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第3章 新しい職場
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引越しの日、ユミルは少ない荷物を纏めてレインが寄越す迎えを待った。
ちなみに、家族へは職場の変更を伝えていない。無職になるときも連絡を入れていなかったのだ。ただ、今月から給料が上がるから仕送りが増やせる、とだけ伝えている。
貴族の屋敷に住む、などと言ったら、きっとまた地元の田舎町で小さな騒ぎになるに違いないと思ったからだ。
「初めまして、私はレイン・オズモンド様に仕えております、ジャスパー・トロイと申します。」
レインが寄越した迎えは、ユミルと同じくらいの年のフットマンだった。
「初めまして、ユミル・アッシャーです。お迎えありがとうございます。これからどうぞよろしくお願いいたします。」
ユミルは、初めての年の近い同僚に、緊張気味に頭を下げた。
「そう緊張なさらないでください。」
ジャスパーはそんな様子のユミルを見て、安心させるように微笑んだ。
ジャスパーは手際よくユミルの荷物を大きな馬車に運び入れる。
「ありがとうごさいます。」
「いえ、お気になさらず。それにしても、アッシャーさんは荷物が少ないですね。」
「私のことは、ユミルとお呼びください。あまり物を買うお金もなくて…あはは…。」
「…そうでしたか。では、ユミルさん。私のことはジャスパーと。」
「はい、わかりました。」
ユミルはフクを抱き上げて馬車に乗り込んだ。
御者が馬車を走らせてから暫くすると、首都の中心部に近づいて、貴族の別邸が並ぶ高級住宅街に入る。
(レイン・オズモンドの家の場所を知らなかったけれど…やっぱりこの場所にあるのね。魔法局の部隊長だもの。次男と言えども自分の稼ぎだけで十二分ここに住めるのでしょうね。)
全くもって、自分とは世界が違う、とユミルは流れる景色を眺める。大体の家が門から邸宅が見えないほど庭が広いのだ。
馬車がひとつの門を潜り邸宅の前につくと、その大きさにユミルはぽかんと口を開けた。
「…なんだか、意外。」
「何がですか?」
ユミルは独り言の気持ちだったが、存外大きく響いたようで、ジャスパーが不思議そうに尋ねた。
「いや、オズモンド様は効率を重視されると噂でお聞きしていたので、これほどお屋敷が大きいとは思いませんでした。」
ユミルは心の内を正直に伝えた。
「ああ、なるほど。」
ジャスパーは合点がいったように笑った。
「このお屋敷はレイン様が、オズモンド侯爵家が持っていたお屋敷のひとつから引き継いだものなのです。」
「そうだったのですね。」
なるほど、レイン・オズモンドが直接選んだのではないのなら、オズモンド侯爵家の財力を思えば当然か、とユミルは納得する。
「ユミルさんの部屋はこちらです。」
ジャスパーはたくさん並ぶ部屋のうちのひとつの扉を開くと、中にユミルの荷物を運び入れた。
「え?こんなに大きいお部屋をいただいて良いんですか?」
ユミルは中に入って驚いた。
ユミルが先日まで借りていた部屋の2倍はありそうだ。
「雇われた魔法使い様は上級召使と同等の扱いになります。」
「他にも魔法使いで雇われている人がいるのですか?」
「ええ、魔法道具への魔力供給のために2名、警備の魔法騎士を3名、雇っています。さぁ、今日はレイン様もご在宅ですので、挨拶の後に屋敷内を案内します。」
「ありがとうございます、よろしくお願いします。」
ユミルはフクに部屋で待つよう言いつけてから、ジャスパーの後について移動した。
豪華な扉の前に立つと、ユミルは柄にもなく緊張してしまう。
(一方的に敵対視していた人の下で働くことになるなんて、今更になって実感が湧いてきた~…。)
「レイン様、ジャスパーです。ユミルさんをお連れしました。」
「入ってくれ。」
「失礼いたします。」
中ではレインが書類を捲りながら仕事をしているようだった。
「ユミル・アッシャーです、本日よりお世話になります。よろしくお願いいたします。」
「ああ。用があるときは呼ぶから、後は好きにしていろ。」
レインは書類からちっとも視線をあげずに興味なさげな声で答えた。
「では、レイン様、失礼いたしました。」
ジャスパーは、レインが仕事に戻りたいことを察して、早々にユミルに退室を促した。
(さすがは効率の鬼…無駄話がちっとも無かった。普通こういうときって、ようこそ~みたいなのがあるのではないの?)
ユミルは予想していたとは言え、レインの冷たい対応に少し不満げな顔をしながらジャスパーの後を追う。
「次に、この屋敷の使用人を何人か紹介します。」
「ありがとうございます。」
「まずは、執事のバロンさん。魔法使いのケリーとベスター、このふたりは兄弟です。次に、侍女長のカトリーナさんです。」
ジャスパーがユミルを紹介すると、各々明るく挨拶を返してくれた。
(ジャスパーさんを見たときから思っていたけれど、あの冷静で淡々とした無表情が、家主のレイン・オズモンドだけで、屋敷内全体の雰囲気は全く逆で良かった…。)
「ユミル・アッシャーです。今日からよろしくお願いいたします。」
「魔法使いの使用人が増えて嬉しいよ。…偶には魔道具への魔力供給も手伝ってほしいな、ねぇベスター。」
「ケリー、ユミルさんは杖修復士なのだから…、自分がサボろうとしない!」
特に魔法使いのケリーとベスターはユミルのことをいたく歓迎してくれた。
(心配だったけれど、周りの人とはうまくやっていけそう!)
ユミルはこれからの毎日に心を踊らせた。
ちなみに、家族へは職場の変更を伝えていない。無職になるときも連絡を入れていなかったのだ。ただ、今月から給料が上がるから仕送りが増やせる、とだけ伝えている。
貴族の屋敷に住む、などと言ったら、きっとまた地元の田舎町で小さな騒ぎになるに違いないと思ったからだ。
「初めまして、私はレイン・オズモンド様に仕えております、ジャスパー・トロイと申します。」
レインが寄越した迎えは、ユミルと同じくらいの年のフットマンだった。
「初めまして、ユミル・アッシャーです。お迎えありがとうございます。これからどうぞよろしくお願いいたします。」
ユミルは、初めての年の近い同僚に、緊張気味に頭を下げた。
「そう緊張なさらないでください。」
ジャスパーはそんな様子のユミルを見て、安心させるように微笑んだ。
ジャスパーは手際よくユミルの荷物を大きな馬車に運び入れる。
「ありがとうごさいます。」
「いえ、お気になさらず。それにしても、アッシャーさんは荷物が少ないですね。」
「私のことは、ユミルとお呼びください。あまり物を買うお金もなくて…あはは…。」
「…そうでしたか。では、ユミルさん。私のことはジャスパーと。」
「はい、わかりました。」
ユミルはフクを抱き上げて馬車に乗り込んだ。
御者が馬車を走らせてから暫くすると、首都の中心部に近づいて、貴族の別邸が並ぶ高級住宅街に入る。
(レイン・オズモンドの家の場所を知らなかったけれど…やっぱりこの場所にあるのね。魔法局の部隊長だもの。次男と言えども自分の稼ぎだけで十二分ここに住めるのでしょうね。)
全くもって、自分とは世界が違う、とユミルは流れる景色を眺める。大体の家が門から邸宅が見えないほど庭が広いのだ。
馬車がひとつの門を潜り邸宅の前につくと、その大きさにユミルはぽかんと口を開けた。
「…なんだか、意外。」
「何がですか?」
ユミルは独り言の気持ちだったが、存外大きく響いたようで、ジャスパーが不思議そうに尋ねた。
「いや、オズモンド様は効率を重視されると噂でお聞きしていたので、これほどお屋敷が大きいとは思いませんでした。」
ユミルは心の内を正直に伝えた。
「ああ、なるほど。」
ジャスパーは合点がいったように笑った。
「このお屋敷はレイン様が、オズモンド侯爵家が持っていたお屋敷のひとつから引き継いだものなのです。」
「そうだったのですね。」
なるほど、レイン・オズモンドが直接選んだのではないのなら、オズモンド侯爵家の財力を思えば当然か、とユミルは納得する。
「ユミルさんの部屋はこちらです。」
ジャスパーはたくさん並ぶ部屋のうちのひとつの扉を開くと、中にユミルの荷物を運び入れた。
「え?こんなに大きいお部屋をいただいて良いんですか?」
ユミルは中に入って驚いた。
ユミルが先日まで借りていた部屋の2倍はありそうだ。
「雇われた魔法使い様は上級召使と同等の扱いになります。」
「他にも魔法使いで雇われている人がいるのですか?」
「ええ、魔法道具への魔力供給のために2名、警備の魔法騎士を3名、雇っています。さぁ、今日はレイン様もご在宅ですので、挨拶の後に屋敷内を案内します。」
「ありがとうございます、よろしくお願いします。」
ユミルはフクに部屋で待つよう言いつけてから、ジャスパーの後について移動した。
豪華な扉の前に立つと、ユミルは柄にもなく緊張してしまう。
(一方的に敵対視していた人の下で働くことになるなんて、今更になって実感が湧いてきた~…。)
「レイン様、ジャスパーです。ユミルさんをお連れしました。」
「入ってくれ。」
「失礼いたします。」
中ではレインが書類を捲りながら仕事をしているようだった。
「ユミル・アッシャーです、本日よりお世話になります。よろしくお願いいたします。」
「ああ。用があるときは呼ぶから、後は好きにしていろ。」
レインは書類からちっとも視線をあげずに興味なさげな声で答えた。
「では、レイン様、失礼いたしました。」
ジャスパーは、レインが仕事に戻りたいことを察して、早々にユミルに退室を促した。
(さすがは効率の鬼…無駄話がちっとも無かった。普通こういうときって、ようこそ~みたいなのがあるのではないの?)
ユミルは予想していたとは言え、レインの冷たい対応に少し不満げな顔をしながらジャスパーの後を追う。
「次に、この屋敷の使用人を何人か紹介します。」
「ありがとうございます。」
「まずは、執事のバロンさん。魔法使いのケリーとベスター、このふたりは兄弟です。次に、侍女長のカトリーナさんです。」
ジャスパーがユミルを紹介すると、各々明るく挨拶を返してくれた。
(ジャスパーさんを見たときから思っていたけれど、あの冷静で淡々とした無表情が、家主のレイン・オズモンドだけで、屋敷内全体の雰囲気は全く逆で良かった…。)
「ユミル・アッシャーです。今日からよろしくお願いいたします。」
「魔法使いの使用人が増えて嬉しいよ。…偶には魔道具への魔力供給も手伝ってほしいな、ねぇベスター。」
「ケリー、ユミルさんは杖修復士なのだから…、自分がサボろうとしない!」
特に魔法使いのケリーとベスターはユミルのことをいたく歓迎してくれた。
(心配だったけれど、周りの人とはうまくやっていけそう!)
ユミルはこれからの毎日に心を踊らせた。
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