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第一章 新入生

15 選挙イベント

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 休み明けに、年末試験の成績発表があった。

 学年毎に、順位をつけて名前が貼り出されるのだ。
 前世でも、成績が貼り出されるような学校へは通ったことがなかった。初めての経験である。
 自分の成績は見られたくないのに、人の成績は見たい、という我ながら身勝手な気持ちで、掲示を見に行った。

 一年の間に数回行われる試験の結果により、次年度のクラス編成が行われる。
 厳密に、何番から何番はこのクラス、と決まっている訳ではないようだ。

 王子と別クラスをつらぬくのが、私の生き残り戦略の第一である。ただ、そのためにわざと試験の手を抜くのは、嫌だった。
 サンドリーヌのお馬鹿な頭を使って、必死で勉強したのだ。残り二年間を無事に過ごせるならば、この先も励みになるものが欲しい。

 「う~」

 サンドリーヌ=ヴェルマンドワの名前は、期待したよりも上の位置にあった。

 入学時は、下から数えて十番以内だったのが、今は真ん中あたりである。
 クラスは二つしかない。まさに、ボーダーライン上。

 真剣に勉強した甲斐かいはあった。その代わり、別の危機が発生してしまった。

 「頑張ったじゃないか」

 後ろから、リュシアンの声がした。見れば、フロランスも隣でにこにこしている。

 「素晴らしい結果だわ。おめでとう」

 「ありがとうございます」

 ちなみにリュシアンは真ん中より下が定位置で、フロランスは上位二割ぐらいのところにいる。二人は学年が異なるから、直接競い合ったことはない。

 リュシアンたちと別れ、再び順位表に目を戻す。

 同学年一位は、またもアメリ=デュモンドである。
 二位がシャルル王子で、三位がドリアーヌ=シャトノワ、とここまでは、毎回定位置。

 ディディエも武芸や実技系が苦手な割には、十位以内につけていた。飛び級入学したことを考えると、我が弟ながら、優秀である。

 兄や父の出世具合を見れば、彼らが学生時代も成績上位であったことは、間違いない。私こそが、ヴェルマンドワ家の例外なのだ。
 一体、誰に似たのだろう?

 単なる勉強不足が原因なら、人生どれだけサボってきたのだ、と呆れてしまう。

 それより、これで、次回の試験からは、多少の手抜きを考えざるを得なくなってしまった。

 断罪後に生き残る希望がある限り、勉強をやめる選択肢はない。落ちるのは、いつでも出来る。
 要は、クラス分けさえ、しのげればいいのだ。

 ローズブロンドが、近付いてくるのが見えた。珍しい髪の色は、遠くからでも見分けがつく。王子やその他取り巻きもいるようだ。
 私は、さっさと退散した。


 この時期は、生徒会役員の選挙がある。
 次に最上級生となる入学二年目の生徒が、自薦他薦じせんたせんで選挙戦にのぞむのだ。

 イベントフラグが、見える気がする。

 予感は当たった。

 アメリ=デュモンドが、候補者になったのである。

 立候補ではない。推薦人すいせんにんとして、シャルル王子、バスチアン=ブロワ、ドリアーヌ=シャトノワ、エマ=デュポン、そして我が弟ディディエ=ヴェルマンドワ、と錚々そうそうたるメンバーが名をつらねていた。

 推薦人だけで、当確でしょ。
 ドリアーヌは、バスチアンに頼まれたと察せられる。もしかしたら、バスチアンは王子から頼まれたかもしれない。忖度そんたくした可能性もあるけれど。

 アメリが推されたのは、書記である。
 ヒロインが例外的に生徒会に入って、攻略対象とイチャイチャ、あるいはする漫画は、いくつか読んだことがある。
 まあ、それならあるかな、と思って他の候補者を見てみたら、様子が違った。

 選挙になるのは会長と書記だけで、会計は承認のみ。副会長に至っては候補者がなく、会長選挙でやぶれた方が就く、と注記ちゅうきしてあった。例年だと、選挙は会長のみと思われる。

 この機会に、生徒会会則を読んでみた。
 本部役員と定められた会長、副会長、書記、会計に学年や年齢の制限はもうけられていない。
 つまり規則上は、新入生でも会長になれる。
 ただし、相互推薦を避けるためか、推薦人は同時期に行われる選挙の候補者にはなれない。

 規則上、アメリが王子やディディエと仲良く生徒会室にこもる可能性は、ない訳だ。
 では何故、入学初年の選挙に出るのだろう?

 彼女は転生者だ。私を悪役令嬢、と呼んでいた。
 もし、これがシナリオ外の事態だったら、止めさせると思う。

 今回生徒会へ入らなくとも、王子はいずれ役員になる。何故なら、歴代の役員を、卒業生名簿と照らし合わせると、毎年、家格の高い順に選出されているからだ。
 家格の低いヒロインが、順当に役員となるための、布石ふせきだろうか。

 その答えは、ほどなく判明した。週末の買い出しに、ディディエが来られない、と連絡を寄越よこしたのである。

 「今度行われる、演説会の準備を手伝うそうです」

 伝言を受け取ったジュリーが言った。

 なーるーほーどー。

 準備としょうして、推薦したシャルル王子と弟を囲い込む作戦か。
 親友のエマ=デュポンは、クレマン先生攻略関係者だ。リュシアン以外は、手駒てごまにしたも同然か。

 そして、私は思い出す。
 断罪は、一年の区切りに行われることを。

 学園が三年制だからと言って、三年後に断罪とは決まっていない。
 私に来年はないかもしれないのだ。
 だとしても、今私にできることはない。


 選挙戦と言っても、日本の国政選挙みたいに、毎日どこかに立って挨拶するとか、生徒寮各部屋を訪問するとか、まして候補者名を連呼しながらビラをくとか、そういった泥臭どろくさいことは誰もしなかった。

 全ては、投票前の演説会で、決まることになっている。
 ただ、候補者名が張り出されてから、お茶会への誘いが増えた気がする。
 これも、貴族社会の勉強ということか。

 私は、入学時からお茶会には参加していない。例外は、王子に弁当を作る羽目になった、ドリアーヌ招待の一度だけである。
 当然、この期間の誘いも、全部断った。

 お茶会も集会と見なされ、学園に届出が必要である。これで成績が下がるなら、むしろシメたものだ。試験で手を抜かずに済む。
 そう言えば近頃、シャルル王子からのお誘いもなくなった。毎回、断る口実を考えるのが面倒だったのだ。もっけの幸いである。


 そして迎えた演説会と投票日。

 講堂に、演壇や垂れ幕が用意された。前世の演説会のイメージ通りである。

 最上級生と一緒に、ディディエもあちこち動いている。そういえば入学当初、企画委員になったとか、言っていた。
 委員会は代表、企画、風紀と三つしかなく、在学中に全員が経験することはできない。

 成績には当然加味かみされる上、卒業後の進路にも有利とされる。
 押し付け合いよりも、希望者の選定でめがちである。
 ただ代表委員だけは、本部役員への通常ルートで、家格の高い生徒から順当に決まる感じらしい。

 思い返せば、クラスメートがちらちら私を見ていたわ。え、んですか? みたいな。
 公爵家で宰相の娘だから、代表役員になると思われていたのね。
 成績を上げないためにも、委員を引き受けなくてよかった。

 演説は、書記候補者が先鋒せんぽうである。それにしても書記になるための演説って‥‥と戸惑うのは私だけではないようだ。ひそひそ声が耳に入る。

 「書記になるために、選挙で競うことになるなんて、候補者がお気の毒ですわ」

 「前代未聞の演説になりますわね」

 「承認されないと困るから、無理にお願いして対立候補を立てた、と聞きましたわ」

 「あらそうでしたの。私が聞いたところでは、後から候補になった方が、どうしても引かなくて、選挙になったそうですわ」

 生徒会会則によれば、通常の承認は全生徒の三分の二以上、投票による承認は、投票権を持つ生徒三分の二以上の投票により、過半数を占めた場合、とある。

 選挙をした方が、少ない賛成者で認めさせることができる。規則を定めた人も、まさか、こんな使い方をされるとは、思ってもみなかったろう。

 アメリの対立候補が、先に立った。
 この世界に、マイクはない。生徒は口を閉じる。貴族の子弟、基本的にいい子たちだ。

 「この度、ノブリージュ学園生徒会書記候補になりました、エヴァ=クルタヴェルと申します」

 ダークブロンドを縦巻きロールにした女生徒が、舞台の上から語りかけた。整った顔立ちながら、はしばみ色の瞳はやや吊り目気味で、親近感を抱く。
 私同様、悪役令嬢っぽい顔なのだ。

 学年が離れていることもあり、言葉を交わした覚えはない。

 クルタヴェル家は侯爵の家柄で、領地からの上がりで商売も上手くいっている。
 家格からして、アメリが負けている。
 エヴァは立候補らしく、推薦人はいない。なにぶん書記である。

 彼女は元々書くことが好きで、一年間風紀委員を務めた実績もある。書記に選ばれたあかつきには、会長を始めとする役員を補佐する能力を十分備えている、と述べた。
 演説というより、挨拶に近い。

 アメリの順番が来た。ローズブロンドの髪が、常になく艶々つやつやと輝く。

 「ノブリージュ学園の皆さん! この度アメリ=デュモンドは、書記に推薦されました!」

 明るく可愛らしい声が、講堂に響く。
 続けて彼女は、推薦人の名前を列挙れっきょした。シャルル王子とディディエとドリアーヌは、壇上にこそ並ばないものの、それぞれ委員として、一般生徒から離れた場所に待機している。

 王子はいつも通りの微笑を浮かべていたが、ドリアーヌの微笑は心なしか強張こわばっており、ディディエはうっすら青く見えた。
 近侍のバスチアンは、他の生徒から陰になる位置に立つのを幸い、アメリを睨みつけている。やっぱり、不本意な推薦だったのね。
 エマはどこに埋もれているか、わからない。そもそも、彼女の顔を知らなかった。

 アメリは、私が書記になったら、女性が活躍できる生徒会にします、などと書記の職掌しょくしょうを超えた公約をかかげた。
 当然、女子生徒の反応は悪かった。しかし意外にも男子生徒は面白がり、総じて好反応だった。

 書記の後に、会計候補の挨拶、最後に生徒会長と副会長の候補者演説があった。演説会としては、ここがメインではあるが、アメリの演説にあてられて、ほぼ脳内をスルーしていった。

 「このまま投票に移ります」

 司会の言葉で我に返る。集まった生徒は、投票しないと帰れない。

 アメリに票を投じたくはないが、おそらく攻略対象者である、婚約者と弟の推薦である。ほぼ確実に、イベントである。
 どうせヒロインは当選する。断罪を避けるためにも、一票入れることにした。
 誰が誰に投票したのか、わかる仕組みになっているのだ。

 受付で名簿をチェックされると、投票用のコインを三枚もらえる。
 会長、会計、書記でそれぞれ色が異なる。色を間違えないよう注意しながら、候補者の名前が掲げられた箱の中に、各コインを落とし込む。

 予想通り、アメリ=デュモンドは書記に選出された。
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