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第一章 新入生

16 エスコート事件

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 選挙が終わると、一週間ぐらい休みがあって、その後は年度末までラストスパートである。

 生徒会の引き継ぎはこの時期に行われる、らしい。最上級生は卒業してしまうから、その前にする訳だ。
 委員会の方は、新年度に入ってから新しい委員を選ぶ。


 年間を通して最大の学園行事は、卒業パーティである。
 生徒会の主催で、卒業生が主役だから、先日選挙で選ばれた新任役員が準備をする。協力する代表委員、企画委員、風紀委員も、送り出す側の在校生である。

 ディディエの話では、授業や宿題の合間を縫って進める準備が、結構大変らしい。

 となると、新しく書記に就いたアメリと、現委員であるシャルル王子、ディディエは、クラス以外でも一緒にいる時間が増えたことになる。
 加えてリュシアンも、何か委員会に所属していた気がする。まさか、クレマン先生が生徒会顧問じゃないでしょうね?
 調べてみたが、そこは違っていた。知らない間に、生徒会逆ハーレムが成立していなくて、よかった。

 卒業パーティと言えば、断罪イベント。私が読んだ漫画のイメージである。

 ヒロインも最終イベントへ向けて、攻略対象の好感度を上げるべく、追い込みにかかっているに違いない。
 ひるがえって私は、断罪対策については、効果的な手を打てないまま、一年の終わりを迎えつつあった。

 サンドリーヌ個人としては、十分成果を上げた。
 勉強しまくって、成績上がった。家族や召使いとの関係も良好で、いらぬ世話を焼く取り巻きが減った代わりに、フロランスみたいな素敵な人と友達になれた。ドリアーヌも私とクラスが離れて、取り巻き令嬢をしなくて済んだ。あのは、多分そういう立ち位置である。

 この世界がゲームにせよ、漫画にせよ、シナリオを知らないというのが、一番の問題だった。
 ヒロインも悪役令嬢も攻略対象者も、全ては推定である。
 仮に、前提が間違っていたら、なんて、考えたくもない。

 基本的な断罪回避策として、ヒロインに意地悪をしない、攻略対象、特に王子、に嫌われないよう近付き過ぎない、という方針で来た。
 記憶を取り戻して以来、誰にも意地悪しないよう気をつけてきたつもりだ。実家の召使にも。
 そして、恋愛に絡まないようにも気をつけてきた、と思う。
 だから、もしヒロインがアメリじゃなかったとしても、攻略対象がどこかの従僕だったとしても、私が断罪される確率は、限りなく低くなっている筈だ。

 とはいえ、断罪フラグを取りこぼした可能性までは、否定できない。いつどこに何のフラグが立つのか、知らないのだ。これは、避け難いリスクである。

 前世で読み倒した異世界漫画から考えて、私が実行してきた作戦は、正しい方向と確信している。もはや信心である。
 しかし、パーティ開催日が近付くにつれ、断罪が頭にちらつくのは、どうしようもなかった。


 そんな時に、シャルル王子から呼び出しを食らった。

 これは、あれだ。断罪イベント前のダメ押しみたいなものだろう。
 これ以上、主人公をいじめるのを止めろ、さもないと‥‥という最後通牒さいごつうちょう。近付いてもいないのに。

 漫画でも、悪役令嬢が無実なのに、罪を着せられる話をたくさん読んだ。漫画だと、そこから逆転して行くのだけれど、ゲームだったら、恐らくそこで終わりだろう。

 とにかく、王子に呼び出されたら、無視できない。
 何なら、すでにヒロインと王子が寄り添う場にさらされるかも。想像するだに胃が痛い。

 呼び出された先は、礼拝堂近くの人気がない庭園。春先のことで、放課後から陽が落ちるまで、あまり時間がない。
 本当に王子の呼び出しだろうか。暗がりにまぎれて殴られたりしないよね?
 あるいは、さらわれるとか。
 シナリオを知らないと、予測不能という不安に襲われる。気分は、逃亡中の犯罪者である。しかも冤罪えんざい

 指定された東屋あずまやへ出頭すると、シャルル王子が座っていた。アメリは見当たらない。代わりに、バスチアンが控えている。

 「お待たせいたしました」

 恐る恐る挨拶しつつ、顔色をうかがう。いまや、私たちは滅多に会わない。
 従って、王子が何を考えているか、さっぱり読めなかった。

 「いや。今来たところだ。そこへ座れ」

 と隣を指す。王子の向かい側にも、同じ形のベンチがあるのに。
 神経を逆撫でしないよう、言われた通り、なるべく距離を空けて腰を下ろす。王子のまゆが、鋭角えいかくに上がる。

 「大声で話す内容じゃない。もっと詰めろ」

 そりゃ、婚約者以外の女性とねんごろです、なんて話は、大声じゃできまい。配慮はいりょが足りなかった。
 そろそろと横滑りし、ふくらみのあるスカートが触れる位まで、寄せた。

 「最近、勉強の方は順調に進んでいるのか?」

 「‥‥はい。今のクラスでは、先生方がわかりやすい授業をしてくださいます」

 明後日あさっての方向からの質問に、戸惑いつつ答える。
 今のクラスに満足していることと、違うクラスにいる王子のご贔屓ひいきのアメリには会っていません、という遠回しのアピールでもある。

 「そなた、今年は委員会活動もクラブ活動もしなかったそうだが、来年は代表委員会に入れ。根回しはしておく」

 来年の話をしたら、鬼が笑うといいますよ。追放されたら、来年いないし。しかも根回しって。
 婚約破棄の埋め合わせに、就職の斡旋あっせんでもしてくれないかしら。処刑とか追放はないのかな。野草図鑑まで買って勉強したのに。

 「承知いたしました」

 来年度も在籍していたら、ね。

 「それから、卒業パーティの衣装は、こちらで用意する」

 王子は、私の内心などつゆ知らず、話を進めた。

 「そんな。何人分もの衣装をご負担させるのは、気が引けます」

 前回、アメリのドレスを用意したのは王子だと、確信している。

 「婚約者の分を揃えるのは当然だ。気にするな」

 さりげなく嫌味を言ったのだが、スルーされた。

 「はあ」

 どうせすぐ断罪されるのに。婚約破棄後に、返せと言われたらどうしよう。
 返したくないのではない。それにまつわるやりとりが面倒だ。
 どうせ婚約破棄されるのなら、断罪を避けて、穏便に婚約解消できないものか。

 「成績や行事の準備など、あまねくお気遣いいただき感謝いたします。以前も申しましたが、私よりもふさわしい方を見出されましたら、どうかお早めに、ご遠慮なくお話しください。つつしんで身を引きます」

 話しているうちに、王子の表情が冷たくなってきた気がした。

 前世から、人に怒られるのは怖くて嫌いだ。アメリとのこと、バレていないとでも思っているのだろうか。
 間違いだと自分でわかっていても、人から間違いを指摘されるのが嫌いな人って、いるよね。

 私は声を励まして、最後まで言い切った。
 王子は、返事をしなかった。あまりに沈黙が続き、声をかけようとしたところで、反応があった。

 「‥‥わかった」

 陽のかげりもあって、王子の顔が強張こわばって見える。前世と合わせれば何十歳も年下なのに、やはり怖い。王族の威厳だろうか。

 私は立ち上がった。言わなきゃよかった。しかしながら、言わなきゃ言わないで、いつまでも後悔するのだ。

 「御用がお済みでしたら、これで失礼いたします。お仕事に追われてお疲れのご様子、体をいたわってくださいませ」

 逃げるように辞去するのを、引き止められることもなく、寮まで戻ってから思い出した。
 アメリの話、聞き損ねた。


 届いた卒業パーティ用ドレスは、前回に比べて地味だった。呆然と眺める私に、ジュリーが解説を始めた。

 「卒業パーティは卒業生が主役です。このドレスは一見地味ですけれど、とてもっていて、王子殿下の愛情を感じますわ。ほら、この裏地の布とか」

 「そお?」

 彼女の説明を聞きながら改めて観察し、そうかもしれない、と納得した。そもそも婚約解消を望んでおきながら、粗略そりゃくにされたと思って落ち込むのは、矛盾むじゅんはなはだしい。

 私は王子と結婚したいのだろうか。前世の記憶を思い出して以降、王子への恋心は失せていた。貴族の結婚に恋心は無関係だが。
 それに、どうせ悪役令嬢の私は王子と結婚できない。

 前回と違い、今回はドレスだけだったのも、粗略そりゃく感を高めていた。

 地味な靴や小物が手持ちにあるか、実家のクローゼットを確認しなくてはならない。以前のサンドリーヌの趣味からして、多分ない。買いに行かねば。


 卒業パーティ当日。

 私は王子から贈られたドレスに、自分で合わせた小物をつけて、会場へ行った。
 服に合わせて、髪型も前回より落ち着いた風にまとめてある。これもジュリーが決めて、仕上げたものだ。

 何で侍女が学園の行事にくわしいかというと、彼女もそう遠くない昔の卒業生だからである。女性の場合、結婚したくなければ、そういう道もあるのだ。

 ただし、サンドリーヌは公爵家の出だから、ほぼ王宮か外国にしか勤め口がない。
 出自より格下の家に仕えるのは、実家全体をおとしめる行為とされていた。

 だから、お家断絶とか、勘当でもされない限り、伯爵以下の家にお勤めはできない。家格が高いのも良し悪しだ。
 ちなみにジュリーは男爵家の生まれで、ヴェルマンドワ家と遠戚関係にある。

 前回のパーティと同じ場所で待っている。
 シャルル王子の姿は、まだ見えない。

 同級生も上級生も、次々パートナーと入場して行く。服装に関しては、ジュリーの言った通り全般に地味目で、王子が意地悪したのではない、と分かって安堵あんどした。

 時間が経つにつれ、ちらほらと卒業生が集まってきた。
 こちらは、最後のパーティで主役を張る。きらびやかな衣装が目にまぶしい。

 リュシアンが、婚約者のフロランスをともなってやってきた。今日は違う色合いなのに、仕立てでお揃いに見える衣装をまとっていた。

 「お。サンドリーヌ嬢は、委員会に入っていないのに、一人で出迎え係?」

 「いいえ。シャルル王子を待っているの」

 リュシアンが、え、という顔をする横で、フロランスの眉が、きりりと上がった。彼女が素早く耳打ちすると、彼は、婚約者を置いて姿を消した。

 「フロランス様、ご卒業おめでとうございます」
 「ありがとうサンドリーヌ様」

 フロランスが近くまで来て、両手で握手した。握り返すと、腕を引いて身を寄せられた。

 「落ち着いて聞いてね。殿下は別の人をエスコートするの。今、あなたのパートナーをリュシアンに連れて来させるから、もう少しだけ待ってくださいな」

 早口でささやき、離れた時も笑顔のままだった。私も笑顔を固定する。

 「ありがとうございます。嬉しいですわ」

 正直なところ、脈が速くなっていた。

 しまった、やられた。

 なまじ、衣装を用意してもらったことで、油断した。
 といえば、断罪イベントだって、自分で言っていたじゃん。

 私のバカバカバカ。 
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