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第一章 学生時代

03 占いと謎

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 ティーポットに入っているお茶は、二杯と半分ほどだった。
 最後はストレートで飲んでみる。あまり渋みはない。
「さて、ここから本題に入らせて頂きます。彼方さんはアルバイトを探しているとおっしゃいましたね」
「はい」
「偶然にも、うちはアルバイトを募集しています。よろしければ、考えて頂けませんか?」
 氷のたっぷり入ったグラスに赤茶色の透明な液を注ぎ、僕の隣に座る。
「……………………」
「ご都合があるでしょう。急がなくてもけっこうです」
「僕で、いいんですか?」
「僕で、とは?」
「その……、こんな見た目ですけど」
 アーサーさんは首を傾げると、少し長い襟足が揺れた。癖っ毛の髪が揺れ、光を吸収しているみたいだ。ブロンドヘアーが美しい。
「これは私事ではありますが、人様の風貌にとやかく言うのは御法度だと考えております。それを踏まえてあえて申しますが、私がイギリス人であり、日本の文化や礼儀に乏しいせいか、雇えない事情があるとは思えませんが」
「……髪の長さがダメだったりします」
 そう言うと、彼は僕の頭を見やる。
 今は編み込んで上でまとめているため、髪が短く見えるが、本当は肩まである。
 そう、僕の髪は長い。男のくせに。
「日本では、髪の長い男性は仕事にありつけないことがあるのですね。初めて学ばせて頂きました」
「……………………」
「ならば、こちらも条件をいくつか申し上げます。あなたは自身の特別な事情や宗教等で、受け入れられない人種や国はございますか?」
「そんな質問をされたのは初めてです。考えたこともないです」
「それが私の条件です。あなたが思っている以上に占いの世界は厳しく、予測不可能なことが起こります。驚いて腰を抜かすようなことも」
「どんなことが起こるか想像は付かないですが、差別がない世界で生きたいとは思います。醜い世界は、憎くて仕方がない」
 きっぱりと言いきってしまった。彼は何か言いたげな顔をするが、微笑んで触れないでいてくれた。彼は、王子様みたいな笑い方をする。褒め言葉でありながら、あまり褒めていない。
「手始めに、彼方さんを占ってもいいですか?」
「もちろんです。僕でよければ」
 彼は一度カウンターの奥へ入っていき、タロットカードと盤を持ってきた。
 奇妙なマークがたくさん彫られていて、宝石のような丸い石が置かれている。
「綺麗ですね……宝石ですか?」
「天然石です」
「宝石とは違うんですか?」
「宝石と天然石も同じものになります。しいて言うなら、加工などをして希少価値が高く販売されているものを宝石と呼んでもいいかもしれません。自身で使う石は、天然石と呼んでいます。まずはあなたのことを知りたい」
 言い方に、少しどきっとした。薄暗いフロアでは、目に光りが当たると宝石以上に輝いている。
「こちらの紙に、生年月日と生まれた時間を書いて下さい」
 言われた通りに記していく。
「珍しい。生まれた時間を書いてほしいと申し上げても、すんなりお書きになる方はほぼいらっしゃらない」
「僕、病院じゃなくて家で生まれたんです。おばあちゃんに受け止めてもらって、二十年近く前の話をいまだにされます」
 こんなに小さかったのに、と両手をめいっぱい広げて話す祖母は、ちょっと天然が入っている。天然なのはうちの家系で祖母だけだ。誰に似たわけでもないのに、性格が形成されていくそれぞれの人生は面白い。僕がネガティヴなのも、生まれてから作られた人格。祖母は前向きなのに。
 彼はメモを取りながら天然石を動かし、眉毛をハの字に曲げた。
「美しい人生、とは言い難い日々を送っていたのですね」
「……………………」
「生まれてから三歳で、あなたはすでに路頭に迷っていた。家庭の事情、でしょうか?」
「どうして、そこまで……」
 彼と会うのは二回目で、ほぼ初対面の間柄だ。
 魔法を使ったみたいに、完璧に当てた。
 当の本人はタロットカードを一枚めくり、真ん中に置く。
 出たカードは、ローブを着た男性が棒と明かりを持っている。
「隠者のカードです。そして逆位置。人と深い繋がりを持ちたいのに、何かに苛まれできないでいる。内面に人を入れるくらいなら、ずっと孤独の方がいい」
 もう一枚めくった。素人の僕でも知っている。運命を表すカードだ。
「運命の輪ですね。高校を卒業し、大学生となるあなたは今が変わるチャンスと出ています。彼方さんはネガティヴな人ではない。本当はもっと社交的で、人を大好きになれる素質をお持ちです」
「本当に?」
「ええ。これからもっと道が開けますよ」
「聞きたいことがあります」
「何なりと」
「僕は、この髪型で大丈夫でしょうか?」
「あなたはとても欲のない方ですね。そうですね……もし髪型を変えたいと思うときがきたのなら、それは新しい自分へ生まれ変わるチャンスです。今はそのままでも、特に問題点があるとは出ておりません」
「……僕には、まだ変えられる勇気はないみたいです」
「それでいいのです。何にせよ、買うか捨てるか、先を行くか後ろに下がるかという振り幅の大きい問題にする必要はありません。現状維持という言葉を、常に頭に入れて下さい。人生変えることがすべてではありません」
 この人は不思議な人だ。穏やかで優しい話し方もあり、濁った池が少しずつ浄化されていく。僕みたいな不透明感しかない人間には、太陽は眩しすぎる。
「占い師さんに占ってもらったのは初めてです。当たりすぎて、どうしようかと思いました。ちょっと怖いくらい」
「ふふ……興味を持ちました?」
「はい、とても」
「それは良かった」
 占いに興味を持ったのもあるが、何より店長に興味が沸いた。
「店長さんも、かっこよくて優しいですし」
「……………………」
 僕は見た。目が合った。
 あれだけ穏やかに微笑んでいたのに、真顔になった顔は驚きとか傷ついたとか、それよりももっと越えた表情に見えた。
 うまく言えないけれど、僕はとんでもないことを言ってしまったのかもしれない。『かっこいい』か『優しい』か、彼の気に刺さる言葉はどちらか。
「もう少しお菓子はいかがですか? 今度は刺激のないようなものを」
「……ありがとうございます」
 ほんの一瞬のことで、彼は蒸し返そうともしなかった。
 やり過ごしてくれる、大人の対応。
 僕は謝るタイミングを失い、丸くて真っ白なクッキーを頬張った。
 すごく美味しいのに、心は晴れない。
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