パブリック・スクール─薔薇の階級と精の儀式─

不来方しい

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第一章

018 永れ御子

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「俺は何がなんでもクリスを助けるつもりでいた。あの状況で、お前が来なければと思うと、自分の不甲斐なさにやり場のない憤りを感じた」
「それは……一人ではどうにもならないこともあります。あっちは教団直属の人間で、教祖様直属の従者もいました。予備生の管理はリチャードさんの仕事でも、いざ権力をちらつかせられたらどうにもなりません」
「それだけではない。お前の覚悟を見くびっていた」
「と、いいますと?」
「クリスと父親を天秤にかける瞬間がきたとき、お前は父を選ぶ可能性があると思っていた。俺はお前を信じきれていなかった」
「それでいいと思います。俺にとってはどちらも家族で大切な存在です。ときには父をとるときもあります。最も、父は俺なんて簡単に切り捨てられる存在でしょうが。俺は異母兄弟がたくさんいるうちの一人でしかありません。それより、これからどうなさるおつもりですか? 父は諦めるような人ではありません」
「本部へ行き、正式に抗議を入れる。このようなことは前代未聞だ」
「俺は行けませんが、父に手紙を出してみます」
「ぜひともそうしてくれ。少しでも溜飲が下がればいいがな」
「では、俺は戻りますね」
 ウィルが出ていったあと、ソファーの背もたれに体重をかけた。
 紅茶を持ってこさせようかと思ったが、喉が通らない。
 覚悟だけでは現状はどうにもならないと突きつけられた。
「リチャード様、少々よろしいでしょうか」
 ドアの向こう側から声がし、姿勢を正してから「入れ」と言う。
「ターヴィの件なんですが……」
 少し焦ったような声に、リチャードは目を細めた。



 今襲いかかる心配ごとより、目の前に迫り来る睡眠を取れるのはまだ戦えるという証でもある。
 一つ間違えればすべてが終わる状況の中、リチャードの機転とウィルの発言で無事にあの場をやり過ごすことができた。
 この先また教団側が何か仕掛けてくるだろうと予想できる。未来の心配も大事だが、それより朝食をしっかり取ることが重要だった。
「昨日の今日でよく食えるな……」
 アーサーはフォークを動かしているが、スクランブルエッグが細かくなっているだけだ。
「アーサーもちゃんと食べておけよ。いつ最後の食事になるか判らないんだ」
「なんのジョークだそれは」
 先にクリスが食べ終えたが、アーサーの皿がきれいになるまで待った。
「ターヴィって結局、帰って来なかったよな」
「守衛所に泊まったんじゃないか? まともに立っていられないくらいだったし」
「あんな身体の弱そうな子、なんで選ばれたのか謎だ」
「おっほん」
 わざとらしい咳が飛んでくる。守衛の一人だ。黙って食えと言っている。
 アーサーもすべて食べ終えてから、授業が休みの今日はウィルに会いにいこうかと目論んでいた。彼にはたっぷりと聞きたいことがある。
 アーサーと共に席を立ったとき、
「これからウィリアムさんに会いにいくのか?」
 と告げた。
「そのつもりだけど」
「これ、渡しておいてくれないかな」
 いつもの飄々としたアーサーではなく、やや緊張した面持ちだ。
 手のひらに乗せられたのは、儀式のときに配られたヌガーだ。チョコレートで包まれていて、甘さが胃と脳に直撃する。
「わかった。けど、食べなかったのか?」
「ああ、まあね」
 アーサーとウィルがどんな繋がりがあるのかクリスは知らない。けれど、友人の望みなら叶えたいと思えた。
 ウィルのいる北区へ向かいたかったが、守衛所に行った方が広い地区を歩き回るよりも会える確率が高い。
 守衛所はなにやら慌ただしく、出直そうかと踵を返したとき、目ざといリチャードに見つかってしまった。
「ちょうどいい。部屋に来い」
「ウィルに会いたくて、呼んでもらおうと思ったんだけど」
「ウィリアムの前にお前に話がある」
 昨日のことだろうと、素直についていくことにした。
「甘いミルクティーが飲みたい」
「今、作る」
 ウィルに会えなければ、ヌガーを渡せない。どうしようかと持て余していると、
「食べなかったのか?」
「ああ、いや……、僕のじゃないんだ。アーサーがウィルに渡してくれって」
「ウィリアムに? ……俺は聞かなかったことにする。こっそり渡してやれ。ウィリアムはあとで呼ぼう。お前が会いたがっていると伝えれば、すぐに駆けつける」
 甘いミルクティーと、朝食を食べたばかりだがビスケットも頂いた。
「昨日はお疲れ様。気力を振り絞って、よく耐えたな」
「リチャードがいてくれたってのが大きいよ。僕一人だと、あそこまで言えなかったと思う」
「やけに素直だな」
「嘘ついても仕方ないだろ」
「ショックを受けているだろうお前を労るつもりだったが、その必要はなさそうだな。今日呼び出すつもりだったのは、ターヴィのことだ」
「体調はどうなんだ?」
「あまり良いとは言えない。精神的なものだ。ターヴィは永れ御子だった」
 え、と声にならずに息が漏れた。
「昨日、緊急ではあったが儀式を行った。立ち会い人は俺のみ。正確に言うと、交合を行うたびに毎度意識を手放すターヴィには、はっきり判らなかったらしい」
「それって、相手の男が名乗り出なかったってことか?」
「そうなる。だが永れ御子がいたとなると、大問題だ。最初は二人ともうまくいかず、催淫剤のせいで双方とも意識がはっきりしなかった。あとは交合に時間がかかりすぎたために蝋燭が消えたりした、と。それだけだとごまかせないため、本人たちから昨日、立ち会い人がいる状態で儀式を行ってほしいと申し出があったということにした。あくまで、御子を隠したわけではなく生み出したい一心だと姿勢を見せるために」
「なんでそんな……いや俺が言えた義理じゃないけども、」
「守衛の一人は、ターヴィに恋していたのだと吐いた」
「それは……仕方ない。ずっと一緒にいたい人ができたなら、そうする」
「絶対に見誤るなよ。何を優先しなければならないのか。明日、全校生徒に知らせることになっている。いきなり言われるより、前置きすべきだと俺が判断した」
「うん。知っておいてよかったよ。僕は僕を優先する」
「それを聞いて安心した。飲み終わったらウィリアムを呼ぼう」
 やってきたウィルとはいろんな話をした。
 昨日のこと、体調のこと、朝食のこと、天気のこと。
 聞きたいのはそこではないが、ウィルが話そうとしない。今は聞くときではないのだと、クリスも黙っていることにした。
 アーサーからだとヌガーを渡すと、最初は驚いた顔をしていたが、やがて破顔していく。
 こんなウィルの顔を見るのは生まれて初めてで、なんだか胸が痛かった。
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