いつかの光、彼方の光

ゆきりんご

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8話:分からない気持ち

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 啖呵を切り、部屋を後にすると、途端に不安が押し寄せてきた。士官学校を卒業した人たちがほとんどのなかで上位十位以内? 冗談じゃない。辞めさせるつもりしかない条件に、ルーカスは眩暈がした。
 与えられた部屋に向かう途中、ヘンゼルとばったりと出くわした。

「早かったな。もう終わったのか」
「断られました。アンテスさん、俺はテオに騎士団を辞めさせられるかもしれません」
「は?」

 アーベルの部屋でのことを話すと、ヘンゼルは盛大に笑った。

「はっはっは、それは傑作だ。アインツカイト様も面白いことを考える」
「笑い事じゃありません。十位以内なんて無茶です」
「それが無理ならば、アインツカイト様のもとで戦うのも無理だろうな」

 ルーカスは俯いた。その通りだ。その通りではあるのだが。

「あ、ルーカス君戻ってきてたんだ。良かった。本当にベーア様のところに行くなんてびっくりした」

 遠くでぶんぶんとブルーノが手を振っていた。横には、ヨハンもいる。

「こいつ、アインツカイト様に辞めさせられそうになってるらしいぞ」
「え、なんでそうなったの?」

 突き付けられた条件のことを話す。

「どうしてテオはあんなことを言うんでしょうね」
「ルーカス君のことが好きだからじゃない? 怪我をしてほしくないんだよ」
「そんなことは……」
「それは無いな。さきほどの歓迎会でどこぞのご令嬢と一緒にいるところを見た」
「え?」
「なんだ、一緒に戦うだけでは飽き足らず、アインツカイト様の心まで狙っているのか? とんだ身の程知らずだな」
「いえ、そういうわけでは……」

 そういうわけではないはずなのだが、施設にいたとき抱いた、どきどきとした気持ちが思い出される。

「お前本当に……」

 ヘンゼルがルーカスの顔をのぞき込む。苦しさに歪んだ表情に、ヘンゼルはたじろいだ。

「おい、泣くな。私が泣かせたみたいだろう。まったく」
「アンテスが泣かせた~」

 刹那、ルーカスは肩を掴まれ、視界が真っ暗になった。ヘンゼルの胸板に頭を引き寄せられたのだと理解するのに、数秒を要した。どうしてそんなことになっているのか理解できずに体を離すと、動揺したようなヘンゼルの顔が目に入る。

「その情けない顔を私に向けるな……!」
「俺はテオバルトのことが好きなんでしょうか」
「知るか。自分の気持ちくらい自分で見定めろ。お前はアインツカイト様の追っかけをするために騎士団に入ったのか」
「違います!」

 鋭く返した剣幕に、ヘンゼルは僅かに怯んだように見えた。ごちゃごちゃとした気持ちのことは分からないが、それだけははっきりと断言できた。

「俺は敵を討つために騎士団に入ったんです。筋肉がつかなくても、士官学校に入れなくても、テオバルトみたいに天才じゃないただの凡人でも……諦めたくない」

 一息で告げると、久しぶりに肺が「ひゅう」と音をたてた。

「騎士団に入れたのはぎりぎりだったと思います。でも入れたからには凡人なりに頑張りたい」
「……お前は悪くない成績だった。ただの凡人が私の班に入るなど、私が許すはずがないだろう。変な気持ちに惑わされず成果を上げていくんだな。それに、なかなか気骨があるようだ。お前がまだ歓迎会に戻る気があるのなら、私が踊りの相手をしてやってもいいぞ」
「そ、そんな畏れ多いです」
「折角誘ってやったのに断るのか?」
「踊れませんし」
「覚えればいいだけのことだ」

 強引に手を引かれ、ルーカスは大広間へと戻ることになった。
 高慢な態度に反して、ヘンゼルのリードは親切なものだった。踊ったことがないルーカスでも、次に出す足が自然に分かる。腕は操り人形のように動かされていた。
 一曲を踊り終えると、ヘンゼルはグラスを差し出した。

「酒だ。飲めるか」

 ルーカスはしゅわしゅわと泡が立つそれをしげしげと眺め、次に匂いをかいだ。ジュースと同じように甘い香りが鼻腔に広がる。

「飲んだことないのか」
「ええ、初めてです。いただきます」

 ひとしきり見た目と匂いを確かめると、ぐいっとあおった。少しの苦味のあと、かっと喉が熱くなる。

「……美味しいです。もっと飲みたいくらい」
「あ、おい……!」

 ふらふらと歩き出したルーカスの後をヘンゼルが追う。しかし、小柄な身でするりするりと人の間を縫っていくルーカスに、ヘンゼルは置いていかれてしまう。その間にルーカスは新しいグラスを手にしては飲み干す。また新しいグラスを求めて歩いた先で、どんっと人にぶつかった。顔を上げると、テオバルトが立ちはだかっていた。

「ルー、酒を吞んだのか?」

 手にしたグラスを取り上げられ、ルーカスは手を伸ばした。

「テオバルト様、私の班の者が申し訳ございません。おい、お前はもう部屋に戻れ」

 ヘンゼルはぐいぐいとルーカスの腕を引っ張った。

「アンテス。ルーに手荒な真似をするんじゃない」

 ヘンゼルは目をしばたたかせてテオバルトを見た。

「こいつが……アインツカイト様の特別なんですか」
「そうだ。アンテスもルーのことが気になってるんだろう。さっき一緒に踊っていることろを見た」
「それはそうですが……アインツカイト様こそご令嬢がいるのでは?」
「あいつとはそういうんじゃない」
「左様ですか……」
「釈然としてなさそうだな」
「そんなことは……」

 やけに静かなルーカスに視線をやった。すっかり寝息をたてている。

「おい、起きろ」
「ルーは一度寝たらなかなか起きない。おぶるなり抱えるなりして部屋に連れて行くんだな」
「本当に手のかかる奴だ」

 ヘンゼルはルーカスを横抱きにして、部屋まで運んでやることにした。
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