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第一章
06 真の后となるために─①
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翌日から、フィリは后としての役割を全うすべく、部屋で数時間の学問を修めることになった。
后としての役割は、夜に王子を寛大に迎え入れ、閨事をする。これが一番の大仕事である。
翌日から、家庭教師を何人もつけて午前中に授業を受ける。主にファルーハ王国の歴史やこれからの生活についてだ。
「后と言えど、みっちりと勉学に励んで頂かねば困ります故、しっかりと学んで下さいませ。申し遅れましたが、私はダナと申します」
歴代の后の家庭教師を担当してきただけあり、まさに肝っ玉タイプの女である。
「まず最初に学んで頂くことは、毒についてです。この国の王子は五人いらっしゃいます。ヴァシリス王子は上から三番目のお生まれになりますね。継ぐのは第一王子のアーディム様ですが、たくさんの才能をお持ちである御子が五人もいらっしゃるとなると、派閥も存在します」
よくある話だ。ルロ国にもある。
「食事に毒が混じっていることはままあり、先代の国王の中で、命を落とした者も存在します。華燭の儀に渡されたネックレスをお持ちですね」
「これか?」
指輪と同様、儀式のときからネックレスもつけっぱなしのままだ。
「左様です。お皿は銀のものを使用してますが……」
「毒の歴史は賊害と欺瞞の歴史でもある。銀の皿だけでは防ぐのは不可能だ」
教師はこほん、と咳をして、静かに頷く。
「フィリ様はルロ国のご出身でしたね。薬を扱う薬師の国と伺っています。きっと毒にもお詳しいのでしょう。ご存じのように、毒は無味無臭ものが存在しています。そちらのネックレスは数百種類の毒に反応し、色が変色します。私からの説明を受けるまでご存じではなかったかと思います。今までフィリ様のお口に入ったものすべて、後宮内にいる毒味役が口に入れてからお出ししておりました」
「毒味役が目の前で口に入れたわけではない。たとえば、他の部屋で毒味をして、ここに料理が持ち込まれた。こっそり入れることだってできたはずだ」
「信頼できるアイラが運びました。彼女はフィリ様に対し、我が国の神であるタヌエルクの生き写しのように思っています。我々も彼女にすべての信頼を置いています。ですがこの先、すべて彼女が監視できるわけではありません。とくにスープ系は溶けやすく、紛れやすいのです。ネックレスは使い方を間違えないよう……」
「これから宴などにも呼ばれることがあるだろう。目上の人の宴に呼ばれた場合、問答無用で料理を口にしなければならない。ネックレスをつけるなど失礼に値する」
「フィリ様はたいへんお察しが早い」
「一つ、質問してもいいか?」
「なんなりと」
「この国で、気をつけなければならない人物は?」
「それは…………、」
「目が泳いだな。すぐにいないと否定できなかった。先ほど派閥もあると言った。それが答えだ」
毒の知識はファルーハ王国の人間より、フィリの方が知識がある。それよりも、これだけ大きな国なのだから、敵対する人物がいて当然だ。
「第三王子の敵となりうる人物は?」
「………他言無用でお願いできますか? この話は、私とフィリ様、そしてヴァシリス様との間のみに交わされるものだと」
「アイラは?」
「アイラは賢い女です。ヴァシリス様の敵となりそうな方は頭に入っているでしょう。第二王子のジャミル様には、どうかお気をつけ下さいませ」
「どのようなお方なんだ?」
「普段から豪勢な宴を開き、側室もすでに二十人ほどいます。先代も含め、ここまで下后を持つなど前代未聞のことです」
第一后を上后、第二后以降は下后と呼ぶ。
「気に入った美しい人は、女でも男でも自分の后としてしまう。前は気に入らない者を極刑にしていましたが、こちらは最近、落ち着いてきました。国を想う気持ちというより、現在の立場を愛していらっしゃる方です」
「野心が強いお方なんだな」
「フィリ様は今、心は結ばれていても身は結ばれておらず、ヴァシリス様の本当の上后とは言い難いです。二年ほどは不自由な暮らしとなりますが、その分守られている状態でもあります」
「ジャミル王子については判った。ヴァシリスが最も信頼を置く王子は?」
「第一王子である、アーディム様です。アーディム王子とヴァシリス王子の間に溝はないと言っていいでしょう。お二人とも仲が良く、ヴァシリス王子はアーディム王子を国王に推している立場を取っていらっしゃいます。第四王子と第五王子はまだまだ幼子です」
「詳しくありがとう。気をつける」
異国に連れて来られてまだ日が浅く、ダナも敵か味方かはっきりとはしなかった。
日が沈む頃、ヴァシリスが姿を現した。仕事疲れからか、目の下が黒く変色している。
「部屋で食事して休めばいいのに」
「……后の元へ通ってはダメなのか?」
「ダメとかそういう話じゃない。疲れているだろう? 目の下に隈ができている」
「お前の顔を見て疲れが吹っ飛んだ。今日はどのようにして過ごしたんだ?」
「午前中は授業、午後は本を読んでいた。なあ、明日から外のプールを使ってもいいか? 体力がだいぶ衰えているから、戻したい」
「構わない。部屋にあるものは好きに使ってほしい。泳げるのか?」
「見よう見まねで泳いでみる。泳ぎ方は本で読んだ」
「明日、早めに仕事を終わらせてここへ来よう。俺が教える」
ヴァシリスは小さな実をむき、フィリの口元へ持っていく。
顔を背けてもなんとしても食べさせようとするので、仕方なしに口を開いた。
「仕事って、何をしているんだ?」
「主に貿易関係だ。今年は油田の出が悪く、ちょっと困っている。去年はかなり多くの石油やガスが出た。そうすると翌年は出が悪くなるんだ」
「来年はまた良いってことか」
「その繰り返しだ。こうも出が悪いと、値段を上げなければならなくなる。そうするとなかなか売れない。あらたに輸出できるものがあればいいんだが……」
「ヴァシリス様、夕餉の最中に仕事の話では……」
アイラはたしなめるが、
「構わないよ。ルロ国との文化の違いが判るし、ファルーハ王国のことをもっと知りたい。海があるんだから、塩でも作ってみたらどうだ?」
「砂糖は作っているが、塩の生産の歴史はないな。異国から取り寄せをしていて、……どうした?」
サファイアの瞳がまっすぐに向く。まだ幼いながら、口調は大人びていて聡明だ。
「いや…………、明敏で、機転が利くと思っただけだ」
「子供扱いしているのか?」
唇を尖らせるあたりは子供だが、笑いをこらえた。
「褒めているだけだ。僕がお前くらいの年齢のときは、そのように利口ではなかった。反発と諦めと人生の放棄だったから」
「過去のフィリもフィリだ。死なずにこうして我が后になってくれて、誇りに思う。……ここだけの話だが、アイラが嘆いていたぞ。お前があまりに我儘も言わないし、欲しいものを聞いてもないと言うから。仕事がなくなり首になるかもしれないと心配していた」
「そ、そうか。僕には充分すぎる部屋だからな……。あえて言うとすれば、とくに日中が暑い。体温を下げるフルーツと部屋にある噴水で耐えてはいるが、皆が平然としているから僕も慣れなければとは思っている」
「なら、氷菓子を届けよう。一時的でも、涼しくはなる」
后としての役割は、夜に王子を寛大に迎え入れ、閨事をする。これが一番の大仕事である。
翌日から、家庭教師を何人もつけて午前中に授業を受ける。主にファルーハ王国の歴史やこれからの生活についてだ。
「后と言えど、みっちりと勉学に励んで頂かねば困ります故、しっかりと学んで下さいませ。申し遅れましたが、私はダナと申します」
歴代の后の家庭教師を担当してきただけあり、まさに肝っ玉タイプの女である。
「まず最初に学んで頂くことは、毒についてです。この国の王子は五人いらっしゃいます。ヴァシリス王子は上から三番目のお生まれになりますね。継ぐのは第一王子のアーディム様ですが、たくさんの才能をお持ちである御子が五人もいらっしゃるとなると、派閥も存在します」
よくある話だ。ルロ国にもある。
「食事に毒が混じっていることはままあり、先代の国王の中で、命を落とした者も存在します。華燭の儀に渡されたネックレスをお持ちですね」
「これか?」
指輪と同様、儀式のときからネックレスもつけっぱなしのままだ。
「左様です。お皿は銀のものを使用してますが……」
「毒の歴史は賊害と欺瞞の歴史でもある。銀の皿だけでは防ぐのは不可能だ」
教師はこほん、と咳をして、静かに頷く。
「フィリ様はルロ国のご出身でしたね。薬を扱う薬師の国と伺っています。きっと毒にもお詳しいのでしょう。ご存じのように、毒は無味無臭ものが存在しています。そちらのネックレスは数百種類の毒に反応し、色が変色します。私からの説明を受けるまでご存じではなかったかと思います。今までフィリ様のお口に入ったものすべて、後宮内にいる毒味役が口に入れてからお出ししておりました」
「毒味役が目の前で口に入れたわけではない。たとえば、他の部屋で毒味をして、ここに料理が持ち込まれた。こっそり入れることだってできたはずだ」
「信頼できるアイラが運びました。彼女はフィリ様に対し、我が国の神であるタヌエルクの生き写しのように思っています。我々も彼女にすべての信頼を置いています。ですがこの先、すべて彼女が監視できるわけではありません。とくにスープ系は溶けやすく、紛れやすいのです。ネックレスは使い方を間違えないよう……」
「これから宴などにも呼ばれることがあるだろう。目上の人の宴に呼ばれた場合、問答無用で料理を口にしなければならない。ネックレスをつけるなど失礼に値する」
「フィリ様はたいへんお察しが早い」
「一つ、質問してもいいか?」
「なんなりと」
「この国で、気をつけなければならない人物は?」
「それは…………、」
「目が泳いだな。すぐにいないと否定できなかった。先ほど派閥もあると言った。それが答えだ」
毒の知識はファルーハ王国の人間より、フィリの方が知識がある。それよりも、これだけ大きな国なのだから、敵対する人物がいて当然だ。
「第三王子の敵となりうる人物は?」
「………他言無用でお願いできますか? この話は、私とフィリ様、そしてヴァシリス様との間のみに交わされるものだと」
「アイラは?」
「アイラは賢い女です。ヴァシリス様の敵となりそうな方は頭に入っているでしょう。第二王子のジャミル様には、どうかお気をつけ下さいませ」
「どのようなお方なんだ?」
「普段から豪勢な宴を開き、側室もすでに二十人ほどいます。先代も含め、ここまで下后を持つなど前代未聞のことです」
第一后を上后、第二后以降は下后と呼ぶ。
「気に入った美しい人は、女でも男でも自分の后としてしまう。前は気に入らない者を極刑にしていましたが、こちらは最近、落ち着いてきました。国を想う気持ちというより、現在の立場を愛していらっしゃる方です」
「野心が強いお方なんだな」
「フィリ様は今、心は結ばれていても身は結ばれておらず、ヴァシリス様の本当の上后とは言い難いです。二年ほどは不自由な暮らしとなりますが、その分守られている状態でもあります」
「ジャミル王子については判った。ヴァシリスが最も信頼を置く王子は?」
「第一王子である、アーディム様です。アーディム王子とヴァシリス王子の間に溝はないと言っていいでしょう。お二人とも仲が良く、ヴァシリス王子はアーディム王子を国王に推している立場を取っていらっしゃいます。第四王子と第五王子はまだまだ幼子です」
「詳しくありがとう。気をつける」
異国に連れて来られてまだ日が浅く、ダナも敵か味方かはっきりとはしなかった。
日が沈む頃、ヴァシリスが姿を現した。仕事疲れからか、目の下が黒く変色している。
「部屋で食事して休めばいいのに」
「……后の元へ通ってはダメなのか?」
「ダメとかそういう話じゃない。疲れているだろう? 目の下に隈ができている」
「お前の顔を見て疲れが吹っ飛んだ。今日はどのようにして過ごしたんだ?」
「午前中は授業、午後は本を読んでいた。なあ、明日から外のプールを使ってもいいか? 体力がだいぶ衰えているから、戻したい」
「構わない。部屋にあるものは好きに使ってほしい。泳げるのか?」
「見よう見まねで泳いでみる。泳ぎ方は本で読んだ」
「明日、早めに仕事を終わらせてここへ来よう。俺が教える」
ヴァシリスは小さな実をむき、フィリの口元へ持っていく。
顔を背けてもなんとしても食べさせようとするので、仕方なしに口を開いた。
「仕事って、何をしているんだ?」
「主に貿易関係だ。今年は油田の出が悪く、ちょっと困っている。去年はかなり多くの石油やガスが出た。そうすると翌年は出が悪くなるんだ」
「来年はまた良いってことか」
「その繰り返しだ。こうも出が悪いと、値段を上げなければならなくなる。そうするとなかなか売れない。あらたに輸出できるものがあればいいんだが……」
「ヴァシリス様、夕餉の最中に仕事の話では……」
アイラはたしなめるが、
「構わないよ。ルロ国との文化の違いが判るし、ファルーハ王国のことをもっと知りたい。海があるんだから、塩でも作ってみたらどうだ?」
「砂糖は作っているが、塩の生産の歴史はないな。異国から取り寄せをしていて、……どうした?」
サファイアの瞳がまっすぐに向く。まだ幼いながら、口調は大人びていて聡明だ。
「いや…………、明敏で、機転が利くと思っただけだ」
「子供扱いしているのか?」
唇を尖らせるあたりは子供だが、笑いをこらえた。
「褒めているだけだ。僕がお前くらいの年齢のときは、そのように利口ではなかった。反発と諦めと人生の放棄だったから」
「過去のフィリもフィリだ。死なずにこうして我が后になってくれて、誇りに思う。……ここだけの話だが、アイラが嘆いていたぞ。お前があまりに我儘も言わないし、欲しいものを聞いてもないと言うから。仕事がなくなり首になるかもしれないと心配していた」
「そ、そうか。僕には充分すぎる部屋だからな……。あえて言うとすれば、とくに日中が暑い。体温を下げるフルーツと部屋にある噴水で耐えてはいるが、皆が平然としているから僕も慣れなければとは思っている」
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