8 / 16
8話:分からない気持ち
しおりを挟む
啖呵を切り、部屋を後にすると、途端に不安が押し寄せてきた。士官学校を卒業した人たちがほとんどのなかで上位十位以内? 冗談じゃない。辞めさせるつもりしかない条件に、ルーカスは眩暈がした。
与えられた部屋に向かう途中、ヘンゼルとばったりと出くわした。
「早かったな。もう終わったのか」
「断られました。アンテスさん、俺はテオに騎士団を辞めさせられるかもしれません」
「は?」
アーベルの部屋でのことを話すと、ヘンゼルは盛大に笑った。
「はっはっは、それは傑作だ。アインツカイト様も面白いことを考える」
「笑い事じゃありません。十位以内なんて無茶です」
「それが無理ならば、アインツカイト様のもとで戦うのも無理だろうな」
ルーカスは俯いた。その通りだ。その通りではあるのだが。
「あ、ルーカス君戻ってきてたんだ。良かった。本当にベーア様のところに行くなんてびっくりした」
遠くでぶんぶんとブルーノが手を振っていた。横には、ヨハンもいる。
「こいつ、アインツカイト様に辞めさせられそうになってるらしいぞ」
「え、なんでそうなったの?」
突き付けられた条件のことを話す。
「どうしてテオはあんなことを言うんでしょうね」
「ルーカス君のことが好きだからじゃない? 怪我をしてほしくないんだよ」
「そんなことは……」
「それは無いな。さきほどの歓迎会でどこぞのご令嬢と一緒にいるところを見た」
「え?」
「なんだ、一緒に戦うだけでは飽き足らず、アインツカイト様の心まで狙っているのか? とんだ身の程知らずだな」
「いえ、そういうわけでは……」
そういうわけではないはずなのだが、施設にいたとき抱いた、どきどきとした気持ちが思い出される。
「お前本当に……」
ヘンゼルがルーカスの顔をのぞき込む。苦しさに歪んだ表情に、ヘンゼルはたじろいだ。
「おい、泣くな。私が泣かせたみたいだろう。まったく」
「アンテスが泣かせた~」
刹那、ルーカスは肩を掴まれ、視界が真っ暗になった。ヘンゼルの胸板に頭を引き寄せられたのだと理解するのに、数秒を要した。どうしてそんなことになっているのか理解できずに体を離すと、動揺したようなヘンゼルの顔が目に入る。
「その情けない顔を私に向けるな……!」
「俺はテオバルトのことが好きなんでしょうか」
「知るか。自分の気持ちくらい自分で見定めろ。お前はアインツカイト様の追っかけをするために騎士団に入ったのか」
「違います!」
鋭く返した剣幕に、ヘンゼルは僅かに怯んだように見えた。ごちゃごちゃとした気持ちのことは分からないが、それだけははっきりと断言できた。
「俺は敵を討つために騎士団に入ったんです。筋肉がつかなくても、士官学校に入れなくても、テオバルトみたいに天才じゃないただの凡人でも……諦めたくない」
一息で告げると、久しぶりに肺が「ひゅう」と音をたてた。
「騎士団に入れたのはぎりぎりだったと思います。でも入れたからには凡人なりに頑張りたい」
「……お前は悪くない成績だった。ただの凡人が私の班に入るなど、私が許すはずがないだろう。変な気持ちに惑わされず成果を上げていくんだな。それに、なかなか気骨があるようだ。お前がまだ歓迎会に戻る気があるのなら、私が踊りの相手をしてやってもいいぞ」
「そ、そんな畏れ多いです」
「折角誘ってやったのに断るのか?」
「踊れませんし」
「覚えればいいだけのことだ」
強引に手を引かれ、ルーカスは大広間へと戻ることになった。
高慢な態度に反して、ヘンゼルのリードは親切なものだった。踊ったことがないルーカスでも、次に出す足が自然に分かる。腕は操り人形のように動かされていた。
一曲を踊り終えると、ヘンゼルはグラスを差し出した。
「酒だ。飲めるか」
ルーカスはしゅわしゅわと泡が立つそれをしげしげと眺め、次に匂いをかいだ。ジュースと同じように甘い香りが鼻腔に広がる。
「飲んだことないのか」
「ええ、初めてです。いただきます」
ひとしきり見た目と匂いを確かめると、ぐいっとあおった。少しの苦味のあと、かっと喉が熱くなる。
「……美味しいです。もっと飲みたいくらい」
「あ、おい……!」
ふらふらと歩き出したルーカスの後をヘンゼルが追う。しかし、小柄な身でするりするりと人の間を縫っていくルーカスに、ヘンゼルは置いていかれてしまう。その間にルーカスは新しいグラスを手にしては飲み干す。また新しいグラスを求めて歩いた先で、どんっと人にぶつかった。顔を上げると、テオバルトが立ちはだかっていた。
「ルー、酒を吞んだのか?」
手にしたグラスを取り上げられ、ルーカスは手を伸ばした。
「テオバルト様、私の班の者が申し訳ございません。おい、お前はもう部屋に戻れ」
ヘンゼルはぐいぐいとルーカスの腕を引っ張った。
「アンテス。ルーに手荒な真似をするんじゃない」
ヘンゼルは目をしばたたかせてテオバルトを見た。
「こいつが……アインツカイト様の特別なんですか」
「そうだ。アンテスもルーのことが気になってるんだろう。さっき一緒に踊っていることろを見た」
「それはそうですが……アインツカイト様こそご令嬢がいるのでは?」
「あいつとはそういうんじゃない」
「左様ですか……」
「釈然としてなさそうだな」
「そんなことは……」
やけに静かなルーカスに視線をやった。すっかり寝息をたてている。
「おい、起きろ」
「ルーは一度寝たらなかなか起きない。おぶるなり抱えるなりして部屋に連れて行くんだな」
「本当に手のかかる奴だ」
ヘンゼルはルーカスを横抱きにして、部屋まで運んでやることにした。
与えられた部屋に向かう途中、ヘンゼルとばったりと出くわした。
「早かったな。もう終わったのか」
「断られました。アンテスさん、俺はテオに騎士団を辞めさせられるかもしれません」
「は?」
アーベルの部屋でのことを話すと、ヘンゼルは盛大に笑った。
「はっはっは、それは傑作だ。アインツカイト様も面白いことを考える」
「笑い事じゃありません。十位以内なんて無茶です」
「それが無理ならば、アインツカイト様のもとで戦うのも無理だろうな」
ルーカスは俯いた。その通りだ。その通りではあるのだが。
「あ、ルーカス君戻ってきてたんだ。良かった。本当にベーア様のところに行くなんてびっくりした」
遠くでぶんぶんとブルーノが手を振っていた。横には、ヨハンもいる。
「こいつ、アインツカイト様に辞めさせられそうになってるらしいぞ」
「え、なんでそうなったの?」
突き付けられた条件のことを話す。
「どうしてテオはあんなことを言うんでしょうね」
「ルーカス君のことが好きだからじゃない? 怪我をしてほしくないんだよ」
「そんなことは……」
「それは無いな。さきほどの歓迎会でどこぞのご令嬢と一緒にいるところを見た」
「え?」
「なんだ、一緒に戦うだけでは飽き足らず、アインツカイト様の心まで狙っているのか? とんだ身の程知らずだな」
「いえ、そういうわけでは……」
そういうわけではないはずなのだが、施設にいたとき抱いた、どきどきとした気持ちが思い出される。
「お前本当に……」
ヘンゼルがルーカスの顔をのぞき込む。苦しさに歪んだ表情に、ヘンゼルはたじろいだ。
「おい、泣くな。私が泣かせたみたいだろう。まったく」
「アンテスが泣かせた~」
刹那、ルーカスは肩を掴まれ、視界が真っ暗になった。ヘンゼルの胸板に頭を引き寄せられたのだと理解するのに、数秒を要した。どうしてそんなことになっているのか理解できずに体を離すと、動揺したようなヘンゼルの顔が目に入る。
「その情けない顔を私に向けるな……!」
「俺はテオバルトのことが好きなんでしょうか」
「知るか。自分の気持ちくらい自分で見定めろ。お前はアインツカイト様の追っかけをするために騎士団に入ったのか」
「違います!」
鋭く返した剣幕に、ヘンゼルは僅かに怯んだように見えた。ごちゃごちゃとした気持ちのことは分からないが、それだけははっきりと断言できた。
「俺は敵を討つために騎士団に入ったんです。筋肉がつかなくても、士官学校に入れなくても、テオバルトみたいに天才じゃないただの凡人でも……諦めたくない」
一息で告げると、久しぶりに肺が「ひゅう」と音をたてた。
「騎士団に入れたのはぎりぎりだったと思います。でも入れたからには凡人なりに頑張りたい」
「……お前は悪くない成績だった。ただの凡人が私の班に入るなど、私が許すはずがないだろう。変な気持ちに惑わされず成果を上げていくんだな。それに、なかなか気骨があるようだ。お前がまだ歓迎会に戻る気があるのなら、私が踊りの相手をしてやってもいいぞ」
「そ、そんな畏れ多いです」
「折角誘ってやったのに断るのか?」
「踊れませんし」
「覚えればいいだけのことだ」
強引に手を引かれ、ルーカスは大広間へと戻ることになった。
高慢な態度に反して、ヘンゼルのリードは親切なものだった。踊ったことがないルーカスでも、次に出す足が自然に分かる。腕は操り人形のように動かされていた。
一曲を踊り終えると、ヘンゼルはグラスを差し出した。
「酒だ。飲めるか」
ルーカスはしゅわしゅわと泡が立つそれをしげしげと眺め、次に匂いをかいだ。ジュースと同じように甘い香りが鼻腔に広がる。
「飲んだことないのか」
「ええ、初めてです。いただきます」
ひとしきり見た目と匂いを確かめると、ぐいっとあおった。少しの苦味のあと、かっと喉が熱くなる。
「……美味しいです。もっと飲みたいくらい」
「あ、おい……!」
ふらふらと歩き出したルーカスの後をヘンゼルが追う。しかし、小柄な身でするりするりと人の間を縫っていくルーカスに、ヘンゼルは置いていかれてしまう。その間にルーカスは新しいグラスを手にしては飲み干す。また新しいグラスを求めて歩いた先で、どんっと人にぶつかった。顔を上げると、テオバルトが立ちはだかっていた。
「ルー、酒を吞んだのか?」
手にしたグラスを取り上げられ、ルーカスは手を伸ばした。
「テオバルト様、私の班の者が申し訳ございません。おい、お前はもう部屋に戻れ」
ヘンゼルはぐいぐいとルーカスの腕を引っ張った。
「アンテス。ルーに手荒な真似をするんじゃない」
ヘンゼルは目をしばたたかせてテオバルトを見た。
「こいつが……アインツカイト様の特別なんですか」
「そうだ。アンテスもルーのことが気になってるんだろう。さっき一緒に踊っていることろを見た」
「それはそうですが……アインツカイト様こそご令嬢がいるのでは?」
「あいつとはそういうんじゃない」
「左様ですか……」
「釈然としてなさそうだな」
「そんなことは……」
やけに静かなルーカスに視線をやった。すっかり寝息をたてている。
「おい、起きろ」
「ルーは一度寝たらなかなか起きない。おぶるなり抱えるなりして部屋に連れて行くんだな」
「本当に手のかかる奴だ」
ヘンゼルはルーカスを横抱きにして、部屋まで運んでやることにした。
10
あなたにおすすめの小説
炎の精霊王の愛に満ちて
陽花紫
BL
異世界転移してしまったミヤは、森の中で寒さに震えていた。暖をとるために焚火をすれば、そこから精霊王フレアが姿を現す。
悪しき魔術師によって封印されていたフレアはその礼として「願いをひとつ叶えてやろう」とミヤ告げる。しかし無欲なミヤには、願いなど浮かばなかった。フレアはミヤに欲望を与え、いまいちど願いを尋ねる。
ミヤは答えた。「俺を、愛して」
小説家になろうにも掲載中です。
病み墜ちした騎士を救う方法
無月陸兎
BL
目が覚めたら、友人が作ったゲームの“ハズレ神子”になっていた。
死亡フラグを回避しようと動くも、思うようにいかず、最終的には原作ルートから離脱。
死んだことにして田舎でのんびりスローライフを送っていた俺のもとに、ある噂が届く。
どうやら、かつてのバディだった騎士の様子が、どうもおかしいとか……?
※欠損表現有。本編が始まるのは実質中盤頃です
雪を溶かすように
春野ひつじ
BL
人間と獣人の争いが終わった。
和平の条件で人間の国へ人質としていった獣人国の第八王子、薫(ゆき)。そして、薫を助けた人間国の第一王子、悠(はる)。二人の距離は次第に近づいていくが、実は薫が人間国に行くことになったのには理由があった……。
溺愛・甘々です。
*物語の進み方がゆっくりです。エブリスタにも掲載しています
手切れ金
のらねことすていぬ
BL
貧乏貴族の息子、ジゼルはある日恋人であるアルバートに振られてしまう。手切れ金を渡されて完全に捨てられたと思っていたが、なぜかアルバートは彼のもとを再び訪れてきて……。
貴族×貧乏貴族
【BL】こんな恋、したくなかった
のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】
人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。
ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。
※ご都合主義、ハッピーエンド
冒険者の幼馴染と、ずっとその隣にいたい男の話
くろねこや
BL
お前の隣で、一緒に歳をとって生きていくんだと思ってた。
例えお前が誰かと結婚しても、子どもが生まれても。
◇
15歳になると神様から魔法が与えられる世界で、たった一人魔法が使えないイスト。
火魔法と氷魔法を授かった幼馴染は冒険者になった。
オレにあるのは畑や動物たちをちょこっと元気にする力だけ…。
ところが、そこへ謎の老婆が現れて…。
え? オレも冒険者になれるの?
“古代種様”って何?!
※『横書き』方向に設定してお読みください。
※『設定 こぼれ話』は情報を追加・修正することがあります。
給餌行為が求愛行動だってなんで誰も教えてくれなかったんだ!
永川さき
BL
魔術教師で平民のマテウス・アージェルは、元教え子で現同僚のアイザック・ウェルズリー子爵と毎日食堂で昼食をともにしている。
ただ、その食事風景は特殊なもので……。
元教え子のスパダリ魔術教師×未亡人で成人した子持ちのおっさん魔術教師
まー様企画の「おっさん受けBL企画」参加作品です。
他サイトにも掲載しています。
ぼくが風になるまえに――
まめ
BL
「フロル、君との婚約を解消したいっ! 俺が真に愛する人は、たったひとりなんだっ!」
学園祭の夜、愛する婚約者ダレンに、突然別れを告げられた少年フロル。
――ああ、来るべき時が来た。講堂での婚約解消宣言!異世界テンプレ来ちゃったよ。
精霊の血をひく一族に生まれ、やがては故郷の風と消える宿命を抱えたフロルの前世は、ラノベ好きのおとなしい青年だった。
「ダレンが急に変わったのは、魅了魔法ってやつのせいじゃないかな?」
異世界チートはできないけど、好きだった人の目を覚ますくらいはできたらいいな。
切なさと希望が交錯する、ただフロルがかわいそかわいいだけのお話。ハピエンです。
ダレン×フロル
どうぞよろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる