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八話:浮かばない名案

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「シルヴァ君」

サロモア嬢を見送り、僕も帰ろうかと思っていたところで急に名前を呼ばれた。僕に声をかける人物など思い当たるのはひとりだけだ。この階段、人が滅多に通らないはずなのだが。

「驚いたな、キミが自ら誰かを披露目会に招待するなんて」
「どこから聞いてたの」
「サロモア嬢が招待を受けたい、と答えているところだよ。酷いなあ。俺のことは催促するまで招待してくれなかったのに」

誤解だ。しかしサロモア嬢を誘った経緯をリカルドに話すわけにはいかない。

「モーグ家とリーデン家との繋がりは薄かったはずだけどね。一体どういう風の吹き回しだい? 彼女、とびっきりの恰好で行くそうじゃないか。キミもなかなか隅に置けないね」
「……父からの言いつけです」
「それなら勝手にご当主様が手紙を送るだろう。俺の父に招待をだしたようにね」

苦しい言い訳だったか。

「細かな理由は言えないが、訳ありなんだ」
「ふーん、そう」

声が冷たい。もしや彼はサロモア嬢のことを好きなのかもしれない。僕が応援するまでもないのでは。

「あの、とにかく貴方が思っているような関係ではないんです」
「まあ、そういうことにしておこうか。話を変えよう。キミ、お披露目会までにその魔力、どうにかしたいと思わない?」

納得できないという表情だったが、話が変わったので嵐は過ぎた。

「今のキミの魔力は増進剤のにおいがぷんぷんする」

あの小包の脅し以降、父上は必要分の魔力増進剤を買い与えてくれている。

「その状態で魔術師御三家として社交界デビューさせるのは、ご当主もきっと望んではいないだろうね」
「それは……」

そのとおりだ。長らく病弱で寝たきりの生活だったとしても、魔力増進剤のにおいが目立つのは怪しまれる。選択肢は二つ。質の高い魔力を持つ人から魔力を分けてもらうか、魔力を最低限の状態にして病気のせいにするか。後者の策を兄上は推しているが、父上が納得するかどうか。ただ、魔力を人から分けてもらうには、体液を移してもらわなくてはいけない。

「魔力、欲しくない?」
「分けてもらわなくても、もう僕は死にかけでもないので大丈夫です」

そう答えた後で、僕は一つの考えに思い至った。もしや彼は、魔術師御三家の体面を保ちたいだけのか、と。そのためなら、僕とのキスでさえ耐えてみせる。そういうことなのか。魔術師御三家が今後も御三家であるために。

「貴方の考えていることが何となく読めた気がします。ところで、僕の魔力について魔術師御三家のもう一つ、ユーグ家は知っているんでしょうか」
「知らないよ。それよりも、キミの言う俺の考えってのが気になるな」
「いえ、気にしないでください。あの……本当に僕は今のタイミングでお披露目会を開くべきなのでしょうか」
「敬語、戻ってる」

敬語をなおす気にはならかった。今はリカルドと一定の距離をおきたい。

「タイミングというのは?」
「お父様はきっと、魔術師御三家のなかでも特に力を持っているカレンベルク家のご当主にせっつかれて僕の存在を明らかにすることにしたのでしょう。しかし、他にも手立てはあるはずです。例えば、親戚の養子になるというのはどうでしょう。そしてカレンベルク家との関係を絶てば、魔術師御三家の体面は守られます」
「名案だ。ゆえにきっと、キミの父上もその考えは通っているはずだ。なおもそうしなかったのは、キミの母上とキミの顔があまりにも似ていて、隠しようがないからだと思うね。前に、俺の親とキミの母上との話をしただろう。その話を父から聞いたとき、学生時代の写真を見せて貰ったんだ。驚くほどに似ていたよ」

僕の考えはいとも容易く崩れ去ってしまった。魔術師御三家の品格を保ちたいカレンベルク家。それなのに、なぜ僕のお披露目会を開くように父上をせっついたのだろう。カレンベルク家の思惑は、僕が思っているほど単純な話ではないらしい。今は、もう考えが思い浮かばない。かと言って、これ以上リカルドに無理をさせたくもない。僕は嫌だなんだといえる立場ではないが、好きでもない相手とキスをするなんて普通は避けたい事態のはず。

「もう少し考えてみます。ごきげんよう」
「そう。じゃ、また明日」

何か他に方法はないだろうか。魔術師御三家の体面を保つために僕の魔力量と質を誤魔化し、リカルドがしたくもないキスをせずに済む方法は。
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