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10話:気の合う人
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訓練はギルドで依頼を受けるのとは違い、ひたすら体力を追い込むものが多かった。士官学校に通っていた人は、そこまで顔色を変えている人はいない。ルーカスはついていくのが精いっぱいだった。依頼を受けて森に入る時などは、いかに自分の体力を温存するかが最も大切であり、限界まで追い込むようなことはしなかった。
今もまた、ルーカスは外での走り込みに追われていた。
「あともう一周! おい新人、足が止まってるぞ!」
「すみません!」
身にまとっている装備が足を踏み出す度に、ずしりずしりと体に圧をかけてくる。装備も軽装が多かったギルドでの活動とは違い、重装備だ。肺がひゅうひゅうと不穏な音をたてている。バウアー家からの仕送りで薬を買っているが、薬を飲んでいてもこんなに走れば悪化するのは目に見えている。覚悟していたこととはいえ、息苦しさが頭を支配し、足を動かすのもきつい。走り込みは準備運動に過ぎず、この後には剣の素振りと、ペアを組み模擬刀での手合わせが控えている。こんな準備運動で倒れている場合ではないのだ。
「大丈夫?」
黒髪にたれ目の美丈夫が、ルーカスに手を伸ばした。今日の手合わせ相手である。ルーカスは肘で顎の汗をぬぐってから、ユリウスの手を借りて立ち上がった。
「ありがとうユリウス。こんなところでへばるなんて情けないな」
「でもルーカスは士官学校出じゃないでしょ? よくやってると思うよ」
「よくやってるだけじゃ駄目なんだ」
余裕そうに笑うユリウスは、間違いなく同期中のトップだった。重い装備をまといながらも軽やかに先頭を走り、手合わせでは負け知らずだ。今最もテオバルトに近いのは、ユリウスだと言われている。騎士団員を多く輩出している貴族家の出であるだけあり、ユリウスは安定した実力を持っていた。
「ごめん、今日の手合わせ相手が俺で。俺なんかじゃユリウスの練習にならないよな」
「そんなことない。ルーカスの実戦仕込みの動きには毎回驚かされてるよ」
「褒めるのがうまいね」
細いながらも引き締まった筋肉がしっかりついたユリウスの体躯には、ルーカスは憧れるばかりだった。自分もこんな風になりたい。否、ならなければならない。
深呼吸して模擬刀を構える。
「さ、やろうか」
思ったほど悪くなく、五分五分の勝負だった。
「うん……やっぱり実戦経験ある人の動きは違うな」
「俺のレベルに合わせてくれてた?」
「そんなことしない。俺はいつだって真剣だよ。ね、今日の夕飯、一緒に食べない? もっとルーカスと話をしたい」
「え、ええ? 俺なんかで良いの?」
「ルーカスが良いんだ。ルーカスが嫌でなければ」
「そんな嫌なんてことない。光栄だよ」
「じゃ、決まりだ」
食堂の前で待ち合わせをすることになった。
一日の訓練が終わり、食堂に向かうとユリウスが先に待っていた。ルーカスが見えると、ユリウスは大きく手を振った。身振りが大きいのにもかかわらず、そこには優雅さがあった。
「やあ」
「ごめん、待たせた」
「いいえ。今日のメニューは美味しそうだよ」
席に着くと、歓迎会以来となる誰かとの食事に、嬉しさがこみ上げてきた。ヘンゼルと食事をするのは気が引けたし、魔術学校からの付き合いであるというブルーノとヨハンの間に割って入るのも違う気がして、ここ数日はずっと一人だったのだ。
食べる間、訓練のことや、魔物知識のことが話題になった。生まれも育ちも全く異なる境遇の二人だったが、魔物関係の本を読み漁っていたという共通点があり、多いに盛り上がった。互いの班についても話し、ユリウスとヘンゼルが幼馴染であると聞いて、ルーカスは驚いた。
「貴族家は狭い世間だからね。同じ階層なら知り合いばっかりだし、階層が違っても名前だけならほとんど把握してるかな」
「そういうもんなんだ。もしかしてバウアー家のことも知ってる?」
「知り合いではないけど名前は知ってるよ。なんでバウアー家?」
「いや、なんか聞いたことがあったから……あはは」
「ふーん……」
寮棟へと戻る間も、話は絶えなかった。
「こんなに魔物のことで話が通じるなんて、はじめてだよ」
「俺も! 周りに話せる人がいなかったから、ユリウスと会えてよかった」
「明日の朝……いや毎日一緒にルーカスと食堂で食べたいな。いい?」
「もちろん」
「じゃ、また明日。おやすみ」
「うん、おやすみ」
部屋の扉を開けると、背後に気配を感じた。
「随分と話が盛り上がってたな」
「アンテスさん」
「アインツカイト様に振られたから、次を探してるのか」
「ユリウスはただの気が合う話相手です」
「騎士団員を多く輩出しているベーレンス家に目をつけるとはな」
「だから、そういうのでは……」
ヘンゼルが何もかも言わずに扉を開け、ルーカスは前につんのめった。
「毎年、五十人」
「……?」
「犠牲になっている騎士団員の人数だ。過度な肩入れは心を潰す。誰とも関わらないか、広く浅く付き合うか。どちらかを勧める」
立ちすくむルーカスをよそに、ヘンゼルは部屋に入る。
命を落とす可能性もある。決して忘れたわけではない、騎士団の当たり前な現実に、ルーカスは気持ちが沈み込んだ。
今もまた、ルーカスは外での走り込みに追われていた。
「あともう一周! おい新人、足が止まってるぞ!」
「すみません!」
身にまとっている装備が足を踏み出す度に、ずしりずしりと体に圧をかけてくる。装備も軽装が多かったギルドでの活動とは違い、重装備だ。肺がひゅうひゅうと不穏な音をたてている。バウアー家からの仕送りで薬を買っているが、薬を飲んでいてもこんなに走れば悪化するのは目に見えている。覚悟していたこととはいえ、息苦しさが頭を支配し、足を動かすのもきつい。走り込みは準備運動に過ぎず、この後には剣の素振りと、ペアを組み模擬刀での手合わせが控えている。こんな準備運動で倒れている場合ではないのだ。
「大丈夫?」
黒髪にたれ目の美丈夫が、ルーカスに手を伸ばした。今日の手合わせ相手である。ルーカスは肘で顎の汗をぬぐってから、ユリウスの手を借りて立ち上がった。
「ありがとうユリウス。こんなところでへばるなんて情けないな」
「でもルーカスは士官学校出じゃないでしょ? よくやってると思うよ」
「よくやってるだけじゃ駄目なんだ」
余裕そうに笑うユリウスは、間違いなく同期中のトップだった。重い装備をまといながらも軽やかに先頭を走り、手合わせでは負け知らずだ。今最もテオバルトに近いのは、ユリウスだと言われている。騎士団員を多く輩出している貴族家の出であるだけあり、ユリウスは安定した実力を持っていた。
「ごめん、今日の手合わせ相手が俺で。俺なんかじゃユリウスの練習にならないよな」
「そんなことない。ルーカスの実戦仕込みの動きには毎回驚かされてるよ」
「褒めるのがうまいね」
細いながらも引き締まった筋肉がしっかりついたユリウスの体躯には、ルーカスは憧れるばかりだった。自分もこんな風になりたい。否、ならなければならない。
深呼吸して模擬刀を構える。
「さ、やろうか」
思ったほど悪くなく、五分五分の勝負だった。
「うん……やっぱり実戦経験ある人の動きは違うな」
「俺のレベルに合わせてくれてた?」
「そんなことしない。俺はいつだって真剣だよ。ね、今日の夕飯、一緒に食べない? もっとルーカスと話をしたい」
「え、ええ? 俺なんかで良いの?」
「ルーカスが良いんだ。ルーカスが嫌でなければ」
「そんな嫌なんてことない。光栄だよ」
「じゃ、決まりだ」
食堂の前で待ち合わせをすることになった。
一日の訓練が終わり、食堂に向かうとユリウスが先に待っていた。ルーカスが見えると、ユリウスは大きく手を振った。身振りが大きいのにもかかわらず、そこには優雅さがあった。
「やあ」
「ごめん、待たせた」
「いいえ。今日のメニューは美味しそうだよ」
席に着くと、歓迎会以来となる誰かとの食事に、嬉しさがこみ上げてきた。ヘンゼルと食事をするのは気が引けたし、魔術学校からの付き合いであるというブルーノとヨハンの間に割って入るのも違う気がして、ここ数日はずっと一人だったのだ。
食べる間、訓練のことや、魔物知識のことが話題になった。生まれも育ちも全く異なる境遇の二人だったが、魔物関係の本を読み漁っていたという共通点があり、多いに盛り上がった。互いの班についても話し、ユリウスとヘンゼルが幼馴染であると聞いて、ルーカスは驚いた。
「貴族家は狭い世間だからね。同じ階層なら知り合いばっかりだし、階層が違っても名前だけならほとんど把握してるかな」
「そういうもんなんだ。もしかしてバウアー家のことも知ってる?」
「知り合いではないけど名前は知ってるよ。なんでバウアー家?」
「いや、なんか聞いたことがあったから……あはは」
「ふーん……」
寮棟へと戻る間も、話は絶えなかった。
「こんなに魔物のことで話が通じるなんて、はじめてだよ」
「俺も! 周りに話せる人がいなかったから、ユリウスと会えてよかった」
「明日の朝……いや毎日一緒にルーカスと食堂で食べたいな。いい?」
「もちろん」
「じゃ、また明日。おやすみ」
「うん、おやすみ」
部屋の扉を開けると、背後に気配を感じた。
「随分と話が盛り上がってたな」
「アンテスさん」
「アインツカイト様に振られたから、次を探してるのか」
「ユリウスはただの気が合う話相手です」
「騎士団員を多く輩出しているベーレンス家に目をつけるとはな」
「だから、そういうのでは……」
ヘンゼルが何もかも言わずに扉を開け、ルーカスは前につんのめった。
「毎年、五十人」
「……?」
「犠牲になっている騎士団員の人数だ。過度な肩入れは心を潰す。誰とも関わらないか、広く浅く付き合うか。どちらかを勧める」
立ちすくむルーカスをよそに、ヘンゼルは部屋に入る。
命を落とす可能性もある。決して忘れたわけではない、騎士団の当たり前な現実に、ルーカスは気持ちが沈み込んだ。
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