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第一章 新入生

17 卒業ダンスパーティ

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 断イベなら、私一人で入場するのがテンプレじゃないか。

 前世で読んだ漫画は、そうだった。

 となると、私のパートナーをいくら探したって、見つかる訳がない。
 親切なリュシアンが永久に戻れなかったら、フロランスの卒業パーティが台無だいなしになってしまう。

 どうせ、断罪でめちゃくちゃになるとしても、パーティの最後に設定されているかもしれないのだ。

 「とりあえず今日は、一人で入っても一向いっこうに構いませんので、リュシアン様を探しに行って参ります」

 「ダメよ。私のパートナーが戻るまで、一緒にいてくださらないと」

 フロランスが、私に腕を絡めてきて、あせる。だから、イベントには逆らえないんだってば、と説明できたら、どんなに楽か。

 「でも、見つからなかったら、フロランス様にご迷惑が‥‥」

 「大丈夫。リュスは学校のお勉強はいまいちだけど、馬鹿じゃないのよ」

 ニカッと笑ってみせるフロランスは、自信満々だった。こんな時だけど、素敵な人、と見惚れてしまう。

 「それはもちろん、承知しております」

 武芸だって、筋肉や反射神経だけではトップを張れない。
 私が心配なのは、イベントの強制力だ。シナリオを知らないから、設定期間を一年にしているか、卒業まで数年間かけるかがわからない。

 もしかしたら、今回の卒業パーティは断罪イベントという大舞台ではないかも、というはかない希望にけるしかない。

 目の前を、シャルル王子とアメリが通過した。

 フロランスの腕に、少し力がこもった。王子はつとめてこちらを見ないようにしていたが、私に気付いているのはバレバレである。

 「あ、婚約者のサ」

 アメリが思い切り私を見つけて、注意を引こうとするのを、王子がかなり強引に連れ去った。

 ざわめきが、私の耳にまで届いた。
 そんな空気に構わず、続いて来年度の生徒会役員が、各自かくじパートナーをともなって入場した。
 会場から軽く拍手が聞こえてきた。

 いよいよ卒業生が入場し始めた。リュシアンは戻らない。

 私は必死で考える。
 王子がアメリと入場するのは、驚きでも何でもない。何なら私はパーティを欠席したっていいのだ。
 それより、親切にしてくれたフロランスに、恥をかかせない策を考える方が、大事だった。

 万が一、リュシアンが間に合わなかったら、何としても代わりを見つけなければならない。

 私に使えそうな手駒といえば、ディディエくらい。当然、誰かをエスコートしてくるだろう。
 弟の姿は、まだ見かけない。企画委員として、裏方で飛び回っているかもしれない。

 とりあえず弟に頼もう。
 最悪、入場さえ済ませれば、踊るのは多少待ってもらっても、一人入場ほどには目立たない筈。
 卒業パーティでのダンスは、卒業生と在校生で踊る回が分かれているのだ。必ず、踊らない生徒が出る。

 どうしても駄目なら‥‥ステファノ司祭?

 司祭、行けるかしら?

 パーティどころか、行事で見たことない。学園内にいるかも不明だ。
 他に頼めそうな人‥‥友達を、もっと作っておくべきだった。

 「お待たせ」

 忙しく頭を働かせていたせいで、目の前に立つまで、リュシアンが戻ったことに、気がつかなかった。

 「早かったわ。では、一緒に入りましょうか」

 フロランスの腕が私から離れ、リュシアンとつながった。
 同時に、私の手が持ち上げられた。入場の順番待ちをする周囲の空気が、軽くざわめいた。

 「ク、クレマン先生?」

 「一曲だけ、よろしくお付き合い願います」

 夜会服に身を包んだ先生が微笑んだ。黒い長髪を束ねている。どうしよう、普通に格好いい。

 まずい、と思うと余計に顔が赤らむ。
 落ち着け落ち着け、と言い聞かせながら、リュシアン達の後について入場すると、会場から意外そうな声が上がった。

 幸いなことに、次から次へと卒業生が入ってくる。それ以上は、注目を浴びずに済んだ。

 間もなく、ディディエが卒業生のパートナーとして入場した。多分、婚約者が年上とかで、学園に在籍していない令嬢だったのだろう。

 会場は生徒でいっぱいだ。卒業生の華やかな衣装が目をく。この人混みの中では、ローズブロンドの髪も埋もれていた。


 私達は、例によって端の方に寄っていた。
 音曲と共に卒業生が踊り始めると、クレマン先生は内ポケットから手帳を取り出し、メモを取った。

 卒業パーティまで採点対象ですか。ここで断罪イベントが起きても、それぞれに評価がつくのだろうか。
 悪役令嬢として、高得点、とか。

 「クレマン先生、大変助かりました。ありがとうございます。お仕事の邪魔をしてすみませんでした。ダンスにまでお付き合いいただかなくても、平気です」

 先生がメモをしまうのを待って、私はお礼を言った。

 「今夜は、生徒と踊るのが僕の仕事なんだ。遠慮は要らないよ。君と踊れるとは、思っても見なかった。運がよかった。僕は、ダンスが苦手なんだ。リードを頼む」

 それだけ衣装が似合っているのに、見掛け倒しか。残念。しかし、彼らしくもある。

 「承知しました」

 しばらく卒業生のダンスを眺める。フロランスが、リュシアンと踊っている。運動神経抜群同士とあって、動きにキレがある。息もぴったりだ。

 ディディエも入場したパートナーと、そつなく踊っていた。あの子は何でも器用にこなすのよね。顔立ちは相変わらず女の子の人形っぽいが、前に会った時より更に背も伸びたみたい。

 ふと周囲に目を移すと、ディディエに見惚れる女子生徒を、何人も見つけることができた。

 外国籍の令嬢と縁を結ぶに当たり、王の許可をもらっている。
 だから皆、弟に婚約者が出来たことを知っている。目の保養とか、学園生活の思い出として目に焼き付けているのかな。

 やがて、在校生の順番が来た。卒業生と組んだリュシアンやディディエは、出てこなかった。
 私はクレマン先生に手を引かれて、フロアに進み出た。

 前世日本人庶民の私でも、サンドリーヌの体のおかげで、今やダンス巧者こうしゃと化していた。

 クレマン先生をさりげなくリードし、一曲を無事踊り終えた。
 謙遜けんそんでなく、先生はかなりの運動音痴だった。一曲で、気力体力を大幅に消耗しょうもうしていた。

 「ありがとう。あんなに上手く踊れたのは、初めてだ」

 次の曲を見送って端に引っ込んだ私達は、またもや飲食コーナーにはべっていた。
 今日は主賓しゅひんじゃないし、役員でもない。成績が下がるなら、むしろ歓迎である。

 「先生、そのような状態で、今夜の仕事をまっとうできるのですか?」

 クレマン先生の様子があんまり初心者っぽいので、つい気安く突っ込んでしまう。

 「もう一人ぐらいは、踊ってもらわないと。誰か、ヴェルマンドワ嬢のように、上手な女生徒いないかなあ」

 怒るどころか、さらに頼りない上に図々しい発言をする。

 「ドリアーヌ様なら、気心が知れて踊りやすいのでは?」

 「残念なことに、君ほど上手くない」

 バッサリ切り捨て過ぎである。親友の妹なのに。
 グラス片手にオードブルをつまみつつ、目をフロアに向ける。

 曲に合わせ、シャルル王子とアメリが視界の内に流れてきた。

 先に私を見つけたのは、王子である。

 てっきり、私が一人寂しく壁の花と思いきや、隣にクレマン先生が寄り添っていることに気付き、表情を固くする。
 ステップも乱れた。異変に気付いたアメリが、首だけひねってこちらを見た。やはりクレマン先生と並ぶ私に動揺する。
 二人で動きがおかしくなった。これは目立つ。
 そこは流石さすがに王子で、すぐに立て直すと、さりげなく遠ざかっていった。

 「あー。アメリ=デュモンド嬢は如何ですか?」

 「あれを見せられた後で、すすめるのはひどいなあ」

 私もそう思う。でも確か先生は攻略対象だった筈。機会があれば、ヒロインに近付こうとするのが乙女ゲームのセオリーでは?
 彼のイベントではないのかな。シャルルのルートに入ったら、先生は無関係になるのだろうか。

 「では、エマ=デュポン嬢」
 「エマは、クロエより下手だったからねえ」

 端から却下される。先生は、ふと遠い目になった。

 「クロエとは、ステップを間違えてばかりだったけれど、楽しく踊ったなあ」

 亡くなった婚約者について言うべきこともないので、私は口をつぐむ。
 クレマン先生は、そのまま婚約者の追憶に入ってしまったらしく、しばらく沈黙した。

 「今は教師として踊る以上、そうそう間違える訳にもいかない」

 仕事中であることを思い出したようだ。私は、新たな候補を推薦した。

 「でしたら、フロランス=ポワチエ嬢なら、安心してお任せできると思います。相手は卒業生でも良いのですか?」

 「ああ大丈夫。風紀委員長なら確かに」

 クレマン先生からようやく合格が出た。
 そこから二人でリュシアンと一緒にいるフロランスの元へ赴き、私はパートナーを見つけてくれたお礼を言うことができた。
 先生は、改まってリュシアンに事情を話し、婚約者を借りるお願いをした。
 勿論もちろん快諾かいだくされた。

 そこでリュシアンが、私を見る。

 「じゃあ、ちょっと踊ろうか」
 「いい‥‥よろしいのですか?」

 フロランスにうかがうと、笑顔で手を振られた。待つ間に、先生と軽く打ち合わせをするようだ。

 早速リュシアンに引かれて、フロアに出る。曲の途中からにもかかわらず、自然に入り込めた。
 ダンスは運動能力と連動する。付き合いの長い割にリュシアンと組んで踊った回数は数えるほどだが、そこは幼馴染で、まずまず上出来だった。

 演奏が終わって、次の曲も踊ろうかと話しているところへ、シャルル王子が現れた。

 「サンドリーヌ。次は私が相手だ」

 決闘けっとうの申し込みですか?

 「パートナーの方は、どうなさいました?」

 「そなたは私の婚約者だろう。私と踊るのは当然だ」

 ローズブロンドが、近くに見当たらない。

 とりあえず、この感じだと、断罪イベントではなさそうで、安心した。

 断ろうにも、リュシアンは素早く消えていた。王子を相手にしたくないのは、彼も同じだ。
 めるのが面倒臭いので、出された手を取る。曲が始まった。

 「近頃、モンパンシエ先生と親しくしているな」

 流れるような動きと王族スマイルを維持しつつ、尋問を始める王子。先生のことを、わざと家名で呼ぶのは、嫌がらせだろう。

 「入場の際、パートナーが不在で困っておりましたところを、助けてくださったのです」

 こちらも微笑みながら返す。あんたが無断キャンセルしたのが原因だろ、と言外に込める。
 傍からは、婚約者同士が仲睦なかむつまじく愛の言葉を交わしているとでも見えるのかしら。いやいや、それはない。だって、この王子は婚約者を無視して、別の女と入場したのだ。

 「彼は私の従兄ではあるが、王位継承権もないし、変に気を遣ってやる必要ないぞ」

 「従兄、ですか?」

 「知らんのか。父の異母妹が、モンパンシエ家の現当主に嫁いでいる」
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