹を覚えてきたところだ」
「‥‥そうですか」
周囲を見渡す。森の中である。木はあちこち生えているが、下草は刈られている。数人ずつ固まって弁当を掻き込むぐらいのスペースはある。
シートを広げて優雅に寝転ぶピクニック的展開は、ちょっと無理だな。
「では、お昼にしましょう。私クッキーを‥‥」
「悪いが、私は婚約者と先約を果たさねばならない。君は、他の人と食べてくれ」
アメリが荷物を取り出そうとする隙を付き、王子は彼女の腕から逃れた。あら?
「では、ディディエ様と‥‥」
「私は、見届け人として、立ち会わねばなりません。では失礼」
急に大人びた雰囲気を醸し出す弟。
王子と弁当を交換する話はしてあったが、そんな約束した覚えない。
「バスチアン様の分も、採点なさるんですよね、サンドリーヌ様。行きましょう」
ドリアーヌが、王子の後ろに控える令嬢達に目で何か訴えながら、私の腕を取った。彼女たちは、急に騒ぎ出す。
「あ、アメリさん、私達とお昼をご一緒しましょう」
「まあ。あちらに、良さそうな場所がありますことよ」
「あら、本当。行きましょう」
「え、私は王子とイベ‥‥」
令嬢達はヒロインを囲み、昼食に誘い出した。
こちらを睨む、ローズブロンドの頭が遠ざかる。
私も、反対方向に連れ去られた。
「姉様のお料理、美味しい」
「ありがとう」
「サンドリーヌ様、こちらの鴨肉も、お召し上がりください」
「まあ。オレンジジャムを挟んであるのね。とてもよく合うわ。バスチアン様は、お料理のセンスがよろしくてよ」
と盛り上がる私達の横で、シャルル王子が黙々と、私の作った肉肉弁当を食べている。鶏の照り焼き風と蒸し餃子、ローストビーフである。もう、栄養バランスとか彩りは無視した。
照り焼きは醤油がないから魚醤を使って、砂糖の代わりにマーマレードをしこたま入れた。
ローストビーフも見よう見まねで、なんちゃって料理である。
餃子の中身については、白菜も長ネギもないから、似た野菜で代用した。
どれも王子にとっては初見で馴染みのない味の筈だが、食の進み具合からすると、口に合ったようだ。
王子から貰った弁当には、鶉のフォアグラ詰めと、人参のバタートリュフ和え、オムレツキャビア包みとジャムを塗ったパンが入っていた。
王家の潤沢な予算を窺わせる贅を凝らした食材使いで、当然美味である。
どこまで自力で作ったか疑惑はあるが、そこは突っ込まない。ディディエとドリアーヌにも切り分けたら、お返しに、バスチアン弁当も分けてくれた。
こちらは、メロンの生ハム巻き、鴨肉燻製のジャム詰め、チーズスライス、と完全に自作らしい品書きであった。生ハムや燻製は、シェフの作り置きを使っても、自作に含めていいだろう。
「殿下、美味しいお弁当でした。ありがとうございます」
「うむ。サンドリーヌの料理は変わった品ばかりだったが、まあまあ良かったぞ」
王子、完食。代作疑惑は拭えないが、品数と美味しさではこちらの負けだ。
勝ち負けはともかく、王子に弁当作りの面倒臭さを多少なりとも理解してもらえた、と考えると、溜飲は下がった。
「では、続きをいたしましょう。殿下は、あちらのアオゲラ探しでしたわね」
私は弁当の殻を片付けがてら、立ち上がった。
「一緒に行く」
「は」
「ならの木も、まだ見つけていない。アオゲラは、帰り道で通るだろう」
「時間の関係で、殿下だけアオゲラポイントに行けないかもしれませんよ」
「私は、沼のポイントを、そなたらに教えられる。言い争うだけ時間の無駄だ。ディディエ=ヴェルマンドワ殿。ならの木まで案内せよ」
「承知しました」
ここで弟に命じるなんて、ずるい。公正な学校生活はどうしたのだ。
王子はディディエを先に立たせ、既に進み始めている。
最後に、辺りを見回してみた。ローズブロンドの髪は、影も形もない。ついでに弟の親衛隊もいない。学園行事といえども、王子を独り残すのは心配だ。仕方なく、後につく。
「アメリ嬢と、離れたかったのでしょうね」
並んで歩くドリアーヌが呟く。私と王子が、一緒に行動することを、喜んでいる。この子、優秀な上に心優しい。悪役令嬢の代わりをさせてはいけないわ。
「はぐれてしまったから、効率良く切り替えたのでしょう」
シャルル王子とアメリは、皆に見咎められるまで、腕を組んでいた。
ヒロインは転生者である。あそこまで、確実に好感度を上げてきたに違いない。
想定外とはいえ、恋愛イベントの邪魔をしてしまったようだ。
だって、睨んでいたからね。
やはり、弁当の件で王子に喧嘩をふっかけた時に、断罪フラグが立ったのだ。
自重しなければ、転落一途である。
私は下降気味の心持ちを押し隠し、顔を上げて歩を進めた。
応援ありがとうございます!
1
お気に入りに追加
38
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる