占星術師アーサーと彼方のカフェ

不来方しい

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第三章 母を追って

055 開けた道

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 財産というのは、人間をおかしくさせる麻薬のようなものだ。
 一家が破滅へ導く厄介なものでもあり、財産ではなく爆弾を放り投げられたのではないのかと、彼方は途方に暮れる。
「なぜ女性限定なのかも分かりません。偶然にも、スタッフォード家で生まれた女性はレイラだけなのです。効力を発揮するのは、遺言書が開かれたときからスタートだと書いてありました」
「不思議な遺言ですね」
「ええ。訳が分かりません。どうかしましたか?」
 うなる彼方に、アーサーは首を傾げた。
「遺言書を見つけた方はどなたですか?」
「レイラの世話係をしている者です。血筋関係はない方ですね。部屋の大掃除をしているとき、偶然見つけたと話していました。今回のスタッフォード家の集まりも、財産の相続問題についてです」
「もしレイラがいらないと言ったらどうなるんですか?」
「スタッフォード家に嫁いできた女性が相続権を持ちます」
「じゃあ、ナタリーさんも?」
「ええ。彼女はスタッフォード家があまり好きではありません。イギリスへもほとんど来ませんし。一応、本日の会合には参加すると言って今日の夕方には到着予定ですが……。財産だとか、そんなことよりも……」
「ぜひ紹介して下さい」
「もちろんです」
 強ばっていたアーサーの頬が緩んだ。
「もともと、カナを呼んだのは母に紹介したかったからなのです。あまりいい反応はしないでしょうが、気を悪くしないで下さい」
「ナタリーさんは、アーサーさんのことをちゃんと想っていますよ」
 気休めで言ったつもりもなかった。ある程度の確信があったのだ。
 フィンリーが手土産を持ってやってきた。
 キッチンを見ては、頭を抱えてしまった。
「そこにある瓶詰めは、庭の無惨なベリーの木と関係があるのかい? 見栄え最悪なんだけど」
「お一ついかがです?」
「美味しかったです」
「それはよかった。丹誠込めて育てたものだからね。もらっておくよ」
「レイラの様子は?」
「ご指名だよ、弟君」
「だろうとは思いました。カナ、一緒に来てくれますか? レイラに昨日のことを謝らせます」
「僕は気にしてないですって」
「日本人の美徳は海外では通用しません。悪人に利用されて終わるだけです。あれは完全にレイラが悪い。あなたは堂々としていて下さい」
 フィンリーを見ると、彼も深く頷いた。
 一軒家から本来泊まるはずだった屋敷へ行くと、またしてもレイラの声が聞こえた。
「やれやれ、今度は何の騒ぎだい?」
「レイラお嬢様が、今宵の会合に着ていくドレスが気に入らないと」
「ピンクがいいって言ったのよ! どうして水色なのよ」
「レイラ」
 アーサーが一歩前へ踏み出した。すると、レイラの顔がみるみるうちに変わっていく。
「アーサーお兄様!」
 泣きじゃくっていたのに一瞬で笑顔になり、アーサーの胸に抱きついた。
 アーサーは軽く彼女の頭に手を置き、
「彼女たちを困らせてはいけません」
「だって、私のお気に入りのドレスを用意してくれないんですもの。そうだ、アーサーお兄様が買って下さる?」
「服を贈るというのは特別な意味合いを持つ場合が多いです。いずれあなたにふさわしい方が現れたときまでとっておくべきです。それと、昨日のことは私は許したわけではありません。カナ」
 アーサーは彼方の背を押し、前に出させた。
「何か言うべきことがありますね」
「私のお客様じゃないわ」
「スタッフォード家にとっても私にとってもお客様です。それにケガを負わせた。絶対にあってはならないことです」
 アーサーはまっすぐにレイラを見つめ、視線を逃さなかった。
「……分かったわよ」
 レイラは彼方の前にやってきて、不満そうに唇を歪ませる。
「悪かったわ。ケガをさせてごめんなさい」
「気にしていないよ。大丈夫」
 レイラはバツが悪そうにそっぽを向いた。
「話がついたところで、今日の集まりのことなんだけれど。昨日君がいないから雰囲気最悪だったよ」
「今日はナタリーがいるので、さらに雰囲気が最悪になりますよ。楽しみですね」
 スタッフォード家とはうまく行っていないようだ。
「彼方君はどうするの?」
「部屋で休んでいてもらいます。カナ、すみませんが一人にさせてしまいます。退屈しないように映画などを用意していますので、くつろいでいて下さい」
「いいえ、全然。ご家族の集まりなんですから、ゆっくりしてきて下さい」
「夜まで時間があるけど、どうするの?」
 フィンリーが口を挟んだ。
「海辺にでも行こうかと思います。いかがです?」
「ぜひ! 海なんて行った経験がほとんどないんですよ」
「カナの住んでいるところからだとなかなか行きづらいですよね。散歩でもしましょうか」
 狭い路地裏を通るだけで、高揚感に包まれた。迷路を通っているみたいで、秘密基地に行くような気持ちだった。
 海が近づいてくるたび、潮の香りが強くなる。
「すぐそこです」
 彼方の知る海を覆した。
「すごい……きれい……」
 濁りのないコバルトブルーが一面に広がっていた。太陽光に照らされ、眩しいくらいに輝いている。
「宝石が散りばめられているみたいです。泳ぐのがもったいないくらい。人間の手を入れたくないです」
「そう言ってもらえると、私も誇らしい気持ちです」
 まばらに泳いでいる人もいる。
「九月くらいまでは泳げますよ」
「アーサーさんも、泳いだりしたんですか?」
「私は肌が焼けると激痛に襲われます。それに、あまりいい想い出がありません」
「何かあったんです?」
「過去にフィンリーと一緒に来たことがありました。彼は私を撒き餌のように扱い、群がる女性たちを部屋に連れ込んでパーティーをしていました」
「フィンリーさんって……。アーサーさんも参加したんですか?」
「あなたはどう思いますか?」
 アーサーはにっこりと太陽よりも眩しい笑顔を見せる。くらくらした。
「そういうのには参加してほしくないなあっていう、願望です」
「パーフェクト。百点満点の回答です。私は一人で初恋の人を想っておりましたよ。どこで何をしているのかと」
 かしこまった言い方をするものだから、彼方は笑いながら疑いの眼差しを向ける。
「本当ですかあ?」
「ふふ……どうでしょうね。フルーツジュースが売っていますよ。飲みませんか?」
「飲みたいです」
 ミモザのような色をしたジュースだった。
 酸味がしっかりとある、さっぱりしていて柑橘系の味が強い。
「さて、そろそろ本題に入りましょうか」
「財産の話ですか?」
「まさか。あなたの進路についてです」
 思わず目を逸らしてしまった。
 アーサーはそんな彼方を目ざとく見て、
「大学四年生、おめでとうございます。久しぶりにあなたのフランス語を聞いて、感無量といいますか。懐かしい気持ちにもなり、誇らしい気分です。本当に上手になりましたね」
「ありがとうございます。でも本場の方と話すと聞き取れないことが多いです」
「それはお互い様ですよ。日本へ行くと、関西弁だの津軽弁だの、日本語は奥が深いと感じます。フランス語でもアルバイト経験でも、あなたの得意な和菓子作りでも、今までの経験から考えてみるのもいいかもしれません」
「フランスへ来て、海を見て思ったんです。ぼんやり一年過ごしたらどうなるんだろうって。お菓子作りに興味はあります。同じくらいに、外国語にも」
「それはいい考えです。日本人は時間に追われすぎています。まったりと過ごすのも人生には必要な時間ですよ」
「夢といえば、ちょっと考えていることがあるんです。いつになったら、髪を短くできるのかなあって」
 か細くなる声は、波の音に消されてしまうが、アーサーの耳にはしっかり届いた。
「卒業式の日に切りに行きましょうか?」
「日本へわざわざ?」
 アーサーはいたずらっ子のような顔をして笑みを零す。
「花束を持って大学まで迎えに行くのです」
「僕、さらわれるみたい」
「ある意味似たようなものです。もし、お菓子作りに興味があるのなら、イギリスで学んでみませんか?」
「洋菓子を?」
「師匠の弟子がイギリスにいて、父の仕事を手伝いながら私もそこで修行をしています。もし悩んでいるようでしたら、ぜひ。ジルにあなたの話をしたら、とても興味があると言っていました。ただ、その……」
「何かあるんですか?」
 アーサーは言いづらそうに口を開いた。
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